第十四夜「無双の男」


僕の名前は狩野圭吾。

さいたま市出身、名門浦和高校を経て超難関国立法学部卒の33歳。同法科大学院卒業後、司法試験に合格。有名ローファームに入り、企業法務を担った。

そして昨年、満を持して法律事務所を開業し、独立。

多少なりとも法曹界が身近なひとは、しばしば僕に尋ねる。

「超名門法学部出身なら学閥の恩恵もあるし、あの事務所なら安泰なのに、わざわざ独立するの?」

そんなもん、余計なお世話だ。はっきり言って「庶民」は何もわかっちゃいない。

いざ弁護士になって、早々に一国一城の主になったのには訳がある。

僕はモテる。

勤務先がどうの、弁護士がどうのという前に、圧倒的に顔。顔がいいのだ。

加えてこの長身。まさに無双。

若い頃は芸能事務所に声をかけられたこともあるが、自分を安売りするつもりは毛頭なかった。

僕はこの恵まれた容姿と頭脳で、人生を自分の思い通りにハンドリングできるはず。(だから組織に所属して人に従うなんて、まっぴらごめんだと独立したのだ)。

そんな僕のような男が、どのくらいモテるか。はっきり言おう、庶民の想像には及ばないほどだ。

だから「ああいう女たち」にあんなことをしても、許されるはずだろうー。


無双モテ男・圭吾の華麗なる日常。しかしそこに計算外のアクシデント発生。

士業ハンター


世の中には、「士業の男」を狙う女がいる。

彼女たちは、こんな時代において弁護士、税理士、公認会計士などの専門性の高い国家資格を持つ男の価値を誰よりも、ときに本人たちよりも知っているのだ。

どんな手を使ってもサムライ業の男と結婚すると決めている女。

最初はそのなりふり構わない攻勢に面食らったが、繰り返し行われる食事会や、グランピングもどきのBBQで、彼女たちの生態が分かってきた。

ハンターの内訳は、純粋に行き過ぎたミーハー、容姿に自信があり結婚によって成り上がろうとする野心家、エリート層の既得権益が幼少期から刷り込まれている娘など。

彼女たちは、巷で人気の外資系金融マンやスタートアップ男子には興味がない。とにかくサムライ業関係に異様に顔が広いのが特徴だ。



彼女たちは、戦闘力最強の男に選んでもらうためにあらゆる手管を使い、付き合うとそれはもう献身的に尽くす。

いわゆる港区女子のように遊び向きの女フォルダには入らず、結婚したらいいだろうなと男に思わせることに長けているのだ。

僕が弁護士になってから3人目の彼女は、今時珍しい家事手伝いのお嬢様で、仕事終わりに毎回BMWで迎えにきてくれ、料理教室仕込みの体に良くて美味しいご飯を食べさせ、ゆっくりと寝かせてくれた。

弁護士になってから借りた恵比寿の新築マンションは、合い鍵で入った彼女によって常にピカピカにハウスキーピングされている。まるでフルサービスコンドミニアムに住んでいるような錯覚を覚えた。

彼女にうっかりつかまりそうになったが、僕のシンデレラ選びは始まったばかり。こんなところで手は打てない。

そう気が付いたものの、情の濃い彼女と別れるには非常に苦労し、その一件以来、僕はライトな関係を好むようになった。

僕が目指すのは、この顔と頭脳の恩恵を、最大化すること。

必ずや、うまく生きる。

天賦の才能と、努力で手にした武器を最大限に活かして、可愛い女の子とお金をたっぷりかけて遊び、最後は誰よりも素敵な奥さんを選んでこの上なく裕福に暮らすのだ。

そして33歳の今、事務所開業後も順調そのもので、モテにモテて片手に収まらないくらいの数の女性と同時並行して楽しく過ごしていた。

そんな冬のある日、僕は大学時代のサークルOB会で、真奈美と出会った。


突如現れた「真奈美」は圭吾の運命の女となるのか…?やがて圭吾の傲慢が、思いもよらない事態を引き起こす!?

大学時代は、あまり接点がなかった後輩の真奈美。

彼女は、日系の大手法律事務所に勤める弁護士。父親も弁護士で開業しており、そこそこ大きな法律事務所の跡取り娘だ。

お嬢様なのに気取らない性格で、肝がすわっている。さらりとながれる黒髪と、くっきりとした目鼻立ちの、正真正銘の美人だ。

「圭吾さんて、野心家で面白い」

そんな真奈美が、まっすぐに僕に近づき、笑顔で話しかけてきた。

悪くない。ミーハーな士業ハンター女とは一線を画している。

ほどなくして、僕は真奈美と付き合い始めた。

彼女が運命の女なのかもしれない。なにもかもが上等な真奈美と付き合うと、僕はそんな風に思い始めていた。そう遠からず、彼女と結婚するだろうと。





「狩野先生…眠たくなっちゃった。お部屋とってください」

薄暗いバーで、女が耳元でささやく。

彼女は、前の職場の子だ。

いくら普段は接点がないからと言って、手を出すのはまずいだろうかと酔った頭でちらりと考える。

真奈美という本命がいても、急に女の子と遊ぶのをやめることはできなかった。だがそれでも付き合ってから半年、多少の節度は持っている。

真奈美の耳に入りそうなテリトリーの女の子には手を出さない。もし出した場合でも「君とは後腐れのない関係だ」とはっきり言っておく。

しかし、今夜仕掛けてきた莉乃にはたまらない退廃的な魅力がある。真奈美には髪の毛一筋ほどもない、だらしなさが色気となっているタイプだ。

30歳くらいの、落ち着いた女の雰囲気が心地いい。

「…今夜だけだよ。莉乃ちゃんはそれでいいの?」

莉乃は、承諾の証に、うっとりと目を閉じて、ゆっくりと開けた。それは共犯者の目だった。

僕は肉付きのいい太ももに手を置きながら、うきうきとスマホで部屋を予約した。


エリート男の意外なツボ


「圭吾さん、赤ちゃんできました!」

4か月後。

莉乃が満面の笑顔でマンションにやってきたとき、真っ先に思ったのは、「なんでうちを知ってるんだ?」という素朴な疑問だった。

土曜の真昼間にインターホンで開口一番そんなことを叫ぶものだから、僕は毒気を抜かれて思わず解錠してしまった。

真奈美はゴルフだと言っていたから夜まで来ることはない。とにかく莉乃を部屋に入れ、リビングに座らせる。

「あ、あのさ莉乃ちゃん、なんの冗談かな?僕、あの夜はちゃんと気を付けたはず…」

「圭吾さん、1回目は酔っぱらってたのにちゃんとしてくれて…でも2回目が」

「に、2回目?」

頭に血が上るようだ。一切記憶がない。実を言うと、1回目も記憶はひどく曖昧だった。

「いいんです、私も、圭吾さんの子ならできてもいいかもってちらっと考えちゃって。私、赤ちゃん大好きだから…。でもまさかほんとにできるなんて、驚きです。私、38歳なのに」

「さ、38?莉乃ちゃん、38歳なの!?」

「はい…だから赤ちゃんはもう最後のチャンスかも。圭吾さん、私絶対産みたい。圭吾さんの子なら物凄く可愛くて、天才的に頭がいいはず。

そんな優秀な遺伝子の子供を産めるなんて、凡人の私の人生で最初で最後のチャンスだと思うんです。他の人の子なら迷うけど…圭吾さんの赤ちゃんのお母さんになりたい」

僕は茫然とした。

しかし、不思議なことに、なんだか莉乃の言葉を聞いていると、じわじわと目頭が熱くなってくるではないか。

莉乃は子供を産みたいと、本気で言っている。僕の遺伝子をひくなら絶対に優秀だと信じて。

男として、存在を完璧に肯定されるような快感があった。


無双の男・圭吾が下した決断とは?そして莉乃の知られざる過去が暴かれる・・・!

改めて莉乃を見る。

美人というよりは、可愛い部類。前向きで明るい様子は、一緒にいて居心地もいい。

真奈美のほうが若く美しく、生物として優れた女であることは間違いない。

しかし、莉乃を切り捨てるということは、お腹の子も見捨てるということ。それは許されない気がした。

そして、莉乃のまっすぐで無垢な尊敬の眼差しは、とても心地いいものだったのだ。

こんな人生も悪くない、のかもしれない。それに誰と結婚したとしても、僕ならば絶対に人生をうまくハンドリングできる。

「…わかったよ、莉乃。君が望むなら、僕の子を産んでくれ」

「圭吾さん!そう言ってくれると思ってた。嬉しい…」

莉乃が僕の胸に飛び込んでくる。小動物のように庇護欲を掻き立てる莉乃。真奈美の強さと美しさに未練もあったが、僕の子供ができた以上、前に進むしかない。





「莉乃たち、遅いな?ちょっと見てくるよ」

ホテルの中にある懐石料理の座敷で、僕は腰を浮かす。

今日は僕の両親と莉乃を引き合わせる日。莉乃を埼玉の実家に呼ぶことも考えたが、母が「遠いし、もうすぐリフォームするからそれが終わったら改めて来てもらいましょう」と言うので、都心のホテルになった。

自慢の息子の相手がだいぶ年上と聞いて、最初は面食らっていた両親も、子供ができたときいて、態度を軟化させた。

もっとも、両親の同意はなんとか得ることができたが、真奈美は…思い出すと胸が痛む一幕だった。

「その女、とんでもないわね。あなたの妻は役不足なんじゃない?」

顛末を話して土下座すると、薄く形のいい唇をかすかに上げながら僕を見て、二度と振り返らなかった。真奈美が望むなら、二人の関係はこのまま続けてもいいと思っていたが、そんな雰囲気じゃなかった。

「遅くなりました」

その時、莉乃がにこやかにやってきた。

後ろには、莉乃と同じくらいの背丈の女の子が立っている。莉乃の母親の姿は見えない。彼女の両親は離婚しており、母親は忙しいと言っていたから遅刻するのかもしれない。

「莉乃、待ってたよ。そちらは妹さん…?こんな可愛らしい妹さんがいるなんて知らなかったな、初めまして」

すると莉乃は、にっこりと笑って、その子の肩を抱いた。

「紹介するね、私の娘の亜美。中学2年生よ」

「む、娘?」

背後で両親が、息をのむ気配がした。

「きちんとお付き合いしていたわけじゃなかったから、圭吾さんに言う機会がなかったけど、以前うちの事務所にいらした福島先生と結婚してたことがあって。この子の父親です」

「え!?5年前に田舎で開業するって引っ込んだ福島先生と!?中2の娘!?」

度肝を抜かれて二人を交互に見ると、クールな眼差しの亜美という娘は、莉乃によく似た口元で笑った。

「福島センセが急に田舎で開業するっていうから、あてが外れたママが愛想をつかしたってわけ。ちなみにその後、東十条センセっていう医者とも結婚してたよ。子供はいないけど」

「ていうことは…莉乃、バツ2ってこと…?」

莉乃は返事もせずワンピースの少し膨らんだお腹に手を当てながら、棒立ちの僕の脇をするりと抜け、座敷に入る。

「初めましてお義父さん、お義母さん。莉乃と亜美です。お腹の圭吾さんの赤ちゃんともども、末永くよろしくお願いいたします」

僕の頭の中に、真奈美の最後の言葉がこだまする。

―その女、とんでもないわね。あなたの妻には役不足なんじゃない?

てっきり僕の奥さんには物足りない女、という意味だと思っていた。

…どうやら、僕は言葉の意味を誤解していたようだ。


役不足:力量に比べて、役目が不相応に軽いこと。


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