「お金より愛が大事」と口ではいくら言っていても…。

「やっぱり、玉の輿に乗りたい」と思っている女は一定数いる。

大手通信会社で働く“玉の輿”狙いの小春(25)と、“女なんて金でどうにでもなる”と思っている会社経営者・恭介(32)との恋愛攻防戦。

◆これまでのあらすじ
小春とのドライブデート後、自分の部屋に呼びいい雰囲気になる。手を出すことなく家に帰らせたものの、小春からの連絡が途切れ不安になっていた恭介だったが…

▶前回:“上下バラバラの下着”で、勝負デートに臨む女の本音。彼女が男に期待することとは



恭介:ランニング中に遭遇した初恋の人


「やっぱり、このコーヒーうまいな…」

思わず声が出てしまった、日曜の朝。

恭介の1日は、デロンギの全自動コーヒーマシンでエスプレッソを飲むことから始まる。

同じメーカーから出ている「エボリューション」というアラビカ100%の豆を定期的に購入しているのだが、これがなかなか美味しい。

― エボリューションか…。

思春期に突入した頃に流行った歌手の曲を、ふと思い出す。

コーヒーを飲み終えた恭介は、その曲を口ずさみながらランニングウェアに着替える。そして、Apple Musicでその曲を検索しながら部屋を出てエントランスに向かった。

曲の始まりとともにマンションを出て走り出すと、爽快感が身体を駆け巡る。

― そういえば、小春は邦楽が好きだと言ってたっけ。

恭介は、走りながら先週末の初デートの日のことを思い出していた。



ドライブデートの後、恭介の家にノコノコとついてきた小春だったが、その後パタリと連絡が途絶えた。気になってはいたが、どうせ軽い女だと思われるのが嫌だとかいう女心なんだろう、と推測していた。

小春に探りを入れるために、四ツ谷にある高級寿司に誘うLINEを一昨日送ったらすぐに食らいついてきた。

結局、高級寿司に釣られるその辺の女と一緒だったのかと思うと、自分から誘ったくせに、恭介は少しだけ寂しい気持ちになっていたのだった。

大木戸坂下の交差点の信号待ちで脚のストレッチを始めた、その時だった。

「あれ、恭ちゃん…?」

懐かしい声がして、声のする方を振り向く。


恭介に声を掛けたのは、幼馴染で初恋の相手だった…

そこには、2匹のトイプードルを連れた女性が笑顔で立っていた。透明感のある肌に桃色の頬、奥二重の控えめな目…。

「花恋(かれん)!?」



初恋の相手との突然の再会に、恭介の心拍数が上がる。

「恭ちゃん、久しぶりね。まだ走ってるんだ。さすが元陸上部!」

花恋は、恭介の2個下だから今は30歳だ。

麹町にある実家同士が近所で、小学生の頃は同じピアノ教室と英会話スクールに通っていた。

それに、親同士が仲がいいという理由で、中学や高校に入ってからも時折お互いの家を行き来していた。「結婚すればいいのに」と親にはよく言われ、反抗しながらも内心嬉しかったことを今でも覚えている。

「まあな。ジムで走るのが苦手でさ。てか、何年ぶり?」

「そうねぇ…。5年とか?もっと会ってないかしら」

花恋は、2匹の犬を交互になでながら答えた。

「なんで花恋がこんなところにいるんだよ。白金で一人暮らししてるんじゃなかったっけ?」

彼女は画家で、淡い色彩で細胞のような細かい花弁の絵ばかりを描いている。国内外でかなり評価されており、月に2、3枚で絵が売れれば、そこそこ贅沢な生活ができると親から聞いたことがある。

類い稀な才能を持っているだけでなく、国内最大手の仏壇仏具店「華蓮堂」の創業者を祖父に持つ正真正銘のお嬢様だ。花恋の名前の由来は、この華蓮堂からきている。

「お友達と青山のファーマーズマーケットに行っていたの。そのあとはいつも代々木公園に行くのだけれど、今日は、久しぶりに新宿御苑まで行ってみようかなって。もちろんそこまでタクシーに乗っちゃったけど」

「ね?」と花恋が2匹の犬に問いかけると、きゃんきゃんと交互に吠えた。

風に揺れてもすぐ元に戻る、しなやかな黒髪が恭介の目に映る。

― 相変わらず美人だな…。

初恋の相手がこんなにも美しいことを、誇らしく思った。

「そうそう、うちの母が最近ようやくインスタ始めてね。恭介のことフォローしてるみたい」

「そうなの?めったに更新しないんだけど、なんか恥ずかしいな。じゃあ、この子たちの写真でもあげとく?」

恭介は、花恋の犬を見て言う。



「この子たちが恭介のインスタに載ってたら、母が驚くと思うわ。私はプライベートでSNSやらないの。なんだか、現実が疎かになりそうで嫌なのよね」

― さすが、花恋はインスタ映えのために生きてる女とは違うな。

花恋の周りに流されないところは、昔から変わっていないと感じてなんだか安心する。それと同時に、懐かしさも手伝って、久々にゆっくり彼女と話がしたいと思った。

「花恋さ、最近忙しい?今度、メシでも行かない?」

「いいね!LINEって交換してたっけ?」

その後、お互いのIDを確認し合って花恋とは別れた。

花恋の犬をストーリーに投稿しているときに、ふと小春を思い出す。

「可愛いトイプードルを飼ってるから、部屋においでよとか、そういう口実がないの?」と小春が言っていたから。

― この投稿見て、俺が犬を飼い始めたとか勘違いしたら面白いな。


一方小春は、恭介のInstagramに上がっている子犬の写真を見つけ…

小春:恭介の正式な彼女になりたい!


「おつかれ〜!」

よく晴れた日曜の昼間、小春は、祐馬と生ビールのジョッキを合わせていた。

祐馬が働いている美容室の定休日は火曜だが、たまに日曜休みのシフトが組まれることがあるらしい。ふたりがやって来たのは、溝の口にある昼間から開いている居酒屋だ。

祐馬は田園都市線の駒澤大学に住んでいるが、飲むときはたいてい、小春が住んでいるエリアに来てくれる。

つまみを何品か注文したところで、祐馬が恭介の話を振ってきた。

「先輩スタイリストに聞いたけど、恭介さんめちゃくちゃ稼いでいるらしいな」

「そうよ、だから狙ってるの。もう彼の家にも行ったよ」

「はやっ。小春の行動力、ハンパないわ」

「まあね〜!」

祐馬とは、地元が同じ西川口でしかも高校の同級生。その頃から醜態をさらしているから、今さら気を使うことも上品に振る舞う必要もない。どうでも良い話で盛り上がったり、愚痴を言え合える姉弟みたいな関係だ、と小春は思っている。

「今度、四ツ谷のお寿司屋さんに連れて行ってもらうの。いいでしょ〜」

小春は、好物のたたきキュウリに箸を伸ばしながら言った。

「ふーん、でも相当な金持ちなわけだし、そのくらいは遊びの女でも誘うんじゃないの?」

相変わらず意地悪なことを言ってくる祐馬。

「妬いてるの?恭介さんと付き合っても、祐馬との時間はちゃんと作るから安心して」

「そりゃどうも」

枝豆を食べながら、祐馬が素っ気なくつぶやく。

祐馬は、カッコいいしお客さんからもモテる。適当に遊んでいるみたいだが、彼女はいない。「面倒くさいから、特定の彼女はいらない」と言っているが、なんとなく、ほかに理由があるような気がしてならない。



「てかさ、恭介さんともホッピーとか飲んでるわけ?」

小春が店員にホッピーの“ナカ”のおかわりを頼むと、祐馬が尋ねてきた。

「飲むわけないよ。飲兵衛だってことは、まだ内緒にしてるし」

「恭介さんといるより、俺とホッピー飲みながらバカ話しているほうが楽しくない?」

少し怒ったような、ぶっきらぼうな祐馬の口調に少し驚きながらも小春は明るく答えた。

「そりゃあ楽しいし、こういう時間も大事よ。だから、これからもよろしく頼むね」

恭介といる時間も、祐馬とこうやってバカ話する時間もどちらも大切だが、種類が全く違う。それを祐馬はわかっていないのだろうか。

― 私が結婚相手に求めているのは、楽しさだけじゃない…経済力なんだよ。

祐馬がお手洗いに立ったタイミングで、一息つき、無意識にInstagramを開く。



― ん?だれ、この人…。

恭介がストーリーを更新しており、“めっちゃ可愛い!” という一言が添えてある画像には、2匹の小さなトイプードルが写っていた。

しかも、花柄が綺麗なDiorのエスパドリーユを履いた細い脚までしっかり見えている。

― 犬の散歩用にDiorを履ける女性が、恭介さんの周りにはたくさんいるんだろうな…。

お酒のせいだろうか、悔しさと惨めさで泣きそうになった。

「ホッピーのナカ、お待たせしましたー!」

「あ、はい」

店員が足してくれた焼酎にホッピーを注ぐことなく、涙がこぼれないようグラスを睨んだ。

恭介はモテる。そんなことはわかっていたのに、心が苦しい。

― 私がまだ彼女じゃないから、不安になるんだよね…。

他の女性に盗られてしまう前に、小春は恭介を本気で狙いに行くことを決意した。


▶前回:“上下バラバラの下着”で、勝負デートに臨む女の本音。彼女が男に期待することとは

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小春と恭介は2回目のデートへそこで小春が魅せた意外な一面とは?