結婚しても子どもを持たないという選択は、もう特別なものでもない。

“2人”が、家族のかたち。

明るい未来を信じて、そう決断する夫婦も多い。

それでも…悪気のないプレッシャーや、風当たりの強さに、気持ちがかき乱されることがある。

これは、3人の女が「夫婦、2人で生きていく」と決めるまでの、

選択と、葛藤と、幸せの物語。

◆これまでのあらすじ

20歳離れた夫婦の美菜(28)と篤彦(48)は「子どもを持たない」ことを改めて決意し、“夫婦2人”の人生を歩き出した。

一方、美菜のピラティススクールの生徒である建築士の真琴(35)も子どもがいない夫婦だ。そして真琴は悩んでいた…。

▶前回:同窓会で再会した元彼に、心を開いたら…。新婚妻が深く傷つくことになった理由は



「私、絶対に2階リビングが良い。だって1階と2階じゃ、日当たりがまるで違うもの」

「ダメダメ。それじゃ、子ども部屋が1階ってことだろ?帰宅したら必ずリビングを通って自室に入る間取り。それが絶対だ」

「ねえ!パパ、ママ。わたし、プリンセスのお城みたいなおうちがいい!大きいベッドがあるの!」

夢のマイホーム建設のための打ち合わせは、そうそう簡単には進まない。家族の会話はいつまでも平行線上にあったが、それでもやはりとても幸せな光景だ。

ときおりお腹をさするような仕草をする女性は、「2人目。次は男の子なの」と、目を細めて教えてくれた。

「女の子と男の子のきょうだいだと、何歳くらいからそれぞれの自室を持たせるのが一般的でしょうか?」

ふいに女性から問われた真琴は、一瞬口ごもってしまう。すると、傍にいる同じく一級建築士の夫・樹が「他のお客様の場合ですと…」と、これまでの仕事に基づく提案をした。

―私だったら、どうしようかな。もし、子どもができたら…。

目の前にいる幸せそうな家族をぼんやりと見つめながら、真琴はまだ見ぬ家族の未来を想像する。

でも、あまりにも遠く霞んでいて、真琴にはその光景が、見えない。

―樹は、どう思っているんだろう…。

“未来”についてきちんと話し合えないまま、結婚して7年が経とうとしているのだった。


知られざる真琴の本心とは?

樹と真琴は、大学の建築学科の同級生だった。出会った10代のころから2人は「一流の建築家になる」という同じ未来を志し、こうしてお互い夢を叶えた。結婚した今も、尊敬し合う同志のような感覚だ。

それぞれ別の建築事務所で働いてきたが、30代も半ばを迎え、連盟で独立開業したのだ。夫婦2人のオフィス。人生の転機で、大きな決断だった。

「樹さんと真琴さん、お子さんのご予定は?」

そんな質問をぶつけられるたびに夫の樹は、

「うちは、仕事が子どもみたいなものなので。なあ、真琴」

と、笑顔を向けてくる。真琴もその場では適当な相槌を打つが、樹が言っていることの真意も笑顔の意味もまるでわからず、ただひたすら困惑するばかりだった。

依頼人の家からの帰り道、真琴は無言だった。

優しく頼もしそうな父親。お腹に赤ちゃんのいるおだやかな笑顔の母親。4歳の女の子の無邪気な笑い声。

そして、目の前に広がる設計図は、きたるべき幸せな未来そのものだった。

美しく微笑ましい光景が、真琴を追い詰めた。

「真琴、腹減ったな。軽く飲みに行こうか」

お酒が好きな2人は、仕事帰りに行きつけの和食店で打ち合わせがてら軽くお酒を飲むことを、週末の習慣にしていた。

「…今日はやめとくよ。ピラティスのスタジオ予約してるんだ」

「そうか。じゃあ、俺1人で飲みに行ってこようかな」

「うん。行ってらっしゃい」

2人は手を振って別れると、真琴はスマホアプリから急いでスタジオの予約を入れる。

―美菜先生のクラスに空きがあってよかった…。

本当は、お酒を飲みながらでも夫婦の未来について話そうと考えていたのに、今夜の真琴はどういうわけか完全に怖気付いていた。ピラティスに行くというのは方便だったが、既成事実となりそうだ。

それに、ピラティスのレッスンを受けると、心も体もすっきりすることもわかっている。真琴は1年前からスタジオに通い始め、それなりに真剣に打ち込んでいた。



「真琴さん。こんにちは!今日レッスン来れたんですね」

オーナー兼インストラクターの美菜は、真琴の顔を見るなり笑顔で声をかけてきた。

「はい。仕事が思ったより早く終わって」

「そうなのかなって思いました、うれしいです。金曜日ですし、今日は1週間の疲れを取りましょう!なので、レッスンは少しきつめですよ」

美菜が無邪気な笑顔で言うと「美菜先生のレッスンはいつもきつい」と周囲の生徒たちから笑いが起こる。真琴もつられて思わず笑顔になった。

すでに「来て良かった」と実感した真琴は、宣言通り“きつめ”のクラスもしっかりこなし、心地よい汗をかいた。

レッスン終了後、すっきりと気が晴れた真琴は、ふいに美菜に声をかけた。

「ここに通い始めたときは仕事も忙しくて、不眠気味で生理も不規則だったんです。それが今はすっかり治りました」

「それは良かったです。そう言ってくれる生徒さん多いんですよ。真琴さん、仕事忙しいのに頑張って通ってくれていますもんね」

美菜は額の汗をぬぐいなら、真琴に温かく応じる。

「美菜先生、実は私、子どもが産めないんじゃないかって心配していて…」

「え?」

「でも、生理が戻って、第一歩を踏み出した気がします」

「大きな一歩ですね」

真琴は、どういうわけか言葉が止まらず、プライベートな悩みを美菜に吐露していた。次の時間レッスンが空いている美菜は、真琴の話を真剣に聞いてくれた。

結婚して7年。そして年齢は35歳。そろそろ子どもが欲しいと思いながらも、授かることができないでいた。


明かされる子どもができない理由…

子どもができない決定的な原因は、分かりきっている。しかし、それだけはどうしても言葉にすることができなかった。

あまりにプライベートなことなので、さすがに真琴は言葉を飲み込んだ。

真琴と樹の夫婦は、もうしばらく、何年もスキンシップがなかった。

もともと淡白なタイプではあったが、子作りはおろか、キスもハグも手を触れることさえ記憶の遠い彼方だ。

いくら生理周期が戻ろうと、それでは子どもを授かるわけがない。そうこうしているうちに30代半ばを迎え、気は焦る一方だった。

「美菜先生はお若いし、きっと赤ちゃん授かる日も近いですよね」

慌てて何かを取り繕うように真琴が言うと、美菜はパッと明るい笑顔を見せて、意外なことを言った。

「あ。うちは最初から家族構成、夫婦2人って決めてるんですよ」

真琴は、その言葉を聞いてハッとする。自分がされたくない余計な詮索を、美菜にしてしまったのだ。若いからといって、むやみに投げかけて良い話題ではない。

「あの…先生。ごめんなさい。私…」

「いえいえ!全然大丈夫ですよ。諦めたとかじゃなくて、うちはそういう選択をしたってだけです。私、子どもは大好きだし、ここは妊娠したい女性も、妊婦さんも、ママさんもお子さんも応援しているスタジオなのは変わりませんから。もちろん子どもを持たない方も、皆、大切な生徒さんです」

真琴は、じわりと目頭が熱くなるのを感じた。美菜が若いのにも関わらず潔い決意をし、またあらゆる選択を尊重してくれることは、真琴に勇気を与えた。

「子どもを持ちたい私のことも、応援してくれますか」

真琴が泣き笑いで言うと、美菜は笑顔で頷いた。

「もちろんですよ。人生のどのステージでもピラティスは大歓迎ですから。癒しが必要なときはいつでも私が力になります」

「嬉しいです。でも、…美菜先生のレッスン、全然癒しじゃないですよね」

「あ。ばれました?私、笑顔で追い詰めるタイプってよく言われます」

結局2人は大笑いし、真琴は晴れやかな気持ちでスタジオを後にした。



真琴が帰宅したとき、樹は入浴中だったらしく、バスルームからシャワーの音が聞こえてくる。

―樹、酔ってるかな。子どもの話、したいけど…。

明るく聡明な美菜から受けたパワーは、真琴にも勇気を与えてくれた。何年も話せなかったことと向かい合おうと決意する。

そのときだった。リビングのソファーに投げ出された樹のスマホに、LINEの通知が鳴っている。何件も続く通知に、真琴は次第に息苦しさを感じた。

でも、そのスマホを手に取ることはない。こうしていつも、見て見ぬ振りをしてきたのだ。

誰からのどんな連絡か、想像はできている。

ついにLINEの通知は、通話の着信に変わり、真琴は視線をやった。

表示された名前を見て、真琴はため息をつく。

樹はもう、隠す気すらないのかもしれない。


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夫婦の亀裂が決定的に…?