男と女の賞味期限3年説。

それが真実なら、夫婦が永遠に“男女”でいることは難しいだろう。

男女としての関係が終わりかけた夫婦はその時、どんな決断をするのだろうか。

◆これまでのあらすじ

千葉の病院に行くことを決意した真希と翔一。義母に反対されながらもなんとか説得し、ついに新生活をスタートさせるが…?

▶前回:「ドキドキしない…」久しぶりに夫とキスした妻が感じた、予想外のある異変



「翔一さん、ここにある段ボール、全部あけるよ」

引っ越しをしてから1週間経っているのに、翔一は段ボールの山を放置し続けている。

「俺がやるから気にしないで」と言い張るので見過ごしていたが、せっかくの広いリビングが台無しだ。

3日後にはソファが届く予定になっているし、いつまでもこうしておくわけにはいかない。

「だってソファが来るでしょ?片付けるよ」

痺れを切らした真希は、段ボールのガムテープをはがし始める。すると、さっきまで寝室でゴロゴロしていた翔一が急ぎ足でリビングに入ってきた。

「俺がやるから大丈夫!いいから!」

焦りの色を浮かべながら、真希の手を止めようとする。

「だって全然やらないじゃない…!」

これ以上、やるやる詐欺に構ってはいられない。真希がせっせと箱を開封していると、翔一の小さな悲鳴が聞こえた。

「ダメ、その箱は絶対に開けちゃダメッ」

「そんなこと言われても、もう我慢できない…!」

真希が強引にあけた段ボール。その中から出てきたのは、真っ赤なカルティエのショッパーだった。

― 誰にプレゼントするつもり…?

真希は翔一の顔をジロっと睨んだ。


突然発見された、プレゼント。その真相とは…?

妻を受け入れられた自分


「これ、実は…」

気まずそうに口をひらいた翔一は、「バレちゃったな」と、頭を掻いた。

「真希へのプレゼント。もう少しで結婚記念日だろ?それまで隠しておくつもりだったんだけど。

真希、改めて奥さんになってくれてありがとう」

翔一はおずおずと、袋から取り出した箱を差し出す。

― え…?

驚きのあまり、真希は固まってしまった。これまで、結婚記念日は食事に出かける程度。翔一は気がきくタイプでもないので、その予約も、真希がやっていたくらいだ。

そんな彼がプレゼントとは、どういう風の吹き回しだろう。

「嬉しいけど…。奥さんになってくれてありがとうって、突然どうしたの」

どうしても素直には受け入れられず、真希は首を傾げながら尋ねる。

「僕の最高の奥さんに、少しだけ感謝の気持ち」

“最高の奥さん”という言葉に、真希の心の奥がキュッとなった。

― あれ。私、どうしたんだろう…?

これまで、奥さんと呼ばれるのは好きではなかった。なんだか所帯じみた感じがして、女としては終わっている、そんな烙印を押されているような気がしてならなかったから。

それなのに、今、翔一から奥さんと呼ばれて素直に嬉しかった。

この変化をどう捉えたら良いかわからず、真希は自分でも戸惑っていた。

すると翔一が、不安そうな顔で尋ねた。

「ねえ…開けないの?」

プレゼントを前に固まった真希を見て、心配になったらしい。

「あっ、ごめん!」

我に返った真希は、慌てて箱をあける。中から出てきたのは、LOVEシリーズのホワイトゴールドのネックレスだった。

「きれい…。ありがとう」

「ひねりもなくて悪いんだけど。LOVEってことで」

頬を赤くしながら恥ずかしそうにする翔一の姿に、真希の目頭は熱くなった。





「妻にプレゼントを買いたくて…」

千葉への引越しの直前、翔一は真希に内緒で銀座のブティックを訪れていた。

― もう少しまともな格好してくれば良かった…。

豪華できらびやかな空間に圧倒され、気後れしてしまう。急に思い立って来たので、シャツにジーンズというラフな格好だった。

なぜ突然、真希にプレゼントしようかと思ったのか。きかっけは昨夜、父親からかかってきた一本の電話だった。

― 親父が電話してくるなんて珍しいな。

スマホの画面に表示された名前に、翔一は驚いた。同時に、緊張が走る。まさか、この期に及んで千葉行きに反対されるのだろうか。

「もしもし?」

「突然悪いな。ちょっと気になったことがあって電話したんだ」

わざわざ電話をかけてくるほどの、“気になること”とは、一体何だろう。翔一は、思わず息を呑んだ。

「真希さんは、本当に良い奥さんだな。改めて思ったよ」

父が他人を褒めるなんて珍しい。その言葉にホッとした翔一は、少しだけ調子に乗る。

「ありがとう。今回の件で、俺の目は確かだったんだなって」

すると突然、父が「おい」と、声を荒げた。


父親が声を荒げた、その理由とは…?

夫婦と男女の関係


「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。真希さんにちゃんとお礼したのか?」

― お礼…?

夫婦のあいだで、そんな他人行儀なことをする必要があるのかと、翔一は首を傾げる。

「その様子だと、何もしてないんだな。はあ」

大きくため息をついた父は、まくし立てるように続けた。

「夫婦ってのはな、恋人のようなトキメキも、安定した関係のどちらも必要なんだ。

こう見えても私は、お母さんに定期的にプレゼントを贈ったり、2人でデートしたりしている。たまには、お互いロマンチックな気分になったり、非現実的なことも必要だぞ。

お前はその努力をしていない気がして心配になったんだ」

翔一は、父の口から“ロマンチック”などという言葉が出たことに驚く。無骨な人だし、そんなことには、まるで興味がないと思っていたからだ。

「す、すいません…」

責められた翔一は、電話越しに頭を下げる。

「真希さんの心を離さないために、努力しなさい。そういうことだ」

それだけ言うと、父は電話を切ってしまった。

― たしかに、親父の言う通りかもな。

父親の言葉を反芻しながら、翔一はぼんやりと考える。これまで、夫婦は安定していることが第一で、トキメキやドキドキは不要だと思っていた。

たまに息抜きがしたくなったら、外でうまく発散すれば良い。だからこそ、佳奈美とランチに出かけたりもしていた。

だが、しかし。今回の騒動で、いざという時、また最後に力になってくれるのは、真希ということを思い知った。

本気でぶつかってくれて、自分のことのように心配してくれたのは、妻である真希だったのだ。

「夫婦には、恋人のようなトキメキも、安定した関係のどちらも必要なんだ」

父の言葉が思い出される。

翔一は、良いところどりの自分の浅はかさに恥ずかしくなった。

― それにしても、親父が母さんとデートやプレゼントをしてるなんて知らなかったな。

両親の安定した関係の裏に、そんな父の努力があったとは。自分を省みた翔一は、まずは今回の真希の活躍に感謝しようと、プレゼントを贈ることにしたのだ。





― やっぱり落ち着くんだよなあ。

幸せそうにご飯を頬張る翔一を見つめながら、真希は夫婦ってこんなもんなのかなと、しみじみ考える。

付き合いたてのようなドキドキはないし、夫のことが好きで好きでたまらないわけでもない。

だが、友達や同僚とも違う、居心地の良さがあるのだ。毎日一緒にいるのに飽きないし、ただ話すだけで心が落ちつく。これが家族というものなのだろうと、真希は思う。

翔一とのあいだで、いつのまにか、恋愛感情を超えた新たな結びつきがうまれていたことに気づく。

それに、誰からどういう入れ知恵をされたのか、翔一はやけにデートや食事に誘ってくるようになった。

「ちょっとおしゃれして出かけようよ」

「たまには夜景でも見ながらゆっくり食事しよう」

なんて、これまでならあり得なかったようなことを口にするのだ。

「女アピールやめてくれない?」と言っていた彼とは大違いだ。その変貌ぶりに、真希も最初戸惑ったが、翔一なりに、夫婦生活をうまくやっていくために努力しているらしかった。

一時はご無沙汰だった夫婦生活も、徐々に戻りつつある。おしゃれして出かけた後には、自然とそういうムードになった。

真希も素直に翔一に甘えるようになったと思う。翔一が、「きれい」とか「素敵だね」と、言葉にしてくれるようになったことが大きい。

その言葉に甘えて、真希はちゃっかり新しい洋服を買ったりもしているが、「きれいになるならば…」と大目に見てもらっている。

夫婦とはいっても、男女であることには変わりない。妻になってもやはり、女として扱われる悦びもあるのは事実だった。

また、人生初めての挫折を経験し、動揺する翔一を前に、妻として何ができるか。翔一の力になりたい。そんな気持ちが芽生えたのは、恥ずかしながら初めてだった。

― 翔一さんのピンチがあったからこそ、“妻”としての自覚がうまれたのかも。

だからこそ、妻としての自分を受け入れたし、喜びを感じられたのかもしれない。その心境の変化をもたらしたのは、まぎれもなく翔一だった。

「妻にしてくれたのは、翔一さんのおかげだよ」

「え?なんのこと?」

目を丸くする翔一に、真希はふふっと笑ってみせた。

Fin.


▶前回:「ドキドキしない…」久しぶりに夫とキスした妻が感じた、予想外のある異変