かつて好きだった彼との再会。その思いが再燃してしまった時、人は恋心を抑えることができるのだろうか。

堰を切ったように溢れ出す感情。恋人も家族も敵にまわして貫く恋。

「ねえ。私たち、出逢わなければよかった…?」

安定した未来を捨ててまで燃え上がってしまった、恋の行方とは。

◆これまでのあらすじ

婚約破棄を申し出て両親からも突き放された菜々子は、健太郎のもとへと戻る。だが菜々子には、どうしても気がかりなことがあって…?

▶前回:婚約破棄を申し出た直後に発覚した、新恋人の裏切り。愛欲に走った女が受けた罰とは



「何も言わずにいてごめん。たしかに、千春…いや宮澤さんとは最近まで付き合っていた」

健太郎は夜遅く、実家の前まで菜々子を迎えに来たのだ。そして両親の目を盗んでタクシーに乗り込んだ菜々子は、彼の隣で静かに言い訳を聞いていた。

「でも…。菜々子と再会したら、自分の気持ちに嘘をつくことができなかった。それで千春とは別れることにしたんだけど、黙っててごめん」

彼の言葉が、胸にグサリと刺さる。一方的に健太郎を悪者扱いしていたが、信也の存在を隠していたのは菜々子も同じだった。

自らのことを棚に上げ、彼ばかりを責めてしまった自分を恥じる。よくよく考えてみれば、信也との婚約破棄だって、まだ両家に受け入れられたわけではない。宙ぶらりんの状態だ。

客観的に見れば、健太郎と状況は大して変わらないのだと悟る。

― 似たもの同士の恋愛なんだな。

そう思うと嬉しいような胸が痛むような、何とも言えない気持ちになった。ムリヤリ笑みを浮かべると、彼が「ごめん」と抱き寄せてくる。

「俺は本気だ。菜々子、一緒になろう」

そんなたくましい腕の中で「うん」と、頷くことしかできなかった。

― でも、どうしてもあのことが気になる。

健太郎と一緒になると誓ったものの、心のうちは複雑で、彼に見つからないよう涙をグッと堪えるのだった。


健太郎と結ばれたのに、幸せを感じられない菜々子。その理由とは…?

募る不安


「なんだろう、この感じ」

隣で寝息を立てる健太郎の横顔を眺めながら、菜々子は首をかしげる。

彼と暮らし始めて5日目。ようやく結ばれたというのに、幸せを感じるどころか、日に日に不安な気持ちが増している。

そのせいか、ここ3日ほど不眠に悩まされているのだ。寝つきも悪いし、浅い眠りのせいで夜中に何度も目覚めてしまう。

ベッドに入って目を閉じると、考えごとが次から次へと頭に浮かんでくる。

健太郎との関係性に問題があるわけではない。彼は、朝晩欠かさず愛を囁いてくれるし、菜々子を抱きしめてくれるのだ。

― 早く寝なくちゃ。

考えごとをしないよう、目をギュッとつぶってみる。だが眠りが訪れることはなく、冴えた頭に部長の言葉がよぎった。

「岸田さんには、プロジェクトから外れてもらう」

一昨日のこと。呼び出された菜々子は、部長からこう告げられたのだ。千春からの電話を問題視した会社が、看過できないと判断したらしい。

「後任には、しっかり引き継いでおいてくれ」

事務的に淡々と話す部長。その声や目からは、失望と憤りを感じているのがわかった。

これまで優等生としてやってきた菜々子にとって、相手の期待に応えられず失望の目を向けられることは、かなり堪えた。

― こんなこと考えているから眠れないのよ。

菜々子は仕事のことを頭から振り払い、再び目をつぶった。



「ごめん。今日、ちょっと体調が悪くて…」

翌日。夕食を終えた菜々子は、ベッドに倒れ込んだ。

このところの睡眠不足で、体力は限界に達していた。頭はひどく重いし、身体もだるい。頭の中にもやがかかったようで、意識がはっきりしないのだ。

すると健太郎が、心配そうな表情で背中をそっと撫でてきた。

「何か悩みがあるんじゃない?」

「大丈夫よ…。寝不足なだけだと思うから」

余計な心配をかけたくなくて、菜々子は小さく首を振ると、布団の中にもぐり込む。

「ご両親や恋人を説得できていないなら、一度しっかり話し合ったらどうだろう?」

その言葉に、菜々子は「え?」と聞き返した。彼は何かを察しているのだろうか。

「気がかりなことがあるんだったら、一度整理したほうがいいかなって」

― 気がかりなこと、か。

その言葉で真っ先に思い浮かんだのは、信也の顔だった。

両親から「信也が体調を崩している」とは聞いていたが、結局お見舞いにも行けていないままである。考えないようにしていたが、ずっと彼のことが気になっていたのだ。

「実は…。彼が体調を崩してるみたいなの」

これ以上我慢できないと思った菜々子は、健太郎の目を見つめて言った。


信也の実家を訪れることにした菜々子。そこで目にしたのは…?

ひどい後悔


健太郎と暮らし始めてから10日が過ぎたころ。菜々子は、名古屋にある信也の実家を訪れていた。

自分の気持ちにけじめをつけるためにも、信也や彼の両親に謝罪をしなければいけないと思ったのだ。そうはいっても、いざ彼の家を目の前にすると足がすくむ。

― インターホンのボタンを押すだけなのに。

菜々子は、震える指先でボタンを押そうとしては手を引っ込める。そんな繰り返しをしていた矢先、玄関のドアがゆっくりと開いた。

「菜々子さん?」と聞き覚えのある声に呼びかけられ、ハッと我にかえる。

すると信也の母親が「どうぞ入って」と、菜々子を促したのだった。



「この度は、本当に申し訳ありませんでした」

畳の部屋に通された菜々子は、膝の前で手を八の字に置き、深々と頭を下げた。ピリピリとした重い空気が、その場を覆う。

頭を下げながら、申し訳なさでいっぱいだった。なぜなら久しぶりに会った信也の両親は、ひどく疲れた顔をしていたからだ。

息子は婚約破棄され、体調を崩して休職にまで追い込まれた。当然、憤りを感じているだろう。

信也も彼の両親も、菜々子と関わらなければ、こんなにつらい思いをしなくて済んだのだ。自分がどれほど周囲を傷つけ、不幸に陥れたのかを改めて知る。

すると彼の母が、口を開いた。

「顔をあげてちょうだい」

頭を上げた菜々子は、恐る恐る口をひらいた。

「あの…。信也さんの体調はどうでしょうか?」

きっと彼は、菜々子の顔など見たくもないだろう。本人に会って話せるとは思っていないが、どうしても気になっていたのだ。

「当面のあいだ、休職して療養することになっています。一時期は食事も取れずでしたが、今は快方に向かってます」

信也の母は、こちらをジッと見つめ淡々と答えた。

「そうですか…」

聞いたものの、なんと返答すればいいのかわからなかった。自分が彼にしてあげられることなど、何もなかったからだ。

気まずいやりとりは、しばらく続いた。あまり長居しても悪いだろうと思い、30分ほど経ったところで帰り支度を始める。

「それでは、お邪魔しま…」

そして帰り際。玄関先で頭を下げた菜々子は絶句した。

廊下の先に、青白い顔をした信也が立っていたのだ。パジャマを着たまま、目はうつろ。頬はこけていて、まるで別人のようだった。

「信也、入ってなさい」

すかさず彼の母が声をかけたのですぐに引っ込んでしまったが、その姿を見た菜々子は、カタカタと震えが止まらなかった。

― 私、なんてことをしたんだろう…。

帰りの新幹線。脳裏に、信也の姿が何度もフラッシュバックした。

彼のキャリアも人生も、滅茶苦茶にしてしまった。健太郎との愛を選んだ代償の大きさを、菜々子は思い知ったのだ。


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会社でも家庭でも居場所を失った菜々子。つい健太郎にも八つ当たりしてしまい…?