今日が、何でもない普通の日なら良かったのに……

“記念すべき日”に起きた最悪な出来事は、悲しみや怒りなどあらゆる感情が倍増して

一生忘れることができない思い出として心に刻まれる

この連載では、“記念日”にまつわるストーリーを東京カレンダーのライター陣が1話読み切りでお送りする

▶前回:「嘘でしょ!?」甘い夜を過ごすはずが…。ホテルの一室で、27歳女が男から告げられた驚愕の事実



「乃里ちゃん、俺達つき合おうか」

あの時の低く、甘い声が忘れられない。

3年前の、1月28日。

私に、初めて“大人の彼氏”ができた。

刺青のように私の心に刻まれて、忘れられないその日のこと。

今でもまだ思い出してしまう―



会社の先輩・明子さんに連れて行かれた三軒茶屋駅近くの隠れ家的なBAR。

彼…小山さんは、その店の常連客だった。

当時23歳の私より、6歳年上で大手レコード会社のプロモーターをしていた彼。

長い前髪の奥の、刺すような視線―

地方から出てきたばかりの私が、人生で初めて会うようなミステリアスで都会的な雰囲気の人だった。

最初は怖くて避けていたけど、店に行くと、彼はなぜか私だけに絡んできてくれて、次第に気になる存在になっていった。



週に1回はお店で彼と会うようになったころ、明子さんが私に耳打ちしてきた。

「小山さんと乃里っていい感じだよね」

「え?でも、彼ってみんなに優しいから…」

謙遜はしたが、実は私も彼からの特別な視線を感じていた。

「私も常連だけど、彼とはほとんど話したことないよ。もしかして乃里のこと…」

平然を装って聞いていたけど、胸の鼓動は止まらない。

―これは、千載一遇のチャンス…?


初めて大人の男といい感じに!?浮かれてしまった乃里。好きな人と迎える初めての特別な夜…

今まで、“大人の彼氏”がいたことはなかった。

地元・名古屋では、お嬢様学校と呼ばれる私立の女子校で中学から大学まで過ごし、上京して就職した会社も女性ばかりの化粧品メーカー。

だから、大人の男性に憧れはあったものの、どうも馴染めなかった。

しかし、運命の日は突然やってきた。



BARの常連さんだけの新年会が開かれたあの日―

お開きになった後、家が近い小山さんと私は帰り道、自然に一緒になり…。

飲み足りないね、ということで、三宿にある小山さんの家に行くことになった。

もちろん、二人きり。

ウォールナットの家具で揃えられた、都会的な中に木のぬくもりが感じられるオシャレな部屋で、小山さんの担当するアーティストのMVを見せてもらいながら、ワインを飲んでいた。



そして、日付が変わった頃―

彼が、私の耳元で静かに囁いた。

「僕さ、乃里ちゃんのことちょっと気になってたんだよね。いつも明るくてさ、元気をもらえるというか…」

小山さんは、ぎゅっと私の手を握りしめてきた。

「実は、私も、小山さんのこと…」

「ふふ。じゃあ乃里ちゃん、俺達つき合おうか」



「うん」とうなずいている途中にもかかわらず、彼の唇が私の唇に重なった。

引き寄せられたような、急展開。

―きっと大人の恋って、こうやって自然に始まるものなんだろうな。

ぼんやり考えながら、彼に身をゆだねる。

何度も気持ちとお互いの存在を確かめ合って、夜を明かした。

ずっとこの時を待ち望んでいたかのように…。



翌朝―

小山さんは仕事で、私は早朝に彼の家を去ることになった。

家に帰っても、私は夢のような現実が信じられなかった。

―私、ちゃんとした大人の彼氏ができた…

会社の先輩・明子さんに早速報告のLINEをすると、すぐに電話がかかってきた。

「おめでとう!絶対いいカップルだと思う」

「明子さんが、あの店に連れて行ってくれたおかげです」

「みんなにも報告するね。今度、交際おめでとう会しよ♪」

電話口の弾んだ声に、自分も嬉しくなってしまう。

―そうだ、インスタでも報告しなきゃ。



友人の幸せアピールを見るのが辛くて、遠ざかっていたInstagram。

久々すぎてパスワードを忘れてしまっていたので、再設定する。

新しいものは、彼の苗字と私の名前、交際記念日の今日の日付を組み合わせた文字列。

―koyamanori0128―

これなら絶対に忘れないはず。

早速、昨晩何気なく彼の部屋で撮影した2つのワイングラスの写真をアップして、『ご報告』してみる。

投稿するなり、「いいね!」と祝福コメントの通知が嵐のようにやってきた。

Facebookのステータスも『交際中』に変える。



1月28日は、クリスマスでも誕生日でもない、普通の何でもない日だった。

でも、今後この日は、一生の記念日になるのだろう。

この先彼と結婚して、子供を産んで、共に人生を歩んでいく中でずっと…


幸せの絶頂の乃里。そんな彼女に悲劇が訪れる…!?

―さっき離れたばかりなのに、まだ会いたいよ…。

私はいてもたってもいられず、『今夜も会いたいな』とLINEを送った後、渋谷へ繰り出した。

ロフトでお揃いのお茶碗とカップを買ったあと、彼氏ができた自分へのご褒美に、Tiffany & Co.で彼のイニシャルのネックレスを買う。

記念だからと、日付の刻印を入れてもらうことにした。



―今日は私の部屋に来てもらって、手料理でも作ろうかな…

気が付けば鼻歌まじりでスーパーに向かっていた。

歌も踊りも苦手だけど、今ならミュージカルの主演が出来そう。

街ゆく人も、道に咲く花も、建物も、みんな私をお祝いしているように見える。

「世界のみなさん、私に彼氏ができました!」

世界中に向かって叫びたい。

愛ってなんて素晴らしいんだろう…!



その時だった−

『彼氏、できたの?』

小山さんからのLINE。

理解不能な文字列に、私は首を傾げる。

『Facebookで見てさ…念のため聞くけど、俺の事じゃないよね。昨日はすごく酔っぱらっていて、何も覚えていないんだ』

―え、どういうこと?

LINEのメッセージを受信する度に、世界が徐々に暗黒に染まっていった。



それによると、要するに、小山さんは私と付き合う気はなく、昨日の夜はただのスキンシップ、乃里ちゃんそういうの楽しめるタイプでしょ?とのこと。

さらに、私を奈落の底へと突き落とすメッセージが届く。

『実はオレ、ずっと好きな人がいるんだ。君の先輩の明子さん。昨晩の件は、彼女には秘密にしておいて欲しいんだよ。ね、お願い!』



ー大人の男って、難しい……

天国から地獄に落ちた23歳の冬の日。

『了解!なんだ、勘違いしちゃったよーwww』

震える手で返信した後のことは記憶にない。

1月28日は、この瞬間まで、一生の記念日だった。

しかし、もうカレンダーから消えて欲しい特別な日―。


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