文化・流行の発信基地であり、日々刻々と変化し続ける渋谷。

渋谷系の隆盛から、ITバブル。さらに再開発を経て現在の姿へ…。

「時代を映す鏡」とも呼ばれるスクランブル交差点には、今日も多くの男女が行き交っている。

これは、変貌し続ける街で生きる“変わらない男と女”の物語だ。

◆これまでのあらすじ

14歳の頃に渋谷で出会い、その後付き合い始めた梨奈と恭一。広告代理店に就職し、カメラマンをしている彼。一方の梨奈は就職に失敗し、フリーターになっていた。

そんななか、梨奈は渋谷のIT社長たちと遊ぶことを覚えてしまい…?

▶前回:「暗がりのダイニングバーで、いきなり…!?」美女が恋人に内緒でハマった、怪しげなパーティとは



2006年7月


「そろそろ本気ださないと…って思い始めて、3年かあ」

恭一と同棲している富ヶ谷の部屋でひとり、私はつぶやいた。あれから結局、まだダラダラとフリーターをやっている。

とりあえず何かしようと、陶芸教室やイラストスクールに通ってみたりしたものの、ちっとも続かなかった。

まだ私が何者なのかわからない。つまり、絶賛自分探し中なのだ。

恭一とは同棲継続中。でも、社長さん達ともいまだに遊んでいる。顔ぶれは変わって、規模は小さくなったけれど。港区方面に遊び場が変わったり、警察のお世話になる人もいたりしたから。

…盛者必衰、時代は変わるね。

渋谷だって、パンテオンがあった東急文化会館はとっくになくなって再開発中だし、新しい地下鉄も渋谷に通る予定らしい。

だけど北見社長は、会社も急成長させていて絶好調なのだ。どういうわけか、私が彼の中でいちばんのお気に入りになっている。

ちなみにむつみはターゲットを別の経営者に変えたから、友人関係は大丈夫だ。…元々あってないようなもんだけどね。

恭一はというと、勤めていた広告代理店を3年で辞めた。だから私、彼といるのが少々不安なのだ。…いろいろな意味で。


恭一が代理店をやめたワケ

Age26. 若いのは今のうち。


恭一は、報道写真に進みたいらしい。

広告代理店は、やりたいことの対極にあるそうで。若いのに企画を任されたり、ハチ公口の大きな看板広告を撮ったりしたのに勿体ない。

彼が言うに辞めた一番の理由は「結局、親のコネで入った会社だから」だそうだ。

― よく言うよ。今も会社のときのつながりで、映画のスチールとか宣材写真の仕事もらってるくせに。

コネは嫌って言いながら、コネが元の人脈を切らないのって、矛盾していると思う。私なんかコネもなんにもないから、就活失敗していまだにフリーターなのに。

「報道に行くんじゃなかったの?結局コネでしか生きられないんじゃん」

ムカついてこの前直接本人に伝えたら、大喧嘩になってしまった。図星なのかもしれない。

さらに売り言葉に買い言葉で、社長さんと遊んでいることを責められた。これは半ばバイトみたいなものなのに。…彼は、時給生活の厳しさを知らないのだ。

そんな感じで最近、恭一とは口論ばかり。だからこの前、勢いでmixiに愚痴ってしまった。彼の足跡がついていたから見ていると思うけど、何も言ってこない。

私たち、別々の道に進む時期なのだろうか。なんだか彼を見ていると、イライラする。

これって、自分に対してのイライラなのだろうか?恭一は自分の意志で先に進んでいるのに、私はなんにもなくて、フラフラしているから。

それとも経営者と日常的に会ってるせいで、彼が小さく見えるから?

いっそ彼のお嫁さんになるって割り切って、お料理とか花嫁修業を頑張る道もあるけれど、私にはできなさそうだ。…常に恭一と同じ目線でいたいから。

彼とは好きなものや考えることが一緒で、まるで自分の分身みたいだと感じる。

よく見る映画や聞く音楽、物の見方や感じ方。彼には共感しかなかった。中学時代に初対面で話が弾んだのも、そういう話題がいっぱいあったからだ。

でも今は、お互いの考えが磁石のように反発し合っている。

そんなわけで、しばらく口をきいていなかったら、恭一が珍しくディナーに誘ってくれた。彼も今の関係に、危機感をおぼえているのかもしれない。



母校・青学の近くにある老舗フレンチ『ラ・ブランシュ』。

在学中は手が届かないお店だったのに、恋人に連れて行ってもらえるようになるなんて。私も大人になったよなあ、と思う。

一皿一皿、こだわりを感じさせる丁寧な味わい。社長さんたちに連れて行ってもらったどのお店よりも、美味しく感じた。

― やっぱり、好きな人と一緒だから?

そんなことをしみじみ思いながら、食後のエスプレッソを口にしていたとき。恭一は目を輝かせ、私にこう告げてきたのだ。

「実は…。宇佐美康之さんの事務所に入ることになったんだ」

「えっ。宇佐美さんって、あの?」

唖然とした。宇佐美康之は私も写真集を持っているほどのフォトグラファー。有名な雑誌やCDのジャケットを、いくつも手掛けている時代のトップランナーなのだ。

「うそ、なんで?」

なぜか、おめでとうという言葉が出てこなかった。


そして、梨奈が言い放ってしまった言葉とは…?

「梨奈が大騒ぎするから言えなかったけど、実は、昔から父親を通じて知り合いなんだ。会社辞めたのを言ったら、誘われて」

その言葉に、カチンと来てしまった自分がいた。

― 報道に行くんじゃないの?それに「大騒ぎするから言わなかった」って、バカにされてる感じ。

「ふーん。さすが、恵まれているよね」

よせばいいのに皮肉が出てしまう。恭一は、何かをこらえているようだ。

何となくわかるけど、指摘すると喧嘩になるから言わない。

その直後。ちょうど北見さんからお誘いのメッセージが届いた。…断る理由はなかった。



その日のラウンジは、深夜番組でよく見る芸人さんも来ていた。経営者の誰かが知り合いらしい。

私はむしゃくしゃしていたこともあって、芸人さんに執拗に絡んでいく。すると彼も面白がってくれて、その場が盛り上がった。私のテンションも最高潮で、お酒も進む。

「やっぱ、梨奈ちゃんがいると場が盛り上がるね。呼んでよかった」

ニッコリ笑うと、北見さんは私の肩を抱いた。いい雰囲気になると今夜はヤバそうなので、その手をやんわりと払う。

「コミュ力には自信があるの」

「言うねえ。うちの会社に欲しいくらいだよ。まだショップ店員なの?」

頷くと、北見さんがハッとした表情を見せた。次の瞬間、酔いがさめたような目の色に変わっている。

「実はね、前から梨奈ちゃんのmixi面白いと思ってたんだ。事業拡大して、webマガジンに力を入れようと思っているところでさ。文章上手いから、編集やライターで参加する気ない?」

「え、やるやる!」

容姿と愛嬌以外を褒められることなんてめったにない。考えるより先に、言葉が出ていた。

「じゃあ、前向きに考えておいてよ。本気だから」

北見さんは笑顔で手を差し伸べる。私は気持ち半分でその手を握り返した。





― 北見さんってやっぱりすごい人だったんだ…。

数日後。初めて昼間から北見さんに呼び出された私は、その会社の規模に度肝を抜かれた。

渋谷で1、2を争う大きなオフィスビルの中にある会社。人工芝が敷き詰められた公園のような休憩ゾーンや、カフェのようなワーキングスペースがある、開放的な雰囲気だ。

そこで何百人もの若い社員たちが働いている。

さっそく、宮益坂の『ビストロ・コンコンブル』で、他の社員と顔合わせついでのランチをする。社長である北見さんの強い推薦もあり、すんなり入社が決まった。

怒涛の展開だったが、大きな人生の歯車が動き出している予感がする。そのままバイトの退職を申し出てから、自宅へと帰った。

「ねえねえ恭一、実はね…!」

興奮した私は、疲れた顔で夜遅く帰宅した彼に、就職したことをすぐ報告した。

「え、なんで?」

おめでとうより先に返ってきた言葉にイラつきながらも、私は事の経緯を報告する。すると恭一は、静かに返答した。

「ああ、結局君もコネなんだ。お互いさまだね」

好戦的なその言葉。

それに言い返して自分の主張を理解してもらおうとする気力が、不思議と出なかった。

― あ。もう、ダメだ。

これまでは、どこかで彼に甘えていた。だけど今は、自分で前に進める自信がある。だから決心できたのかもしれない。

それから数日経って、私は“最後の言葉”を口に出した。すると「自分もそう思う」と、すんなり受け入れてくれたのだ。

― やっぱり恭一とは気が合うんだな。

一抹の寂しさはあったけど、部屋を出るとき、私たちは何かから解放されたようにお互い微笑んでいた。

いい別れって本当にあるんだなって、心から思った。


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就職し、恭一と別れた3年後の梨奈は…?