5.2%―。それは、日本国内で“妻の方が稼ぐ”世帯の割合。

「妻には、仕事を頑張ってもっと輝いてほしい」

笑顔でそう言いながら腹の底では妻を格下に見て、本人も自覚せぬまま「俺の方が稼いでいる」というプライドを捨てきれない男は少なくない。

そんな男が、気づかぬうちに“5.2%側”になっていたら…?

男のプライドが脅かされ、自らの存在意義を探し始めたとき、夫はどんな決断をするのだろうか。

◆これまでのあらすじ

「副業が忙しい」ことを理由に、ホテルに泊まる妻の伊織。本当にそうなのか確かめようと見張っていた新太(あらた)は、ついに怒りをあらわにしてしまい…?

▶前回:「妻は何か隠している…」外泊続きの妻を見張っていた夫が、目にしてしまった光景



―ああ、なんて快適なんだろう。

ふかふかのダブルベッドに身を預けた伊織は、幸福を噛み締めながら目を瞑った。

昨日まで泊まっていたビジネスホテルも悪くはなかったが、やはり高級ホテルは、何もかも格が違う。

先ほどまで酷使していた頭と目を少し休めようと横たわったが、あまりにも気持ちが良くて、このまま熟睡してしまいそうだ。

だが、今日はまだ片付けなければいけない仕事が残っている。

ベッドサイドのアラームを15分後にセットしてゴロゴロしていると、デスクの上に置かれたスマホが鳴った。バイブの振動が耳障りに響く。

うっかりしていた。スマホの電源を落とすのを忘れていたのだ。この時間に電話をかけてくるのは、どうせ新太しかいないだろう。

―もう、邪魔しないでよ。

心の中でチッと舌打ちする。

伊織の中では、カウントダウンは始まっているというのに。

妻に鬱陶しいと思われていることも知らずに、まだコントロールしようとしてくるなんて、鈍感にもほどがある。まったく、おめでたい人間だ。

そう、始まっているのだ。離婚へのカウントダウンは。

伊織は電話が鳴り止んだのを見計らって、電源を落とした。


伊織が、新太から遠ざかろうとするワケとは…?

予期せぬ成功


「周りに誰か、いい人いない?」

新太と出会った頃の伊織は、口を開けばこんなことを言っていた。

当時は、ただ言われた仕事内容だけをこなす毎日に楽しさを見出せず、早く結婚したいと思っていたのだ。

そんな日々の中で出会ったのが、大学同期の四谷エマが紹介してくれた新太だった。

仕事の都合で少し遅れて、待ち合わせの和食店にやってきた新太を一目見た瞬間、伊織はギュッと心を鷲掴みにされたのを覚えている。

スラリと長身で、黒縁メガネの下に覗く端正な顔立ち。ロジカルで理知的な話し方に、一気に引きこまれた。

早稲田大学の政治経済学部出身。聞けば、中学からの内部進学だという。

都内で育ったおぼっちゃまな雰囲気と、公認会計士試験を突破する優秀さ。

結婚相手として最高の男だと思った。

その日は新太の他に3人の男がいたはずだが、彼らは霞んでしまって何も覚えていない。とにかくどうにか新太とお近づきになろうと必死だったのだ。

「新太かあ。伊織との相性、どうなんだろう」

後日エマに新太へのアプローチの協力を頼むと、彼女はこんなことを言ってきた。

「そんなこと言わないで、お願い!」

首をかしげるエマをねじ伏せ、伊織は新太へのアプローチを敢行したのだ。

それが功を奏して新太と無事付き合ったわけだが、あの時、新太と自分の相性など考えることもしなかった浅はかさを、今は心から後悔している。

交際をスタートさせて半年が過ぎた頃、新太からプロポーズされた時には「自分はなんて幸せものなのだろう!」と、怖くなったくらいだ。

目黒のマンションに住まわせてくれ、いい暮らしをさせてくれる夫を支える、良き妻になろう。

この時は心の底からそう思っていたし、嘘ではなかった。

だがその後、自分でも信じられないことが起き始め、次第に仕事と家庭のバランスが狂い始めたのだ。



「一条さん、今度のプロジェクトはあなたにリーダーを任せることにするわ。期待してるわよ」

それは、ある日の仕事終わりのこと。

会議室に入るなり、マネージャーが笑顔でそう言ったのだ。その言葉に、伊織は耳を疑った。

彼女から呼ばれる時は、いつも厳しいフィードバックや注意ばかりだから、今日も腰が重かったのに。

突然舞い込んだ朗報に、喜んでいいのかすら分からなくなってしまい、押し黙ってしまう。

「クライアントからのご指名よ。この前のwebサイト、とっても気に入ってもらえたみたいなの」

確かに、このクライアントのホームページのデザインをしたのは伊織だった。今回、会社の創立20周年の特設ページを開設することになり、伊織に担当してほしいと言ってきたのだという。

「…はい。がんばります」

後から振り返れば、ここでプロジェクトリーダーを引き受けたことが、自分の人生を左右する大きな岐路だったのだろう。


崩れ始める、仕事と家庭のバランス。そして、夫ともすれ違っていく…?

鬱陶しい夫


「すごいじゃないか。伊織には仕事をがんばって、もっと輝いてほしい」

帰宅後。伊織が新太にプロジェクトの件を報告すると、彼は諸手を挙げて喜んでくれた。

「ええ。でも不安だよ…」

伊織は不安な気持ちを吐露する。自分は、要領も悪いし才能があるわけでもない。

しかも、出世したいとかキャリアを積みたいとも考えていなかったから、このチャンスをモノにしてやるという気概もなかったのだ。

だが新太は「自分もサポートするから」と、背中を押してくれた。

―仕事なんていつ辞めてもいいんだから、マイペースにやってみよう。

そんな気軽な気持ちで始めたが、結果的には再びクライアントから大絶賛され、会社内でも四半期のMVPを獲得するという、ミラクルな展開が起きたのだ。

―なんか、仕事って面白いかも…?

そう感じ始めていた伊織のもとに、初めて副業の話が舞い込む。知り合いの弁護士が独立するらしく、そのホームページ制作を依頼してきたのだ。

大した能力もスキルもないと思っていたが、自分のことを過小評価していたのだろうか。

それならば新太も応援してくれていることだし、副業もやってみようと引き受けることにしたのだった。



「また仕事?そんなに忙しいの?」

だが次第に、新太はトゲトゲした言葉を発するようになった。仕事がうまくいけばいくほど、反比例するように新太との関係は険悪になっていく。

「また、デパ地下で買ってきたお弁当?」
「クリーニングくらい出しといてよ」

最初こそ、家庭を犠牲にしてまで副業なんてするものでもないと申し訳なさを感じていたが、次第に新太への怒りは仕事へのガソリンに変わっていった。

理解ある風を装って、結局は新太も亭主関白な男だったのだ。

そんなある日。納期直前で多忙を極めていた伊織はホテルに泊まって仕事に熱中することにした。

そこで知ってしまったのだ。夫のいないホテル生活の快適さを。



―相変わらず上から目線で、イヤな感じ。私だって我慢の限界よ。

メッセージを見た伊織は『私も限界です』と、冷たく突き返した。

家に帰ってこい、何しているんだ。

こんなことを言われるのは、もう懲り懲りだ。彼は自分に非があるなんて、これっぽっちも考えたことがないのだろう。

伊織はベッドから起き上がると、新太には秘密で所持しているもうひとつのスマホを、バッグから取り出した。

『明日、夫に事業のことを話してみようと思います』

自分のことをバカにしている新太をギャフンと言わせてやる。これ以上、自分の邪魔をしないで欲しいと告げるのだ。

するとすぐにスマホが震え、メッセージが返ってきた。

『自分を信じるのよ。あなたは、才能溢れる人なんだから』

伊織は自分の一番の理解者からの声援に、胸が高鳴るのを覚えた。


▶前回:「妻は何か隠している…」帰宅しない妻を見張っていた夫が、目にしてしまった光景

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ついに話し合うことになった2人。伊織が新太を黙らせるために見せたモノとは…?