午前0時。
シンデレラの魔法が解け、現実に戻るように…

27歳。
学歴良し、勤め先良しの男女が送る夢のような日々は、27歳で現実を迎える。

若さと勢いで乗り越えられてきたものが、なんだか小難しくなってくる。

キャリアアップはどこまで目指すのか。結婚はするのか。子供は持つのか。

様々な選択肢が押し寄せてくる頃。

魔法が解けた時、彼・彼女は一体どんな選択をするのだろうか。

前回は、拗らせ男子に突きつけられた周囲の本音と彼の苦悩を紹介した。今回は…?



午前0時。

ソファに座っている海斗の腕の中で、遥香はスマホの画面に映る笑顔の二人を眺めていた。

このゆったりとした幸せな時間が、ずっと続くと思っていた。

スマホには、先週の3連休に行った京都・大阪旅行の帰りの新幹線で撮った写真が写し出されている。

新幹線の座席の隙間から興味深そうに目をパチクリとさせていた4歳くらいの男の子。思わず笑い転げた海斗と遥香は、しばし少年とじゃれ合うと、最後に記念写真を撮ったのだった。

「あ〜本当に可愛かったね、この子」

「ね!本当にキュンとした...子供欲しいなぁ〜」

自然に放たれた海斗の言葉を、遥香は聞き逃さなかった。今ならきっと、あの話ができるはず...。そう思った遥香は高まる気分に任せて、勢いよく海斗に抱きついた。

「ねぇ、そろそろ将来のこと考えてみない?」

二人揃って総合商社勤務の帰国子女。きっと、絵に描いたような夫婦になるはず。そんな期待で浮かれる遥香とは反対に、海斗の表情は一瞬にして曇った。

抱きつく遥香を押しやると、海斗は机の上のスマホに手を伸ばしながら、語気を強める。

「悪いんだけど俺、結婚する気ないんだよね」

「え、でも子供欲しいんでしょ?」

まるで能面のような海斗の表情に恐怖心を抱いた遥香は、伺いを立てるように聞くが、海斗はスマホから顔を上げずに返事をする。

「欲しいけど、あと2年は結婚するつもりない。そんな先のことを考えても、仕方ないし」

そう言い放つと、海斗は遥香に背を向け、スマホの音量をわざとらしく上げ、遥香を拒絶するようにゲームを始めた。

あの日以来、二人の間で「結婚」は決して口にしてはいけない言葉になった。


「結婚する気は無い」海斗に言い放たれた遥香を更に落ち込ませた出来事

「結婚する気はない」と言われて以来、メールの添付を忘れたり打ち合わせ時間を間違えたり、まるで新入社員のような小さなミスを連続する日々だった。



どんどん落ち込む気持ちを何とか切り替えようと思いスマホを手に取ると、沙希子からLINEが届いていた。

ー沙希子:ごめん、明日のご飯リスケできる?旦那の同期飲みに顔出さなきゃいけなくなって...

ー遥香:全然いいよ〜大輝くんの飲み会にも行くなんて、大変だね...

ー沙希子:そうなんだよね。旦那の部署、典型的なテレビ局って感じの体育会系でさ。嫁も呼べって言われたのを旦那も断れなかったみたいで...本当にごめん!

大学の友人・沙希子は今年入籍したばかり。

学生時代から結婚願望が強かった彼女は、就職先すらハイスペック男子との出会いを求めてCAを選んだ。手当たり次第に参加した食事会で、念願のハイスペ彼氏をゲット。半年で結婚まで漕ぎ着けた後は、料理教室に通ったりと、主婦業に邁進していた。

ー旦那、か。

その言葉を噛み締めながら、遥香は海斗との結婚についての最後のやり取りを脳内再生していた。

ー2つ年下の海斗に結婚願望がないのは仕方がないのかもしれない。でも、あと2年待ったら、私は30歳。2年も待って、結婚できなかったら?もし海斗が若い女の子に取られたら?

思わず遥香が目に涙を浮かべていると、視界を遮るように、勢いよく手が伸びてきた。

「ねぇ、聞いてる?」

振り向くと、隣に座る優子が手を振っている。

白く艶やかな肌に輝く、大ぶりのシルバーリングとパールのピアス。世間が抱くであろう34歳・独身のイメージと真逆のオーラを放つ優子は、遥香にとって単なる会社の先輩以上の存在だった。

「さっきからずっと話しかけてるのに、ずーっと無視するんだもん」

いじけたように口を尖らせながら、優子は遥香を睨みつける。

「すみません...ちょっと考え事してて...」

「珍しいね、仕事はきちんとこなすことで有名な遥香が」

しげしげと眺めてくる優子に涙目がバレるのを避けようと、遥香がすかさず下を向くと、優子は何かを察したのか、一言だけ発した。

「ねぇ、焼肉食べたくない?」


34歳・独身を謳歌する優子の結婚観とは

赤ワインを一口飲むと、幸せそうな笑顔を浮かべる優子に、遥香はドキッとした。



西麻布の焼肉店『十々』は、水曜の24時だというのに人で賑わっている。

「で、何であんな亡霊みたいな顔してたの?」

優子は前のめりになりながら、無邪気に遥香に話しかける。

「女友達とご飯行こうとしてたんですけど、旦那の飲み会に行くからって断られちゃったんです。あ〜寂しいなぁって思って」

「彼氏に結婚するつもりがない」って言われたなんて、口が裂けても言えない。そう思いながら遥香は咄嗟に本当のような嘘をついた。

「うわ、出た〜『旦那』ってすぐ言う女ねぇ」

意地悪そうな笑みを浮かべる優子に遥香はキョトンとしていた。

「私の周りにもいるんだよね、『旦那』って急に言い始める『嫁ヅラ』する女。今までは彼のこと下の名前で呼んでたくせに、結婚した途端、わざわざ『旦那』って事あるごとに連呼するの」

わざと鬱陶しそうな顔をしてふざける優子を見て、仲間を見つけたような気がした遥香は、一気に肩の力が抜けた。

「そういう女は、結婚がステータスだと思い込んでるからさ。まぁ彼女たちにとって、結婚はキャリアを捨ててまで得たステータスだもん、仕方ないよね」

そう言い放ち、手元のハイボールを飲み干す優子に、遥香は不思議そうに聞く。

「優子さんは、結婚焦らないんですか?」

遥香の質問に、うーん、と唸りながら斜め上を見て少し考えると、優子はあっけらかんとした表情で、遥香に視線を戻した。

「焦るけど、もはやこの歳になると子供を産むとか怖いのよ。だって子供産んだら向こう20年間、拘束されて自分のことは二の次でしょ?自分の美容とかを最優先できないなんて、もはや信じられなくて」


遥香の目を覚まさせた、優子の質問

優子らしい答えだなと納得して、なるほど、と小さく呟くと、遥香はぐいっとビールを一口飲み、意を決して言葉を発した。

「彼氏に、結婚する気がないって言われちゃったんです。その日以来、彼がまた不機嫌になるのが怖くて、その話が出来なくなっちゃって。結婚する気のない年下彼氏と付き合ってても未来がないのはわかるんですけど、別れまで踏み切れなくて...」



遥香の告白をじっと聞く優子は、それまでと打って変わって穏やかな表情だった。

「遥香にとって、結婚っていうステータスと、彼といること、大事なのはどっちなの?」

「え...」

遥香が戸惑っていると、優子は答えを待たずに続ける。

「まぁ、結婚なんてしてなくても、私は楽しいよ。結婚っていうステータスに目が眩んで、焦ってした結果、失敗した人もたくさん見てきたし。それなら、少しくらい時間がかかっても後悔のない選択をした方がいいと思うけどね」

そう言うと優子は目の前の肉を美味しそうに頬張った。

大事なのは彼か、ステータスか。

優子の問いかけを、遥香は何度も頭の中で繰り返していた。



「年下の彼氏なんて、そのうちポッと出の若い女に取られるかもしれないよ?相手のこと信じて従順な犬みたいに待ってるよりも、遥香もとにかく食事会に参加しまくって年上のハイスペ見つけた方がいい!それでサクッと結婚した方が、絶対幸せだって!」

畳み掛けるように話しかける沙希子の様子を見る遥香は、冷静な気持ちだった。

従順な犬かもしれないし、もしかすると、騙されてポッと出の女に取られるかもしれない。でも、結婚は目的じゃない。私は、今の自分が後悔しない選択をしたい。

息を深く吸い込むと、遥香は沙希子に向かってニコリと微笑んだ。

「そっか。私は、結婚ができなくても幸せな人だって知ってる。焦って結婚して失敗するくらいなら、結婚しないで、今の彼と一緒にいることを選ぶよ」

珍しく強気な遥香の答えに思わず狼狽える沙希子を見て、遥香は清々しい気持ちだった。

大事なのは、結婚というステータスか、彼といることか。

そう聞かれたら、もう迷うことはない。遥香の答えは、彼と生きることだった。


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特別な存在、なのに彼女にはなれない。だらしない男に恋をした女の悲劇