毎週金曜日に、ひっそりとオープンする“三茶食堂”。

この店のオーナーの直人(45)曰く、ここで繰り広げられる人生相談を聞いていると、東京の”いま”が知れるのだとか…。

さて、今宵のお客さんは?

▶前回:「38歳独身です、このご時世、出会いがなくて辛い…。」彼女が発する、結婚から遠のくNGワード



Case 5:ダメンズ製造メーカー女


いつもと変わらぬ金曜日。

渋谷駅から田園都市線に乗りながら、今日も鳴らないスマホを見て思わずため息をつく。

約3分で、自宅の最寄り駅である池尻大橋駅に着いてしまった。こんな日は、決まって足が向く先がある。

運動とダイエットを兼ねて約1駅分歩き、私は『三茶食堂』の扉を開けた。

「あれ、麻友ちゃん早いね。いらっしゃい」

オーナーの直人さんの顔を見ると、いつもホッとする。

私には、3ヶ月ほど前から交際を始めた隆二という彼氏がいる。同じIT系の仕事をしていることで意気投合して付き合い始めたものの、連絡が来るのは週に1回くらい。

この前は夜中に電話をして、怒られた。それなのに、向こうからの電話を取らないと怒られる。

毎日枕元にスマホを置いて寝ているものの、いつ電話が来るか気になってしまって、最近寝付きも悪い。

「麻友ちゃんどうしたの?なんか、顔色悪くない?」

直人さんが心配そうに私の顔を覗き込む。

私は毎回男性と、こうなってしまう。

みんな最初は好きだと言ってくれるのに、付き合った途端に私のことなんておざなりになる。浮気だって何度もされたことがある。

「私って、なんでこんなに男運がないんだろう…世の中にもっと誠実で優しくて、素敵な男性はいないのかな。どうして私って、こんな男性たちを引き寄せてしまうんでしょうか…?」


目からウロコ…直人から浴びせられた、ダメンズにはまる女の特徴とは

「はい、どうぞ」

私の愚痴を聞いているのかいないのかよく分からなかったが、直人さんは黙ってポトフを出してくれた。

「え?ポトフ?私、ポトフってあんまり好きじゃなくて…なんか物足りなくないですか?主役にもなりきれない余り物が、薄い味つけで寄せ集められているっていうかなんていうか」

けれども一口食べた途端に、思わず私は笑顔になった。

「美味しい…」

特徴的な味があるわけではない。けれどもどこか懐かしくて、心がじんわり温まるような優しさとぬくもりに溢れている一品。

「あれ?ポトフってこんなにも風味がしっかりしていたっけ…もっとボンヤリしていたイメージだったけど、しっかり向き合って食べると、こんなに素材の味がするんですね」

しかしそんな私を見ながら、突然直人がこんなことを言い始めた。

「麻友ちゃん。ダメンズを引き寄せているんじゃなくて、ダメンズを作っているのは、麻友ちゃん自身なんじゃないの?」

直人の一言に、思わずフォークを動かす手が止まる。

「え…?」
「よ〜く振り返ってごらん。本当に、麻友ちゃんは何もしていないのかな?」

返す言葉が、何も見つからなかった。



隆二と出会ったのは、食事会の席だった。カッコよくて優しくて、同い年のはずなのにしっかりしていて、頼り甲斐があって。

そんな彼がモテることは知っていたから、告白されたとき、嬉しかったと同時に不安もよぎった。

—こんな私で大丈夫かな…?周りには可愛くて素敵な子が溢れているのに、どうして私を選んでくれたんだろう?

モテ男の隆二を失いたくなくて、私はできる限り彼に合わせることにした。

基本的に全部向こうの都合に合わせてイイ女を演じ、重い女にならないよう「忙しい」と言われれば、連絡を控えた。疲れている彼のために、こちらが忙しくても寝ずに帰りを待っていたこともある。

私以外の女性が他にいることも、薄々は気がついていた。でも問い詰めたら振られそうだったから、見て見ぬふりをして何も言えなかった。

嫌われたくなくて、とにかく必死だったのだ。

「麻友ちゃんは、何を恐れているの?嫌われることって、そんなに怖いかな?」

ふと我に返ると、私の目の前ではまだポトフが柔らかな湯気を放っている。少しだけコンソメの香りがするその湯気に包まれながら、ぼんやりと隆二の顔を思い出す。

—他に女がいるの?どうして連絡をくれないの?本当に、私のことが好きなの…??

隆二に聞きたいことは山ほどあった。言いたいことも山ほどある。

でも本当は、ただただ真実を知るのが怖かったのかもしれない。

嫌われるのが怖くて、好かれたくて、私はとにかく誰かの愛情をずっと探し求め続けている。

でもそんな愛情を探しに行こうとすればするほど、それは遠のいていく。

「麻友ちゃん、別に嫌われてもいいんだよ。そのままの自分を好きだと言ってくれる人…自分らしくいられる相手を見つけないと」

いつの間にか、一粒の涙が頬を伝っていた。


一歩踏み出せるのか?ダメンズから脱却して幸せになる方法とは

麻友(25歳)の場合


下がり眉で垂れ目の麻友の顔を見たとき、僕は思った。彼女はダメンズメーカーだ、と。

「直人さん、浮気しない男ってどこにいるんですかね…」

ここ最近、麻友は来るたびにずっと同じようなセリフを言っている。

以前、彼も一緒に店に来たことがあるのだが、店の前で大声で他の女性と電話をしていたし、そのあともずっと携帯をいじっていて、麻友の話なんて一切聞いていなかった。

男の僕から見ると、彼に他の女性がいるのは明らかだった。だが麻友に「他に女がいるよ」なんて言うのは得策ではないだろう。

「彼から誘われたら断れないんです…。嬉しいし、私を必要としてくれているんだなって思うから」

いつかそんなことを言っていた。

自分で気づかない限り、ダメンズを製造してしまう女性はその沼から抜けられない。

「麻友ちゃん。ダメンズを引き寄せているんじゃなくて、ダメンズを作っているのは、麻友ちゃん自身なんじゃないの?」

麻友が、誰かから嫌われるのを極端に恐れているのはどう見ても明白だった。

でも残念ながら、どんなに完璧な人間でも100%の人から好かれる人間なんて存在しない。

小さな嫉妬やしょうもないやっかみに揉まれながら、人は生きているのだ。

大人になればなるほど、それらを“見て見ぬふりをする”という技を身につける。そして心とは裏腹にどんな困難も笑い飛ばして生きているうちに、自然と強くなっていくのだ。



—ポトフってあんまり好きじゃなくて…なんか物足りなくないですか?主役にもなりきれない余り物が、薄い味つけで寄せ集められているっていうかなんていうか。

麻友の言葉は、ある意味正しい。でも人生、自分が主役だと思い込めばいつでも主役になれる。

超高級ステーキじゃなくても、お鮨じゃなくてもいい。備え付けのパセリでもいい。

麻友の魅力は、誰にでも合わせられる柔軟性と、人の気持ちを察することができ、相手を尊重できる優しい性格。

そんな魅力を本人に気がついて欲しいという願いを込めて、僕はポトフを作ったのだった。



ポトフを出した金曜日の翌週。晴れ晴れとした顔で、麻友がやってきた。

「直人さん、私、彼と別れました!バッサリ言ってやったんです。“あなたの都合の良い女にはなりません”って」

「へぇ、すごいじゃん。そしたら彼は何て?」

思わずカウンターから身を乗り出す。

「すごく慌てて、追いかけてきました。“もっと大事にするから”って。そこから毎日連絡が来ていますが、無視しています!」

「ははは、麻友ちゃん、やったね。よし、今日はお祝いだ!」


人生、きっと色々ある。甘かったり塩辛かったり、クセになるような刺激もあれば、濃厚で忘れられない出来事もある。

でもいつの日も心にポトフのような、マイルドで穏やかな温かさを持っている人が、実は一番強いのだ。



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