住んでいる街によって、人生は変わり、また人も変わる。

2020年、東京の街は大きく変貌した。

店は閉まり、代わりにフードデリバリーの自転車を頻繁に見かけるようになった。また時差通勤やテレワークが導入され、ラッシュ時の人は減った。

では、東京に住む女の人生は、どう変わったのだろうか? エリア別に、その実態に迫る。

今回は代々木上原在住・紗弥香(28)の話。

▶前回:「大手勤務で年収1,000万の人と結婚したかったけれど…」丸の内OL26歳に起きた、ある変化



オーガニックに囚われ過ぎた代々木上原女子・紗弥香(28)


「ちょっと大貴、ゴミの分別くらいちゃんとしてよ」
「え?ちゃんとしたよ」

日曜日の午後。同棲してもうすぐ2年になる大貴に対して、つい苛立ってしまう自分がいる。

「あと私今日はファスティングだから、夕ご飯作れないよ」

朝からジュースしか飲んでいないので、イライラしてしまうのだろうか。

「そうなんだ。わかった、適当になんか作って食べるよ」

今日は月に1度のデトックスDAYだ。

断食に近いけれど1日を酵素ジュースのみで過ごす日で、具なしのお味噌汁は飲んでもOK。激しい運動はNGなので、家でおとなしく過ごすか、大貴と一緒に代々木公園に散歩にでも行こうかと思う。

「ねぇこの後散歩行く?ってそうだ、大貴もファスティングしたほうがいいよ。最近大貴の生活乱れているし、体内に溜まっている老廃物も…」

そこまで、話したときだった。

いつもはニコニコとしている大貴の顔色が、急に曇る。そして信じられない一言が飛び出してきた。

「それって…俺もやらなきゃいけないの?ごめん紗弥香。前から言いたかったんだけど、面倒くさいよ。正直うっとうしいんだけど」

— め、面倒くさい…。うっとうしい…?

それだけ言うと、荷物をまとめて部屋を出て行ってしまった。

そしてその日、大貴は帰ってこなかったのだ。


健康志向に夢中になった女の暴走とは

大貴と出会ったのは、5年前くらいのこと。最初は仲の良い友達で、私も向こうも別の人と付き合っていた。

だが2人とも同じくらいの時期に別れ、よく遊びに行くようになった。そしていつの間にか交際に発展したのだ。

当初は別々に住んでいたけれど、2人で家賃を出したほうが広い家に住めるから、ということで、1LDKで家賃24万、約45平米の部屋で同棲をしている。

駅から15分くらいかかるけれど、閑静な住宅街でリビングからきれいな緑が見え、私と大貴のお気に入りの家具や小物で整えられている。

決して華美ではないけれど、居心地が良い部屋だ。

「紗弥香と部屋の趣味が合ってよかったぁ。俺さ、猫足家具系とか本当に苦手で」
「わかるよ。私も苦手だもん」

デザイナーをしている大貴と、フリーランスでPRをしている私。

お互い休みはバラバラだったけれど、時間が合えば代々木公園へお散歩に行ったり、朝から『パドラーズコーヒー』や『FUGLEN TOKYO』、『PATH』、『365日』などにカフェ巡りをしたりして過ごしていた。



また美術館巡りもお互いの趣味で、つい先週は国立新美術館で開催されている「佐藤可士和展」へ一緒に行ったばかりだ。

— この人とだったら、趣味もセンスも合うし、ずっと一緒にいられそうだな。

そう信じていた。

だが最近、喧嘩がグンと増えた。理由は、自分でもわかっている。

1つ目は、お互い家で仕事をするとなると部屋が狭い、ということ。

元々私はフリーランスなのでオフィスが自宅だったけれど、大貴もリモートワークになったので、1LDKだともう1部屋必要だ。

45平米の部屋は、ただの同棲ならばいいけれど、仕事が始まると急に狭く感じる。

そしてもう1つの要因は、ここ1年で私が、自分を取り巻く環境に神経が過敏になったからだろう。

世界的パンデミックによって自分を見つめ直す時間が増え、これまでの生活を見直すことにしたのだ。

以前は“ゆるっとナチュラル・健康思考”だったけれど、ここ1年でスキンケアはほぼオーガニック製品にシフト。ワインも、飲むならナチュールワインのみで、オーガニック食品が揃う『GAIA 代々木上原店』はいつもチェック。

家ではヘルシーなオートミールを自分で作ってストックしているし、昼食は基本的にキヌアなどのスーパーフードを使ったサラダや温かいスープを摂取するようにしている。

「口にする物が、体を作っているから。大貴も体にいい物だけ食べてね」

大貴の体調も考えて、自炊も極力体に良い物を摂取できるようにしていた。

「紗弥香は何を目指しているの?」
「私?私は、地球に良いことしかしたくないの。オーガニックは体にも地球にもいいんだよ」
「すごいなぁ。紗弥香は意識が高くて」

大貴とは相性がいいと信じていたけれど、気づかぬうちに、私たちの間には小さな溝ができていたようだ。

だから「うっとうしい」と家を出て行かれて、初めて気づいたのだ。

私と彼が同じ考えをしているなんて、ただのおごりだったということに。


男が窮屈に感じていた、女の言動。

結局、大貴は1週間ほど帰ってこなかった。

でもどうしても話し合いたくて連絡をしたところ、大貴から『kaiki』で食事をしよう、という返信がきた。

「素敵だね、このお店!」
「ここは“自然派イタリアンで美味しい”って聞いていたから、一緒に来たかったんだよね。しかもワインはナチュールワインが有名だから、紗弥香が好きそうだなぁと思って」

さすが、私の好きな物をちゃんとわかってくれている。

「しかも美味しい…!」



シャキシャキで新鮮な野菜のバーニャカウダやスモークされた肉料理など、どれを食べても美味しかった。一通り料理が出てきたところで、私は改めて大貴に向き合った。

「大貴、ごめんね…」
「いや、紗弥香のやっている行動は身体や地球のことを考えていて素晴らしいと思うし、僕もやらないといけないのはわかっている。でもすべて強制されると、ちょっと窮屈かも」

大貴の言っていることは、正しい。最近地球のことばかり考えすぎていて、近くにいる大切な人が見えていなかった。

「そうだよね…ごめん」
「ううん。僕も極力、努力はする。僕なりにできることから始めているつもりだから。ただ全部を紗弥香のペースに合わせることはできないかな」

大貴は、まっすぐな、澄んだ眼差しでこちらを見つめてきた。

「全員が、紗弥香みたいに完璧な人間じゃないんだよ。今の紗弥香と一緒にいると、自分がダメ人間みたいに思えてきて、正直、ちょっとしんどい時があるんだ」

何も言えなかった。自分の価値観がすべてのような気がして、知らずしらずのうちに追い込んでいたのかもしれない。

「何度も言うけど、紗弥香の行動は素晴らしいと思う。だから僕なりのペースで、一緒に頑張らせてもらえないかな?」

大貴の一言に、私はうつむいていた顔を上げた。

やっぱり、一緒にいる人が彼でよかった。

「うん、わかってる。ちゃんと向き合ってくれてありがとう」

別に、完璧じゃなくてもいい。今できることを、少しずつやっていけばいい。周りの人と手を取り合いながら、一歩ずつ進めばいいんだ。

「家には戻ってくる?」
「うん。やっぱり我が家が1番だなと思って。今日、このまま帰るよ」
「大貴、これからもよろしくね」
「こちらこそ」

生ぬるい春風に包まれながら、私たち2人は手を繋いで歩き出した。

45平米の、私たちの家。

時に窮屈に感じることもあるけれど、これくらいの広さのほうが、お互いのぬくもりを感じられるからちょうどいいのかもしれない。

そんな私たちの頭上には、大きな満月が輝いていた。


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