ここはとあるオンライン飲み会会場。いつもと変わらない4人が集まっている。

男たちが管を巻きながら話すのは、過去の女への後悔であり、未練であり、慚愧である。

くだらない傷の舐め合いだと言うなかれ。彼らには必要なプロセスなのだ。

100の反省を集めた時には、運命の相手に出会えるかもしれない。今日も今日とて、酒を片手に語らいが始まる。

◆これまでのあらすじ

先週、隼人と静が理想のプロポーズを披露したが、今回はさらに強烈なプロポーズが放たれる…?

風間 隼人:自らが立ち上げたウェブメディアの社長。
林原  静:彼女もち。外資系メーカー勤務。
火宮 諒太:外資系戦略コンサル勤務。
山元 泰自:唯一の既婚者。日系通信大手の研究職。



「私たちの仕事って、要は接客業みたいなものだからね」

当時の女上司の発言を、諒太は意外に思った。

彼女はとにかく優秀なコンサルタントで、出世のスピードもはやく、クライアントからのご指名も多かった。

そんな彼女によれば、最高の結果を提供するのに欠かせないことがある。それは“いかに正確な情報を得られるか”だ。

クライアントの中には、プライドが邪魔して、都合の悪いことやネガティブな事実を隠してしまう人間もそれなりにいる。しかしそれでは、根本的な課題解決にならない。

だから、彼らには心を開いてもらい、真実を話してもらう必要があるのだ。

そのためには、自分のことを好きになってもらうのが一番早い。

彼女の話を聞いた諒太は、クライアントの懐にうまく飛び込めるように、コミュニケーション術などに加えて心理学の勉強を始めた。その中で、とりわけ目を引いたのはこれだった。

『EV = GA – LA』

これは使える、と思った。

仕事だけではない。いつか訪れるであろうプロポーズの機会にこそ、これを使えば確実に成功するだろう、と。

そのための手法をまとめたのが“mission.pptx”である。諒太は、スライドの準備をしながら、3人にこう問いかけた。

「起源は、2003年。翌年にはオックスフォード英語辞典にも登録された、ニューヨークに端を発するパフォーマンスとは一体何でしょう?」


意外と古い歴史をもつそれ。あなたは分かりますか…?

理想のプロポーズ〜諒太の場合〜


諒太の問いに、反応したのは隼人だけだった。

「え、お前。それは賛否両論だぞ」

隼人はすぐにわかったらしい。静と泰自の2人は画面越しに目を合わせたのち、肩をすくめた。

「まずこの式を見てくれ」

諒太は、画面を共有してスライドを開く。

“EV = GA − LA”

「…なにこれ? 物理?」

泰自が怪訝そうな声で尋ねると、諒太が首を振った。

「違うよ。心理学」

「さっぱり分からない」という3人に向けて、諒太は仕事柄お得意のプレゼンを、意気揚々と始めた。

「EVは、“Excitement Value”。GAは、“Gain Assessment”、LAは、“Loss Assessment”。つまり、ゲインロス効果ということ」

すると泰自が、諒太に尋ねた。

「相手の期待値を下げておいて、後から上げる方が、同じ事をするのでも、より興奮するってこと?」

「そう。つまり、理想のプロポーズでOKをもらうには“サプライズ”が重要な鍵ってことだ」

「まぁ、そうなのかな」

自分自身がサプライズでプロポーズをされたからなのか、泰自はこの案に否定しなかった。

「で、何をするの?」

「それが、さっきの質問の答えなんだけど」

そう言って諒太は、次のスライドに進んだ。



「フラッシュモブだよ」

その場が、数秒だけシーンと静かになる。先ほどまでの長々とした説明の結果は、意外とシンプルだった。

「フラッシュモブねぇ…。いつも思うんだけど、これって嬉しい人いるのかな」

静が、諒太のスライドを見ながらそんな疑問を投げかける。

「そうじゃなきゃ、ビジネスにならないだろ。需要があるから、市場として成り立ってるんじゃないの」

「需要はやりたい側にあるだけでしょ。やってる方の自己満足じゃない?」

「そんなこと言ったら、文学だかなんだか知らないけど、“月が綺麗ですね”、あれこそ自己満足の極みじゃん」

静と諒太が言い争う中、隼人と泰自は別のことで盛り上がり始めた。

「そもそもさぁ、この式が意味わからん。コンサルって本当にこういうの好きだよな」

“サプライズ → 嬉しい”

隼人は自分のパソコンで立ち上げたメモ帳を画面に表示した。

「これでよくない?」

「そこまで単純化しちゃうと、“サプライズが嬉しくない人もいるかもしれない”って、すぐに反論されちゃうからじゃない?こういう小難しい“式”にすることで、単純な解釈にたどり着けない人もいると思うから」

「なるほど」

いかにも数学好きの泰自の指摘に、隼人は思わず吹き出した。

「さてと、最後は泰自だな。すでに結婚してるけど、理想とかあるの?」

隼人が泰自に話を振ると、彼は手元の指輪を眺めながらこう言った。

「…ダイヤモンドの指輪とか?」


王道な答えを出す泰自。しかし、そんなはずはなかった!

理想のプロポーズ〜泰自の場合〜


「おっ、ここにきて王道だな」

数学好きの泰自なら「カージオイド曲線をアレンジして…」などと言い出しかねない。意外と王道な話を持ってきたことに、全員が驚く。

「どこのブランドとか決めてるのか?」

「ブランドって?」

隼人の質問に、泰自はきょとんとした表情を見せる。

「ティファニーとかハリーウィンストンとか…」

隼人が有名なブランドを挙げていると、横から諒太が口を挟んできた。

「ブランドじゃなくて、完全オーダメイドってこと?」

すると泰自は、ゆっくり首を振ってこう告げた。

「自分でカットしたいんだよね」

「…何を?」

隼人が恐る恐る聞くと、泰自はこう答えた。

「ダイヤモンドを」

もはや理解不能の泰自ワールドに、一同は静まり返った。



「今のダイヤモンドのカット方法って、100年前のマルセル・トルコフスキーっていう数学者の“Diamond Design”っていう本に書いてあるカット理論の派生でしかないんだよね」

「あー、ブリリアントカットの考案者?」

ミーハーなことに明るい隼人が反応すると、泰自は「そうそう」と素っ気なく答えた後、続けた。

ダイヤモンドの輝きは、反射率や屈折率が数学的に計算された上でカットされているからこそ美しい、らしい。

「だから、ブリリアントカットを超えるカット方法を、数学的・理論的に考案したいんだ。それを実証して、指輪を送りたい。最高のプロポーズになると思わない?」

「…そう、かな?」

隼人がとりあえず相槌を打ったものの、静も諒太もだんまりを決め込んでいる。

「実は学生の時に構想はあったんだよね」

そういうと、泰自の姿が画面から消えた。なんとなく嫌な予感がする。1分もしないうちに戻って来た彼は、ノートを持っていた。

…まさか。すると泰自は、とうとうと説明を始めた。

「まず、マルセルはこう主張してるんだ」

そして突然、嬉しそうに自分の新説の披露を始めたのだ。さらに驚くべきことに、その意味不明な説明は30分以上にも及んだ。

「最終的にここまで解明出来たんだけど、鉱物学について調べる必要があってそれで止まってた」

そう言って泰自は、自分のノートを画面上で披露した。当然、誰も何も理解出来ていない。

「…それ、何年かかるんだ?」

「さぁ? でも“理想”ってそういうものでしょ?」

少年のような目で語る泰自。

他の3人は、壮大なロマンに付いていけなかったようで、少々お疲れ気味である。

「理想ってそういうものでしょ?」

その時、泰自の放った言葉を聞いた隼人の脳裏には、ある女性が浮かんでいた。


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泰自が語る「理想」を聞いて、隼人が思い出した女性。…それは“無理だった女”。