文化・流行の発信基地であり、日々刻々と変化し続ける渋谷。

渋谷系の隆盛から、ITバブル。さらに再開発を経て現在の姿へ…。

「時代を映す鏡」とも呼ばれるスクランブル交差点には、今日も多くの男女が行き交っている。

これは、変貌し続ける街で生きる“変わらない男と女”の物語だ。

◆これまでのあらすじ

渋谷で出会い、その後交際し始めた梨奈と恭一。広告代理店にカメラマンとして就職した恭一に対し、梨奈は就職難でフリーターに。すれ違いが続いた二人は、梨奈の就職を機に関係に終止符を打つ。

それから、3年の月日が流れ…?

▶前回:彼氏に内緒で、夜な夜な男のもとに通う女。その場で“とある強引な誘い”を受けて…?



2009年6月


「一番幸せにしてくれるのは、やっぱり普通の男よ」

色とりどりの花に囲まれた高砂の中心で、むつみは満足げな表情をしながら、私たちにこっそり言った。

東京湾が一望できるという幕張のホテルで行われた、90人ほどの結婚式。彼女のお相手は、千葉の信金に勤める野球観戦が趣味の男性だという。

「ヤなカンジ。優越感たっぷりに言っちゃって」

帰りの京葉線の中。ともに参列していた青学時代の同級生のひとりが不機嫌そうにつぶやいた。周囲は同調し、にわかに彼女への悪口で盛り上がる。

しかし、私はそうは思えなかった。むつみの言葉は、妥協した自分に対して言いきかせているように聞こえたからだ。

大学時代の行きつけの居酒屋で飲みなおそうと誰かが言い出し、電車を乗り継ぎ、みんなと渋谷で降りた。

「…じゃあ、私はここで」

「えー、来るんじゃなかったの?」

一緒に降りた私は、てっきり面子に入っていると思われていたらしい。

「私、渋谷に住んでいるから。帰って仕事しないと」


いまだ渋谷から離れられない、梨奈の現在の姿とは…?

普通の男って?


呼び止める声を背に、私はひとり自分の家へ帰る。実を言うと、あの中はちょっと居心地が悪かった。でも仕事というのは本当だ。

北見さんの会社で、編集とライターの仕事を始めて3年近く。現在はカルチャー系webマガジンの編集長も任されている。今はちょうど仕事が軌道に乗ってきて、面白くなってきた時期だ。

「はい、明日までに直してお戻ししますので…」

取引先と電話をしながら、並木橋近くにある1DKの部屋に着く。

西武MovidaのVIA BUS STOPで買ったマルジェラのドレスを着たまま、私は息つく間もなくパソコンの前に座った。



一心不乱に仕事をしていたら、いつの間にか26時をまわっていた。

ひと段落ついた私は引き出物のクッキーをつまみつつ、買ったばかりのiPhoneで撮影した結婚式の写真を眺める。ふと、むつみの言葉を反芻した。

「一番幸せにしてくれるのは、やっぱり普通の男よ」

相手とは婚活パーティで出会ったとか。彼女も彼女で、色々あったと聞いている。ヒルズの経営者の恋人に長い間泣かされ、有名な俳優とも交際したようだけど二股をかけられて終わったそう。

つまり、その結果を受けて出した、彼女なりの答えなのだ。

― 私もああいう普通の人に、恋できるのかな。

恭一と別れて以来、仕事が忙しくて恋愛する暇がなかった。フリーター生活の罪滅ぼしというか、何もしていなかった時間を取り戻すがごとく、夢中で仕事をしていたから。

それに、彼以上の人が現れなかったということもある。

恭一のような、すべてに刺激がある人はめったにいない。会社や取引先の人も面白い人は多いけど、なんか違う。みんな普通の人にみえる。

― センスがよくて有名な家の出で、活躍中の若手カメラマンと交際していたって、特別なことだったの?

時を経るごとにどんどん美化されていく思い出。気がつけば私も29歳だ。

平均年齢が低いうちの会社では、お局的な立場になっている自分がいる。若者の街と呼ばれる渋谷で生活していることにも、どこか窮屈さを感じはじめていた。

― もう、渋谷を卒業しなきゃならないのかな。

でも、まだ結婚は他人事。むつみの結婚式でも、岩手の漁師に嫁いだ姉の子沢山な年賀状を見ても、心から幸せを喜べるから。



「Twitter?これ、流行るの…?」

「まあ、とにかく使って下さいよ」

会社で「iPhoneを買った」と後輩に告げると、Twitterなる不思議なサービスを紹介された。

実を言うと未だにmixiで日記を書き続けている私は、短文で投稿するというそのサービスに意味を感じられなかった。でも仕事上、最新情報のアンテナは張っておかないといけない。

すぐ登録し、とりあえず有名人をフォローする。それとともに、社内でアカウントを作っている人を教えてもらい、勝手にフォローした。

「…ん?この人、いいかも」

登録してしばらくはROM専だった。しかし過疎過ぎて惰性で眺めている中、律儀に毎日投稿しているアカウントがふと気になったのだ。

内容は会社の愚痴や、最近行ったレストランの感想など。普通だったけれど、その人間味ある投稿が私の心を引き付けた。

―『白倉です。』さん…。多分、会社の人だよね?


気になるアカウント。その正体とは…?

円山町の魔力


とある昼休み。

社内のカフェテラスでひとり、ランチをとっていた私は『白倉です。』さんのツイートを今日も眺めていた。昨日は前職の上司と、おでんの店を訪れていたのだそう。

『おでん、いいですねー』

気まぐれで思わずリプライしてみた。

すると数分後。

「竹脇さんですよね。返信ありがとうございます」

その声に振り向くと、メガネの男性が背後に立っていた。ラフな服装が多いうちの会社で、量販店で揃えたようなスーツを着ている彼はどこか目立っており、以前から存在は知っていたのだ。

「白倉です」

そう名乗られた途端「ああ!」と、私は笑顔で立ち上がる。まるでスターに会ったような気持ちでテンションが上がった。

彼は最近転職してきたひとつ年上の男性だ。前勤務先も本社が渋谷にあったため、この界隈のグルメ事情には詳しいらしい。

そして隣の席に座るなり、投稿にあったおでんの店について熱弁し始めた。どうやら、相当お気に入りの店であるようだ。

「へー。じゃあ今度、連れて行ってくださいよ」

その気のない社交辞令だったが、ネットの繋がりは私を逃してはくれなかった。



彼が言っていた『おでん割烹 ひで』は、渋谷が長い私でも初めて知る店だった。

会社近くのカフェで退勤後に待ち合わせし、クラブへ向かう若者たちの間を縫いながら、円山町のど真ん中にあるその店へ入る。

風情ある店内は、まるで時代が逆行したかのよう。円山町と聞いて誰もが想像する「大人の」とは違う意味での、大人な場所であることを実感した。

「前の会社で不動産営業をしていたときに、上司によく連れて来てもらって」

「…不動産から、なんでITに転職したんですか?」

「リーマンショックで危機感を感じてね。これを機に違う業界も見てみたかったんだ」

シャコのお造りと天ぷら、そして関西風のおでんをつまみながら、不思議と話は弾んでしまう。共通点などほぼないのに。

― 呑みなれていない日本酒のせい?それとも…。

ここにたどり着くまで、ホテルが連なる通りを彼と一緒に歩いてきた。その先を想像してしまう街並みは、ただの同僚でも否応なしに異性として意識させる。まさか、そのせいだろうか。

しかし私は、不思議とこの男を、だんだん面白いと思い始めていた。

彼のことをもっと知りたくなり、2軒目の誘いにもすぐ応じる。すると次は大衆立ち飲み酒場の『富士屋本店』へ案内してくれた。

コの字型のカウンターには、常連とおぼしき老輩たちが肩寄せ合って酒を酌み交わしている。私たちも空いている隙間に詰め込まれ、レモンサワーで酔いをさました。

老舗のおでん屋に、大衆酒場。私が知らなかった大人の渋谷が、彼の中に存在していた。

― 白倉さん、掘ってみると結構変な人だな。

普通に見えるけど、普通じゃない。

刺激はないけど、彼といると安心する。今まで見てこなかった別の世界を、彼は教えてくれる。そこは自分にはない場所。

そんな白倉さんの居心地の良さに、私は自分の居場所を感じた。

「また、一緒に呑みましょう」

帰り際。同時に同じ言葉を口に出した私たちが、交際し始めたのはほどなくして。

そしてそれを同僚に報告したとき。あまりにも驚くから、私は言ってやった。

「一番幸せにしてくれるのは、やっぱり普通の男なのよ」


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梨奈が出会った普通の幸せ。しかし2011年に起きたあの出来事が、二人の仲を引き裂く…?