―長谷川七瀬(30歳/独身/彼氏ナシ)

「来年には絶対結婚する!」

そう宣言した女が企てたのは、ニューノーマル時代の新しい婚活のカタチ。

必要なものは「過去の男たちの記憶」、以上。

◆これまでのあらすじ

学生時代の元彼がInstagramでイケメン経営者になっていることを知った七瀬は、DMを送る。すると…?

▶前回:必要なのは「過去の男たちの記憶」だけ。30歳女が企てた、緊急事態下での婚活の戦略



2020年5月


ー連絡をとるのも、10年ぶりね…。

七瀬が元彼・高山 光司の投稿にハートマーク入りで祝福のダイレクトメッセージを送ると、すぐに返信がきた。

『久々だね、ありがとう!』

ー…何よ、元カノからのDMなのに、随分そっけないわね。

沢山の人から祝福のメッセージが来ていて、七瀬への返信もその中の一つに過ぎない。

そんな本音を表しているかのような返答だ。

半ば落胆した気持ちでスマホを放り出そうとした、その時。

ダイレクトメッセージの画面に「入力中…」と表示された。

ーえ…?続きのメッセージが来る…?


光司からメッセージがきた!その内容とは・・・

『七瀬は元気してる?』

七瀬はそのメッセージを受け取ると、ニヤリと微笑んだ。

『元気^^オフィス目黒なんだね、ウチと近いかも!』

ー…自分からは敢えて、誘わない。誘わせるの。

何回かのメッセージのラリーの後、「じゃあ今度ランチでも」と誘われた。

ーほらね、作戦通り。

七瀬は、走り書きした男たちの棚卸しリストを見ながら大きく頷く。

晴れて「婚活」のアポを取り付けたのだ。

緊急事態宣言解除後の「元彼との再会」という名の―。





6月中旬の昼下がり。

緊急事態宣言が解除され、街に少しずつ人が戻り始めた。

光司との待ち合わせ場所は、白金にあるカフェ。

七瀬はプラチナ通りを歩く。

数ヶ月ぶりの、“男性とのデート”、しかもかつて淡い思い出を共有した“元彼”との。

久々に着飾って念入りにメイクして、気合いは十分。

「…七瀬?」

入り口まであと少しのところで、テラス席に座る誰かから声をかけられた。

七瀬は振り向く。

声の主が、こちらを見ながら笑顔で手を振っていた。

Tシャツにジャケットを合わせた格好の、ラフなのに上品で、洗練された雰囲気を纏う男。

「光司…さん…?」

ーやっぱり、10年前よりも100倍、格好良いわ…。

七瀬が店内に入り席に着くと、光司は「久しぶり」と微笑んだ。



「…久しぶり。なんか光司さん、雰囲気変わった?」
「そう?七瀬は、全然変わらないね」

光司の一言に、七瀬は出鼻をくじかれたような思いになった。

ー…変わらない?ますます綺麗になったとか、そういう一言、期待してたのに…。

30歳にはなったが、美容にもメイクにもこだわっている。

10年前に比べれば格段にレベルアップしているはずだ。

ーそれに光司さん、あなたあの日私に振られてから、しばらく未練がましく追っかけてきたじゃない…。





あの日…。

真夏のある夜のことだった。

10年前、光司は大学4年生で就活中、七瀬は2年生。

二人が大学で出会い付き合い始めてから、1年が経とうとしていた頃。

光司はタバコを片手に、ボソリと呟いた。

「俺、就職決まらなかったわ…。就留、しようかと思う」
「…え?周りの人はみんな、すんなり就職先決めたのに?」

七瀬は咄嗟に、責めるようなセリフを放つ。

すると光司は悔しそうに目を細めた。

「俺、どうしてもやりたいことがあるんだよ…」

ーそんなの言い訳でしょ?彼氏が就留なんて、格好悪すぎる…。

当時学生だった七瀬は、“社会人”との食事会に呼ばれる機会も増えてきた頃。

就職もできないような彼氏に、用は無い。



「光司さんごめん、別れよう」
「…え?なんで…?」

背を向けて、七瀬は1人で歩き出した。

光司は慌てて、七瀬を呼び戻そうとタバコの火を消す。

「ごめん、1人にさせて」

七瀬はそう言い放つと、その場を去った。

その日以来、数ヶ月のあいだ光司から何度も連絡があった。

でも全て無視して、すぐに新しい彼氏を作ったのだった。



ふっと昔の記憶が蘇り、当時の自分の行動に恥ずかしさを覚えた。

ーそういえば10年前、あんな別れ方しちゃったのね…。

「どしたの、1人で複雑そうな顔しちゃって」

光司が覗き込むように放ったその一言で、七瀬はハッと我に返る。

「いや、なんか昔のこと、思い出しちゃって…」
「…懐かしいよなあ。でも、七瀬のアレのおかげかもよ」

光司がカップを持ち、低い声で意味深にゆっくりと呟いた。



「アレって、どういうこと…?」


男がさりげなく言った「アレ」の真相とは?

光司はカップをそっとテーブルに置く。

そして遠くを見ながら懐かしそうに笑った。

「当時の俺はほんとに悔しくって、それがきっかけで就活頑張って、結果、起業できたのかなっていう気持ちもある」



ーそれって、まだ私に可能性があるってこと…?

光司は、会社を立ち上げるまでの経緯や事業内容について語る。

一通り話し終えると、七瀬を見て首を傾げた。

「七瀬は、最近どうなの?」

仕事についての回答をすべきか、恋愛事情の回答をすべきか。

七瀬は迷いながら、ゆっくりと足を組み直した。

ー目的は「婚活」よ、どうにか次に繋げなきゃ…。



「仕事は順調よ、でも、そろそろ結婚したいなと思って。来年までに」

決して焦りが見えないように微笑んだ。

光司は無表情で頷く。

「直近の彼氏はね…」

最近の恋愛事情やコロナ禍で感じた孤独、周囲が結婚し出して自分も結婚願望が年々強まってきていること。

そんな近況を、一通り話した。

ーきっと光司さんも30代に突入して、同じような気持ちよね。だから私たちってきっと…、上手くいく…?

「七瀬」

ずっと無表情で相槌を打っていた光司が、切り込むような鋭い表情になる。

「なぁに?」



七瀬は自分が最大限に可愛く見える表情を作って、返事をする。

しかし…。

「悪いけど今の七瀬に、魅力は感じない」
「…え?どういうこと…?」

突然のセリフに驚いて、七瀬は顔をあげる。

光司は冷たい表情をしていた。

「そういうことだよ」

光司はテーブルでサッとお会計を済ませると、スマホと財布をポケットに入れて立ち上がる。

「じゃ、久しぶりに会えてよかった。頑張れよ、婚活」

最後だけ笑顔に変わり、あっけに取られた七瀬に向かってそう言い放つ。

そして一人で店を後にした。

ー…え?私、振られた…?

10年前のあの日と、まるで立場が逆転している。

ー光司さんはあの日よりもレベルアップしてる一方で、私は、むしろ劣化してるってこと…?

1人取り残された店内で周りを見渡す。

幸せそうに談笑するカップルや、近所に住んでいるのであろう女性たちの女子会。

店の中で1人なのも、惨めな気持ちなのも、きっと私だけ…。

ー私って何かを見誤ってる?



七瀬は、大きくため息をついたのだった。

▶前回:必要なのは「過去の男たちの記憶」だけ。30歳女が企てた、緊急事態下での婚活の戦略

▶Next:2月4日 木曜更新予定
元彼に振られ、現実を突きつけられた七瀬が起こした行動とは…?