恋は焦りすぎると、上手くいかないもの。

だから、じっくり時間をかけて相手を知っていくべきなのだ。

結婚に焦り様々な出会いと別れを繰り返す、丸の内OL・萌。

“カルボナーラ”をきっかけに失恋した女は、恋も料理の腕前も上達していく…?



2019年5月


「ねえ絵美さん。見てくださいよ、これ!」

社員食堂でランチをとっていた川村萌は、スマホのカメラロールを先輩に向かって見せる。するとパスタを食べていた絵美が、手を止めて画面を覗き込んできた。

「…これ、萌が作ったの?すごいね」

写真には、美味しそうな煮込みハンバーグとコンソメスープが並んでいる。

「でしょう?料理教室の体験授業で作ったんです」

「そっか、やっぱり通うことにしたんだね。これで家庭的な女への第一歩じゃん」

「これからもっと頑張って、どんな料理も上手く作れるようになります!それで雅紀を見返してやるんですよ」

この春で社会人3年目を迎えた萌は「27歳までに結婚する」という目標を立てていた。それなのに1ヶ月ほど前、彼氏から振られてしまったのだ。

理由は「見栄っ張りで嘘をつくような女は無理」という、辛辣なもの。

実は萌は、半年ほど付き合っていた雅紀に“ある嘘”をついていたのだった…。


萌が元カレについていた嘘とは…。

萌と雅紀の出会いは、食事会だった。

そこで趣味を聞かれた際、萌はとっさに「料理」と答えてしまったのだ。その後、彼と付き合い始めてすぐ「手料理が食べたい」とリクエストされるようになった。

しかし実際は得意料理などなく、母親の手伝いさえしたことがないという状況。なので、こっそりデパ地下でお惣菜を調達し、それを容器に詰め替えて持っていくようになったのだ。

最初こそバレなかったが、あるとき「俺の家のキッチンを使っていいから、出来立てのカルボナーラが食べたい」と雅紀に言われてしまった。

…そうして料理の腕前が露呈してしまったのである。

萌が作ったカルボナーラは、火が通りすぎて卵がボソボソ。濃厚でクリーミーなパスタにはほど遠い出来だった。

「萌、今まで作ってきてくれた料理は何だったの?」

「ごめん、実はあんまり料理したことなくて…。でも私、これからがんばるから。ね?」

それからは母親に教えてもらいながら、一生懸命料理を覚えようとしたし、レシピ本も3冊くらい買ってそれを見ながら作ったりもした。

しかし努力したからといって、すぐには上達できない。いつからか、雅紀の顔色をうかがいながら料理をすることが多くなっていた。

未だに頭の中でこだましている、彼の最後の言葉。

「料理の腕は全然上がらないし、そもそも『趣味が料理』って嘘つく女が無理」

その別れ際の一言がきっかけで、萌は料理教室に行く決心をしたのだ。





そんな萌が通い始めた料理教室は、表参道のフラワーショップ近くにある。

生徒は20代から40代の女性がほとんど。初心者コースはグループレッスンで、数人の生徒がいると聞いていた。

そして迎えた、初めてのレッスン日。

仕事が長引いてしまいギリギリに到着すると、すでに5人ほどの生徒が集まって談笑していた。

その中に一人、40代とおぼしき男性がいるのが見える。180cmはありそうなスラッとしたスタイルに、おしゃれな口ひげと刈り上げたヘアが似合っていた。

腕まくりをした白いリネンシャツの袖からは、引き締まった前腕が見えている。

― 独特な雰囲気を纏った人だなあ。

それが朝日和馬の第一印象だった。

「初めまして、よろしくお願いします!」

萌はレッスン台にいた生徒たちに、恐る恐る話しかけてみる。すると振り返り、気さくに挨拶を返してくれたが、すでに顔見知りの生徒同士でまた雑談し始めてしまった。

― 輪に入りづらいなあ。

萌がそんなことを考えていたとき。朝日が気を使って、声をかけてきてくれたのだ。

「こんばんは!今日が初めてなんですか?」

「はい、そうなんです。なので少し緊張していて…」

「大丈夫ですよ。このクラスはみんな良い人たちばかりだから。僕も半年通ってるけど、楽しく学べてますよ」

朝日の爽やかな笑顔に、緊張がほどけていくのを感じた萌は、唐突に気になっていたことを尋ねてみた。


萌が、失礼を承知で尋ねてしまったこととは?

「あの…。男性が料理教室に通われるなんて、珍しいですよね」

「ハハ、そうかもね。でもイマドキは、一人暮らしの男も料理を作れるようにならなきゃいけないと思ってさ」

なんだかモテそうな雰囲気なのに、朝日が独身で自炊しているなんて意外だった。彼は代々木上原に住んでおり、普段は表参道にある会社を経営しているという。

そんな話をしていたところで、ようやくレッスンがスタートした。しかも今日は、彼氏と別れるキッカケとなった例のメニュー・カルボナーラを作るらしい。

イチから丁寧に教えてもらうが、やっぱり火加減は難しい。火が強いとソースが固まりすぎ、反対に弱すぎると卵が生煮えになってしまうのだ。

コースの足並みを乱していることに気づき、フライパンを握る萌の左手に力が入る。…結局、その日出来上がったカルボナーラはソースがシャバシャバしていた。

「そういえば萌ちゃんは、どうして料理教室に通おうと思ったの?」

片づけを終えた萌が、落ち込みながらカルボナーラを食べていたそのとき。朝日が何気なくといった様子で尋ねてきた。瞬間、雅紀の“最後の言葉”が脳裏をよぎる。

「料理の腕は全然上がらないし、そもそも『趣味が料理』って嘘つく女が無理」

そのフレーズを思い出すと、萌は心臓がギュっと押しつぶされたような感覚になる。

「やっぱり結婚とか将来のこと考えると料理くらいできないと、と思いまして。まあ、結婚したいと思える相手は、いないんですけどね」

うつむいて、自嘲気味に答えた。



「やっぱり男性は、料理が上手い人とじゃないと結婚したいって思わないですよね?」

「…そんなことないよ」

その言葉に萌は、パスタをフォークに巻き付けていた手が止まる。

「好きな人が一生懸命作ってくれた料理だったら、下手でも嬉しいよ。相手のためを思って作ったものならね。…まあ僕みたいなおじさんが言うことだから、あまり参考にならないかもだけど」

少し照れくさそうにまくしたてる朝日の瞳は、物憂げに見えた。

「朝日さんの価値観、素敵ですね。…もっと聞きたいと思っちゃいました。どんな恋愛してきたんだろうって」

「こんなおじさんのアドバイスでよければ、いつでも。また来週もこうして、一緒にご飯食べることになるだろうし」

萌は、雅紀と別れて心にポッカリと空いていた穴が、少しだけ満たされていくような感覚をおぼえる。

そして朝日に“あること”を相談してみたい、という気持ちになってきたのだった…。


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雅紀と別れたばかりの萌が、相談したいこととは…?