最高の相手と結婚したい。誰もがそう思うだろう。

ときめき、安定、相性の良さ…。だけど、あれもこれも欲張って相手を探していると、人生は瞬く間に過ぎていくのだ。

「婚活は、同時進行が基本でしょ?」

そんな主張をする、強欲な女・与田彩菜。

―選択肢は多ければ多いほうがいい。…こっそり誰にもバレないように。

彼女は、思い通りに幸せを掴めるのか…?

◆これまでのあらすじ

彩菜は、経済力のある彼氏・直人、一目惚れした仕事仲間・蓮、相性抜群の友人・大輝と同時進行で交際し、ベストパートナーと結婚するつもりだ。

クリスマスイブ、三人それぞれからデートの誘いを受けた彩菜は、一番行きたいレストランを提案してくれた直人と一緒にいることを決めたが…。



クリスマスイブ。恵比寿ガーデンプレイスを彩るイルミネーションと巨大なシャンデリアを越えて、彩菜は、まるでお城のような外観の建物へと向かっていた。

今夜のデート相手・直人と落ち合った後、『ラ ターブル ドゥ ジョエル・ロブション』のレセプションでコートを預け、テーブルへと案内される。

「ねえ、直人」

「ん?」

「LINEでも言ってたけど、来年のクリスマスは2階の『ガストロノミー』のほうに連れてってくれるの?」

着席するなり早速、彩菜はカマをかけた。

「来年のクリスマスとは言わず、そうだな…。たとえばホワイトデーとかに、どう?」

ー最高。さすが経済力抜群の“安定クン”ね。

そう言いたくなるのを、必死に押しとどめる。

そこから、次から次へと運ばれてくる料理は、目と舌を大いに喜ばせた。

―料理もワインも、何も言うことはないわ。だけど…。

ディナーを堪能する彩菜だったが、ひとつだけ問題があった。

それは、直人との会話である。話が全く弾まないのだ。

“ときめきくん”の蓮なら、この素敵なクリスマスディナーを何と表現するだろうか。うっとりする言葉とともに、きっと気持ちを高めてくれるに違いない。

“相性くん”の大輝なら、シッポを振った犬のようになるのではないか。料理の一皿一皿に感動しながら、一緒に笑い合えたかもしれない。

しかし直人は、淡々と食事を進めていく。クリスマスデートだというのに、会話はいつもと変わらない。お互いの仕事のこと…。お互いの友人のこと…。

―こんな会話、家の中だってできるのに。

気づいたら彩菜は、「目の前にいるのが直人でなく、蓮や大輝だったら…?」という妄想を繰り広げていた。

天秤恋愛をしようと決意した時から分かっていたことだが、今夜あらためて明白になった。

直人は、“本命カレ”から“本命カレ(仮)”へと格下げになっていた。


3人の男たちをランク付けする彩菜。天秤恋愛は楽勝に思えたが、帰宅後、修羅場の危機が…!

店を出たあと、タクシーに乗り、直人の家へと向かう。

直人は自宅に、クリスマスのホールケーキを用意してくれていた。最近雑誌やTVで話題だという人気パティスリーで、予約しておいたらしい。

「ここのケーキ、美味しそうだなと思って」

そう言って直人は笑った。

彩菜も笑って返したが、内心は笑えない。さっきレストランで、デザートにケーキを食べたばかりなのだ。

「でも、さすがに食べきれないかぁ」

フォークがなかなか動かないのを見て、直人が少しガッカリしたように言った。

「うん。ごめん…」

「じゃ、明日、食べようか」

「えっ?」

意外な提案に、彩菜は思わず声を漏らしてしまう。すると同じように、直人が声を漏らした。

「えっ?」

「えーっと、明日は…」

彩菜はしどろもどろになってしまう。なぜなら明日は、お昼休みは蓮とランチをして、夜は18時からミーティングが入っているものの、その後は大輝の家に行こうと思っていたからだ。

「…仕事があって」

取り繕ったがウソではない。18時から会議があることは、以前にも直人に伝えていたはずだ。

「ディナーは無理とは聞いてたけど、ミーティングってまさか深夜までじゃないよね?」

直人は怪訝な顔をしている。

「ミーティングが終わったら、うちに泊まりにくればいい」

ーマズい…!

彩菜は、咄嗟に困ったような表情を浮かべると、こう言った。

「ロンドン出張の件がね、少し尾を引いてて…。年内には綺麗に終わらせないといけないから、ミーティングの後も残務処理に追われそうなの」

今度はウソをついた。ロンドンの件はおおむね片付いている。

「深夜までかかるかもしれないし、疲れちゃいそうだから、明日は自分の家に帰りたくて」

内心ドキドキしながらも、“そっか、なら仕方ないね”と直人が言うことを期待した。いつもの彼ならそう言ってくれるはずだ。

だが、今夜の直人は違った。

「彩菜、最近おかしいよな」

その言葉にぎくりとする。もしかして全部、バレているのだろうか。

「どこがおかしい?」「何がおかしい?」「どういうところがおかしい?」と立て続けに質問したくなる気持ちを、グッと抑える。動揺を悟られてはいけない。

「おかしい?そうかなあ?」

首をかしげると、直人はすぐには答えず、じっと彩菜を見据えてくる。

目をそらすべきか、それとも見返すべきか。彩菜は悩んでいた。そらせば動揺を悟られるかもしれない。かといって見返し続けていても、それはそれで不自然だ。

「…ま、いっか」

急に興味を失ったように、直人のほうから顔を背けた。あくまで冷静を装い、少し笑って彩菜は尋ねる。

「え、気になるんだけど」

すると言葉を選びながら、直人は答えた。

「なんていうんだろ…。彩菜はできるタイプっていう印象があって。仕事もプライベートも充実って感じ」

「うん…」

「でも最近は、そんな感じがしない。なんだかいつも慌ただしいし」

「…そっか、ごめんね」

「いや、謝らないで。謝ってほしいわけじゃないからさ」

直人がやっと笑顔を見せ、張り詰めていた空気もようやく緩んだ。

その後は自然と別の話題へと移ったので、ホッとした。どうやら、本当のことはバレてはいないようだ。

こうして、彩菜は些細な窮地を脱した。

そして思った。会話の弾まない直人とは、修羅場になりかけるときの会話も、盛り上がらないのだ、と。



直人がシャワーを浴びている間、彩菜がソファでスマホを見ていると、大輝からLINEでメッセージが入った。

『明日の夜、一緒に食べようね!』

写真も2枚ついている。完成したホールケーキと、それを作っている最中の大輝の自撮りだ。

『手作りしたの?』

3人の男のうち誰かと一緒にいる時は、別の男とは連絡を取らないように決めている。だが今日は、反射的に返信してしまっていた。

すぐに大輝からも返事がくる。

『うん。手料理をふるまうって言ったでしょ』

3人の男それぞれからイブデートに誘われた際、どこの店に連れて行ってくれるのか、と彩菜は質問した。

大輝の答えは「家で手料理をふるまう」だった。彩菜が聞いたのは「店」であり、「家」なんて最初から論外だ。だからイブデートの相手として、大輝は選ばなかった。

でも…。

―なんか、健気だな、大輝って。

微笑ましい気持ちになって画面を見つめていると、大輝はさらなるメッセージを続けざまに送ってきた。

『今日は彼氏と、どこ行ったの?』
『おいしかった?』
『楽しかった?』

大輝は3人の男の中で唯一、彩菜が天秤恋愛をしていることを知っている。今夜は“本命カレ(仮)”の直人と一緒にいることも知っているのだ。

『嫉妬してるの?笑』

面白がってそう返す。すると大輝は、すぐに素直に認めてきた。

『嫉妬するに決まってるじゃん!だって本当は、今すぐに会いたいし』

ジェラシーを隠さない男は可愛いのだと、そのとき初めて気がついた。途端に、大輝の笑顔が恋しくなってくる。

大輝は追い打ちをかけるようにメッセージを送ってくるので、それにつられるような形で、彩菜も返信しそうになる。

―私だって今すぐ会いたい。

そう送ろうとして、不意に手が止まった。

会いたいと思った気持ちは、否定できない。だけど、そのような内容のメッセージを送るのだけは躊躇してしまう。

天秤恋愛なんてズルい女のすることだと当然自覚しているが、それでも越えてはいけないラインがあると思っていた。

それは「相手に期待を抱かせる発言」だ。

大輝は、直人の存在も蓮の存在も知った上で、自分と恋愛してくれている。だからこそ、正直でありたい。

今すぐ会えないのに今すぐ会いたいと告げるのは、倫理違反のような気がした。

―ごめんね。

彩菜は心の中だけで大輝に謝罪し、それ以上は返信もせず、LINEを閉じる。

だが数分後、状況が変わったのだ。


その夜、何が起きる…!?

シャワーから慌てて出てきた直人は、血相を変えていた。

「急にクライアントから連絡が入った。今から行かないと」

「え、大丈夫?」

「わからないけど、だいぶマズいらしい」

税理士の直人には、まれにこういう事態が発生する。

経理部に勤める彩菜には理解できるが、顧客が税理士に急な連絡を取るときは、だいぶよろしくない状況だ。たとえば税務調査が入るような…。

「今夜はもう帰れないと思う。合鍵を渡しとくから、寝てていいよ」

直人はそう言って飛び出して行った。彩菜はひとり、彼の家に残された。

渡りに船、というのは、まさにこのことだ。

彩菜は急いでスマホを掴むと、大輝とのLINE画面を開き、さっきは躊躇して送らなかったメッセージをすぐに送った。

『私だって今すぐ会いたい』

待ってましたとばかりに即座に既読がつく。そしてすぐに大輝から『じゃ、会おうよ』という返信が来た。

彩菜を引き留めるものは、もはや何もない。

『うん。会う』

かといって、すぐに直人の家を出るわけにはいかない。家の前でタクシーを待つ直人とばったり会ってしまったら気まずいからだ。

『1時間後とかに、大輝の家に行けると思う。大丈夫?』

『もちろん大丈夫!』



大輝の自宅があるマンション前でタクシーを降りると、なんと大輝は、クリスマスイルミネーションが飾られたエントランスロビーで待ち構えていた。

「会いたかった…!」

大輝は、通行人の目もはばからずハグをする。彩菜の口からも、自然と本音がこぼれていた。

「私も…」

家に入ると、LINEで写真を送ってきた手作りホールケーキがテーブルに置かれている。彩菜は、またも本音を漏らした。

「わぁ、おいしそう…!」

「じかに見てもらってよかった〜」

そう言ったあとで、大輝はケーキに慎重にラップをかけて冷蔵庫にしまおうとする。

「あれ、食べないの?」

「今は、お腹いっぱいでしょ?」

何も伝えずとも、大輝はよく分かっているのだ。やっぱり直人とは違う。二人の差は、ますます明確になった。

「お腹いっぱいだけど、食べたい。せっかく作ってくれたんだし」

「ウソでしょ?明日でいいんだよ?」

「今会いたいから、大輝に会いに来たの。そのケーキも、今食べたい」

彩菜がはっきりそう言うと、大輝は照れたように笑った。

「わかった。今、用意するから」

大輝はこちらに背を向けて、ケーキナイフを取り出し、準備を始めた。もし彼にシッポがついているなら、きっとブンブン振り回していることだろう。

「今夜はゆっくり、そのケーキを食べながら、飲んで、話したいの」

彩菜の言葉に、大輝は少し笑いながら振り返る。

「もしかして、それ朝までコース?」

「うん。朝まで、たくさん話したい」

直人とは会話が盛り上がらない。蓮にはときめきすぎて緊張する。だけど大輝とは、いつもリラックスしていられる。

ようやく、天秤恋愛のゴールが見えつつあった。


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見えかけたゴールは、終わりの始まり。ついに転落が始まる…!