大抵どんな夫婦にも、互いに“秘密”があるものだ

しかし、SNSを通じて相手のことを簡単に暴ける時代

あなたは、相手の全てを知りたいと思いますか?

『愛しているからこそ、全てを知りたい』

そう考えた一人の男がいた

愛しすぎることは、罪なのか……?

◆これまでのあらすじ
料理教室を営む里紗(33)。ある日、「ご主人のことで伝えたいことがある。もう一度、会ってください」という内容のDMが謎の男から届く。
また、秘密にしていた結婚前の『黒歴史』について、もしかしたら夫が気付いているのではという疑いが生まれるが…。

▶️前回:「バレたら、恥ずかしい…」池尻在住・33歳の美人妻が、夫にひた隠しにする黒歴史



「向こうが会いたいって言うんだから、素直に会ってみればいいじゃん」

麻友があまりに屈託のない笑顔でそう言うので、里紗は拍子抜けしてしまう。

「会えるわけないでしょ…」

この日、里紗は、高校時代からの親友・麻友を呼び出していた。

恵比寿ガーデンプレイス。陽のあたるベンチは、屋外なのに冬とは思えないほど暖かい。

近くのカフェでテイクアウトしたサンドイッチを、麻友はとっくに食べ終えていた。だが里紗は、突然Instagramで「会いたい」とDMを送ってきた謎の男について説明するのに夢中で、ほとんど進んでいない。

「でもインスタに載せてる彼の写真をみる限り、かなりのイケメンだよ?」

麻友は、こうしてさっきから会うことをやたら勧めてくる。

「そういうことじゃないの!」

『お願いです。ボクともう一度、会ってください。ご主人のことで、どうしても、お伝えしたいことがあるんです』と3度もメッセージを送ってきたこの男は、一体誰なのか。

『もう一度』と言っているが、会った記憶はない。

夫・毅の知り合いなのだろうか?

もし会うことになったら、夫について、どんなことを言われるのだろうか。

いつもなら無視できるのに、3度も届いたこの怪しいメッセージには妙に嫌な予感がする。DMを受け取ってから1週間が経った今でも、里紗は混乱の中にいた。


親友の会ってみたらというアドバイスに、里紗は少しずつその気になってくる!?

一方、麻友は里紗の不安をよそに、DMを送り付けてきた“謎のイケメン男”と会うかどうかで盛り上がっている。

―相談する相手を間違えたかも…。

そう思ったところで、わざわざ休日に呼び出した手前そんな失礼なことは言えないし、そもそも相談する相手は麻友しかいない。

「別に会ったところで、不倫するわけじゃないんだし〜」

「当たり前でしょ。でもだからって、男の人と2人きりでこっそり会うのはルール違反」

里紗は、夫に内緒で男性と2人きりで会うことは“浮気”だと考えている。

それについては、夫も同じ考えである。

初めてのデートで互いの恋愛観を話したときから、2人の意見は一致していた。

最初は「どうせ自分に話を合わせているだけだろう」と考えていた。

なぜなら、初デートで女性の意見に賛同するふりをするのは、男性の凡庸な恋愛テクニックの1つにすぎないと思っていたから。

だが付き合い始めてまもなくすると、それは誤解だとわかる。

毅は、本当に誠実な男性だったのだ。



毅と出会ったのは、4年前。

里紗は当時、インテリア会社で正社員として本社勤務をしていた。

接客が好きでショップに立っていたかったが、人事異動で慣れないデスクワークを任されることになる。そんな中、上司の指示で、外部の空間プロデューサーと事務的なメールのやり取りをすることになった。

その相手が毅だった。

実際に会って打ち合わせをするようになり、仕事のやり取りだけだったメールはやがてプライベートのやり取りに発展し、デートを重ね交際に至った。

彼は、自らの仕事もプライベートもすべて開示し、何ひとつ隠し事をしない人だ。

もちろん、嘘もつかない。

スマホにパスワードロックをしない人間など、東京で…いや世界を見渡しても天然記念物だが、毅がまさにそれ。

ごく普通の男性遍歴を辿ってきた里紗にとって、彼の存在は衝撃的だった。



「もしかしたら、里紗の黒歴史についてどうして毅さんが知ってるのか、このイケメンに会えば分かるんじゃない?」

楽しそうに麻友は言う。いや、本当に楽しんでいるのだろう。

彼女は、例の“黒歴史”を知る唯一の人物でもある。だから謎のインスタ男の話に加えて、“先週の黒歴史事件”についても相談していたのだ。

『男性目線を意識したYouTubeをやっていた』という里紗の黒歴史。麻友しか知らないこの事実を、どうして夫が知っていたのか。

「毅さんみたいに完璧な男の人はいないんだから、気にしないほうがいいよ。里紗の黒歴史のことだって、彼がもし知っていたらちゃんと話してくれるよ」

麻友にかぎらず、毅を知る誰もが、彼を“完璧な夫”だと言う。杉並に住む両親だって、実の娘の里紗より毅を信頼しているくらいだ。

―でも、だからこそ。完璧であるからこそ、ちょっとした歪みが気になってしまう。

「でも…、普通InstagramとYouTubeを言い間違える?」

「…んー、それは分かんないけど」

「それに、慌てて誤魔化した感じがしたのよ。私の黒歴史のことを知ってて、ずっと黙ってたんだと思う。それがバレたから慌てたんだよ」

麻友は腕を組んで、んー、と唸る。

「でも、黒歴史を作ったのも、そのことを彼に黙っているって決めたのも理沙でしょ?」

「まあ、そうなんだけど…」

「毅さんが悪いみたいになってるけど、そもそもの原因は里紗にあるからね」

ごもっともだ。麻友が正しい。

ー毅は、私に隠し事をしていないのに、私の方は、隠し事をしている。

「素直に話して、毅さん本人に聞いてみたら」

ぐうの根も出ない。

高校のころから麻友は、ギリギリのところで正論を示してくれる。おかげで何度も平静を取り戻せた。

―そうだ。本人に聞けばいいんだ。帰宅したら彼に確認する。それだけでいい。簡単なことじゃないか。

「ありがとう、麻友」

親友に心の底から感謝し、相談を終えた。

だが帰り道の途中、思いもよらない事実が判明する。


帰り道、謎のイケメンの正体が発覚?そして里紗は、非日常の世界に入り込んでいく…。

散歩のつもりで、恵比寿から自宅のある池尻大橋まで歩いて帰っていた里紗は、その途中で代官山の蔦屋に寄った。

特別に本好きというわけではないのに、この場所に来るとなぜか立ち寄りたくなってしまう。

この日、手に取ったのは平積みになっていた20代向けの男性ファッション誌。

その雑誌は、半年前に『男メシ』という企画名の料理特集で取材を受けた縁で、ここ最近目を通すようになっていた。

とはいえ、ターゲットではない雑誌を買うつもりはない。

パラパラとめくって流し読みをして、元の場所に戻そうとした――その時だった。

見覚えのある顔がモデルとして載っていることに気づく。

―この人、誰だっけ?

スラリとした高身長のさわやかな男性。

年齢は20代なかばぐらいだろうか。日本の雑誌モデル、というよりは、K-POPスターのようなルックス。

テレビやネットで見たのだろうか。
あるいは近所でバイトしているところでも見たのだろうか。

思い出せそうで、思い出せない。

―SNSで偶然、見かけたのかな?

その瞬間、ハッとした。

はやる気持ちを抑えて、里紗はスマホを取り出し、Instagramを開く。

―同じ顔。やっぱり、同じ人だ!!

少々気持ちが悪く、それでいて毅のことで興味がそそられた“あのDM”を送ってきた謎の男…。彼こそがまさに、この雑誌に出ているモデルだった。

すぐに名前をチェックする。

ー篠崎楓太、今後の飛躍が期待される24歳ー



検索すると彼は、InstagramもTwitterもやっていた。それを開くとモデルの仕事の告知などで溢れていた。

となると、里紗のInstagramにDMを送ってきたアカウントは、篠崎楓太の裏アカなのだろう。仕事のことには一切触れず、風景を収めるための自撮りの写真ばかりがアップされている。

しかし、疑問は増すばかりだ。

篠崎楓太と会ったことは、今までない。

なのに、なぜ彼は『もう一度、会いましょう』というDMを送ってきたのか。

毅のことで話がある、と伝えてくるのだから、彼の知り合いなのだろう。だとしたら、どこかで一度は会っているはずだが…記憶にはない。

解散したばかりの麻友にすぐに電話をかけた。

「ええ〜っ、DMの男ってモデルさんだったの?」

電話越しでも、彼女が本当に驚いていることが伝わってくる。

「たしかに、めちゃめちゃイケメンだもんね。やったね、里紗」

「やったねって、何が?」

「年下のイケメンモデルと知り合いになれるじゃん!」

麻友の中では、会うことが前提で話が進んでいる。「会うつもりはないよ」と答えると「えー、もったいない!何かが始まる予感がするのに!」と本気で残念がっている。

「何も始まらないから!」

自分に言い聞かせるように里紗は言う。

「9コも年下のイケメンモデルなのに?」

「関係ないでしょ。とりあえず“謎の男”の正体が分かりましたって報告。じゃあね」

電話を切った里紗は、急いで家に帰ろうと思ったが、なぜか足が重い。

のんびり歩いて自宅に到着する直前、その理由がわかった。

夫に隠し事をしている罪悪感だった。

篠崎楓太から来た1通目のDMは、毅に見せた。だが、その後に届いたDMは見せていない。

『お願いです。ボクともう一度、会ってください。ご主人のことで、どうしても、お伝えしたいことがあるんです』というDMがきたことを、毅に伝えていなかった。

とても些細なことだ。

しかし、里紗は罪悪感を拭い去れない。

後戻りできない道を、すでに歩み始めているような気さえした。


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謎めいたDMを送った年下モデルと、接触することを決めた里紗は…。