「イケメン彼氏とは会えてるの?あ。電話に出るってことは、今日もひとり?」

晴人にLINEをブロックされたことが発覚したのは、ほんの2時間前。動く気になれずソファでぐったりしていたところに、明奈から電話がかかってきた。

「そ、それが…。大変なことになっちゃって」

菜摘は恥を忍んで、全てを打ち明けた。

「また失敗したってわけね。それよりさ、ブロックされると投稿が見えなくなるんだ?初めて知った。まあブロックされるなんてこと、普通ないしね」

明奈ののんきな声が、普段より癪に障る。すると彼女は、ほら見たことかと言わんばかりに詰め寄ってきた。

「Facebookとかは?確認した?」

「それが…。検索してみたらアカウントが見当たらないの」

すると電話越しにも耳が痛くなるほどの甲高い声で、明奈が反応した。

「Facebookからも消えた!?なんかもう、いろいろと衝撃的で言葉が出ないわ」

「運命の人だと思ってたのに…」

涙声でポツリとつぶやくと、大きなため息が聞こえた。

「菜摘って、本当にバカなのね。変なこと聞くけど、彼とは寝たの?」


菜摘の行動に呆れた親友。彼女がいきなり開催した会とは…。

動物レベルの女


「まあそれは…。大人だしね」

菜摘はゴニョゴニョとお茶を濁しながら、あの夜のことを思い出す。

名前の違う免許証を発見してしまってオロオロしていると、バスルームから「タオル借りても良い?」と、声が聞こえたのだ。

「はーい、今持っていくね!」

慌てて免許証を彼の財布に戻し、バスルームに駆けつける。タオルを手渡した瞬間、晴人に抱きしめられた。

そのままお姫様抱っこされる形でベッドに運び込まれてしまったが最後。抗うことなど出来なかった。

つまり、免許証のことなどすっかり忘れてしまったというわけだ。

一夜の出来事を思い出すと今でも口元が緩んでしまう。その時、電話の向こうから大きなため息が聞こえた。

「イケメンを前に理性を失って、欲望に負けるなんて。30歳過ぎた女としてどうなの?動物じゃないんだから」

動物と表現されたことにムッとしながらも、菜摘は押し黙る。あの瞬間、理性などすっかり吹っ飛んでしまっていたのは確かだ。何も言い返すことができなかった。

「それで、どうするの?」

「どうって言われても…」

受け入れがたいことではあるが、晴人に振られてしまったことは事実だ。

連絡も取れない以上、何もしようがない。せめて彼の住所くらい分かっていれば何かしらのアクションが取れたかもしれないが、免許証に載っていた住所は忘れてしまった。

それに菜摘は、ここ数年、恋人の住所を把握していない。基本的に自分の家に住んでもらって同棲してきたから、相手の家に行くということがなかったのだ。

晴人の前に交際していた涼介なんて、フラれる直前まで彼の苗字も知らなかった。

−私、イケメンに弱すぎる…。

結局同じことを繰り返している。毎回この悩みだ。菜摘は頭を抱えた。



「というわけで、今日は他の人の意見も聞こうの会よ」

「どういう意味?」

翌週、菜摘は明奈とディナーに来ていた。

「おひとり様になって暇でしょ?」という明奈の言葉は不快だが、事実ではある。

気持ちを切り替えて次の恋を探そうと思っても、こうも失敗が続くとさすがに落ち込んだ。

貢いだイケメンにフラれ、運命の人だと思った相手に消息を絶たれる。ダメージはかなり大きかった。

「いつもは私達だけの会になっちゃって全然話が進まないでしょう。だから、別の人も交えて意見を聞いたほうがいいんじゃないかって。今日は、もう一人呼んであるの」

なんて余計なことをしてくれるのだろう。自分の男女関係のイザコザ、つまりは失敗談が、他の人にどう受け止められるかくらい自分でも分かっている。

「大丈夫よ。菜摘のことをちゃんと知ってて、それなりに色男だから」

はて、と菜摘は首を捻った。そんな男がまだ残っていただろうか。自分のことながら、そんな男がいればとっくの昔に好きになってしまっている気がする。

「あ、来た来た。こっちこっち」

「よう。こないだはどーも」

明奈の声に、片手を上げてテーブルにやってきたのは、冬馬だった。

−なんだ、この人か…。


目の前に現れた、あの男。しかし意外なことを言われて…。

“ピュア”な女


「いや、俺が頼んだんだよ。今度新しいバージョンのアプリを導入するから、知り合いの医者に片っ端から声かけてくれないかって。でもやっぱり来たのは、花村先生だけだったな」

冬馬は、菜摘が全く想定していなかった話をし始めた。彼はつまり、営業のために来たらしい。

「相変わらず私だけで悪かったわね。ほかの医者やってる子は、皆忙しいのにね。プライベートなんだし、先生って呼ぶの止めてくれない?」

失礼な口を叩く冬馬に、菜摘は負けじと不愛想に答える。

「なに、この前のイケメン彼氏にフラれたんだって?展開早いなあ、ついていけないわ」

隣で見ていた明奈が、クスっと笑う。頭にきた菜摘は、目の前にあったワインを一気に飲み干した。

それでも冬馬は怯むことなく、ニヤニヤしながら続けた。

「で、メンクイ女王様はどんな目に遭ったって?」





「…最近流行ってるらしいな、そういうの」

菜摘が事の顛末を正直に打ち明けると、冬馬は真剣な表情で腕を組んだ。

「しかも質が悪いのは、本人たちは詐称してない、って言いはるところだよな。そっちが勝手に勘違いしたんだろ。こっちは卒業式に紛れ込んで写真を冗談で撮っただけだって言うらしいぞ」

晴人は、どんなことを思いながらあの写真を撮ったのだろうか。

「俺たちは幸せだよ。そんなこと、考えたこともない。何かを持ってるフリをしたい、しなくちゃいけないヤツの気持ちなんて、多分一生理解できないだろうよ」

冬馬のその言葉をぼんやり聞いていたが、彼が深いことを言っているのかそうでないのか、菜摘はよく分からなかった。

−晴人は一体何がしたかったんだろう?
−私はただのカモだったの?

今さら考えても仕方ないのに、頭は晴人のことで一杯だ。しかしそこに割って入るかのように、冬馬の意地悪い声が聞こえた。

「しかし、お前は相変わらずだな。ここまで顔で男を選ぶって、高校時代から変わっていない。ピュアで良いんじゃないですかぁ?」

「うるさいわね。その口の利き方、どうにかならないの?だからモテないのよ!」

冬馬に当たっても仕方ないのに、つい攻撃的な言葉が出てしまう。自分を傷つける言葉に、今耳を傾ける元気はない。

きっと明奈としては、こうやって旧友の男にも注意されることで、菜摘が多少は心を入れ替えるかもしれないと思っているのだろう。

しかし菜摘だって、さすがに今回のことは自分でも間抜けだったかもしれないと反省しているのだ。バツが悪くなり、この悪い空気を一旦断ち切ろうと化粧室に席を立った。

−ああ、イライラする。どうして彼なんか呼んだのよ!?

鏡を見ながら、なんとか心を落ち着かせようと試みる。なんであんな男に色々言われなくてはいけないのだ。

だけど…。この自分のことを“ピュア”と表現したのは、冬馬が初めてだ。

−変な人。

口紅を塗りなおしながら、菜摘はなんだか不思議な気分になるのだった。


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イケメンを失い、潤いのない日々を送っていた菜摘だが…?