知らず知らずのうちに、まるでバンパイアのように男からエネルギーを吸い取る女。

人は彼女のことを、こう呼ぶ。「エナジーバンパイアだ」と。

付き合ったら最後、残された者には何も残らない。それでも自分が踏み台にされていることを分かりつつ、彼女に執着してしまう。

気づけばもう、次なるターゲットのもとに行ってしまっているというのに。

…誰か教えてくれないか。あの子を忘れる方法を。

◆これまでのあらすじ

えりかに彼氏がいることを知っていながら、一晩を共に過ごしてしまった裕紀(ゆうき)。目覚めた後に罪悪感を抱くも、彼女はすでに破局していたことを知る。

そのまま勢いで告白し、二人は付き合うことになったが…?

▶前回:付き合う前の女の部屋で、一夜を明かしてしまった。翌朝、彼女が漏らした“まさかの本音”に…



「裕紀、最近調子良さそうだな」

朝、ジムのスタッフルームでオープンの準備を進めていた裕紀に、同僚の三井が声をかけてきた。

「そうか?別に普通だと思うけど」

なんでもないフリをして、タブレットで今日のスケジュールを確認する。

―さすがにクライアントと付き合い始めて、しかも独立に向けた準備も順調だなんて言えないよな。

えりかと付き合って3か月。実はここまで、何もかもうまくいっているのだ。

バーで知り合った不動産経営者から、渋谷の一等地にあるビルの一室を紹介してもらった。また海外でバイヤーをしている友人から、入手困難なトレーニング機材が手に入りそうだとも言われている。

このままいくと「2年以内に独立する」という当初の目標は、あっさりとクリアできそうだ。

それに何よりも、えりかとのデートが楽しくて仕方がなかった。



「裕紀くんといると、本当に刺激的で時間があっという間に経っちゃう」

久々のデート中。えりかは熱々の小籠包を、美味しそうに味わいながら言う。

元カレのことを「つまらなくなった」と蔑んだときこそ驚いたが、付き合いだしてからは何かと立ててくれるし、違和感はない。

この中華料理店も普段は予約が取れない人気店だが、彼女の喜ぶ顔が見たくて、つてがあるというクライアントに頼み込んだのだ。

「あ。そういえばね、裕紀くんに相談があって…」


その後、えりかの口から飛び出した言葉とは…?

「実は…」

そう話し始めるえりかの表情はいつもより真剣で、裕紀も真面目に話を聞くため、手に持っていた箸を置いた。

「最近ずっと考えていたんだけどね…」

いつもハキハキと話す彼女が、言葉を選んでいるのは珍しい。

「とりあえず言ってみなよ。俺で良ければ聞くよ」

「そうだね。単刀直入に言うと、私も何か自分のビジネスを持ちたいと思ってるの。私の会社は副業を推奨しているし、今までやってきたことを活かして、何かやってみたいの」

最初は躊躇していたが、えりかは一気に話した。そして少し照れたように目を逸らして、残っていた小籠包に手を伸ばす。

「いいじゃん」

そう言ってくれる裕紀の声を待っていたかのように、彼女はパッと顔を上げて嬉しそうな表情をした。



「ほんと?裕紀くんの独立の話を聞いて、すごく刺激されて。私も何かやらなきゃって気持ちになったんだ。もちろん簡単じゃないことはわかってるけど…」

「たしかに、すぐできるものではないよ。でもやりたいっていう気持ちがないと、何も始まらないからね。えりかが僕を見てそんなふうに思ってくれたっていうのが、何よりも嬉しいよ」

資金調達や経営企画などは、一筋縄ではいかない。そのことは、今まさにその状況に直面している裕紀が、身をもって知っている。

だからこそ、彼女の言葉が嬉しかった。

「まずは、その具体的な“何か”を決めるところからだね」

キューバ・リブレを口に運びながら、少し余裕を持って言う。まだ独立したわけではないが、同じ志を持つ先輩として相談に乗ってあげないと、と思ったのだ。

「うん、それなんだけどね。もうなんとなくはイメージしてて。今の会社でためてきた広告クリエイティブのノウハウを活かして、個人でディレクター的な動きができないかなと思ってるの」

まっすぐに見つめてくる目が力強い。

つい先ほどまでは不安そうな表情をしていたというのに、今は自信に満ちているようで、もはや裕紀の助言は必要としていない感じさえする。

―えりかなら、うまくやりそうだなあ。

成功する未来が、自然と見えてくる。

詳しく聞いたことはないけれど、勤めている広告代理店でも、26歳という若さにしてかなりの“やり手”なのだということは、彼女の話しぶりからわかっていた。

裕紀自身はジムをオープンすることが当面の目標だが、最終的には複数の店舗を経営するオーナーになりたいと思っている。

そんな自分と、経営者のえりかという将来の二人を想像して、嬉しい気持ちになった。

しかし「力になる」とは言ったものの、正直、広告やクリエイティブに関しては全く知識がない。

そんなとき、裕紀の頭の中にある人物のことが浮かんできたのだ。


裕紀が思い浮かべた人物とは…?

それから1週間後。

「お待たせ。裕紀、久しぶりだね。夏に会った以来かな?」

品川にあるホテルのラウンジでコーヒーを飲んでいると、うしろから声をかけられた。

―相変わらず、整った顔だなあ。

目の前に立っている中崎涼太を見上げながら思う。彼は男の自分から見ても爽やかで、かっこいい。

涼太とは、同じ大学出身。学部関係なく受けられる一般教養の授業でたまたま一緒になってから、何かと仲良くしている間柄だ。

大学卒業後、小さな制作会社に入社してwebディレクターの仕事をしていたのだが、段々と会社でできることに限界を感じ始め、3年ほど前に独立したという。

今はフリーのクリエイティブディレクターとして、かなりの数の仕事を請け負っているらしい。

この前、えりかから「自分でビジネスをやってみたい」という話を聞いて、真っ先に涼太の顔が浮かんだ。だから彼に話を聞いてみようと、こうして呼び出したのだ。



「急にどうしたの?独立に向けての準備は順調?」

涼太はソファに腰掛け、ウェイターにコーヒーをオーダーしてから言った。

「うん。俺のほうは知り合いから良い物件を紹介してもらえそうで、いい感じなんだけど。今日はちょっと別件で話があって」

そして、えりかと付き合った経緯から、中華料理店での会話を一通り話した。その間、彼は口を挟むこともなく「うんうん」と話を聞いている。

唐突な話だし、馬鹿にされても仕方のない場面だが、表情は真剣そのもの。

―こういうところが、涼太がモテる理由なんだろうなあ。

そうして話し終えると、彼はニッコリと笑って言った。

「僕で良ければ力になるし、お願いできる仕事もあると思うよ。案件の量も増えてきて、ひとりじゃ回しきれないと思ってたところだし。代理店で働いている知識があるなら、即戦力になるはず」

「本当か!?えりかも喜ぶと思うよ。今度3人で食事に行こう。もちろん俺がご馳走するよ」

―これは予想以上に早く、うまくいくかもしれないな。

裕紀は、親友と彼女が一緒に仕事をするシチュエーションに、心を踊らせていた。


▶前回:付き合う前の女の部屋で、一夜を明かしてしまった。翌朝、彼女が漏らした“まさかの本音”に…

▶︎NEXT:3月16日 火曜更新予定
何もかもうまくいくと思っていた裕紀の環境が、ジワジワと変わりだし…?