「やめるときも、すこやかなるときも、あなたを愛する」と誓ったはずなのに…。

“やめるとき“は、愛せないのが現実。

思い描いていた結婚生活とは程遠く、二人の間に徐々に生じ始める不協和音。

「こんなはずじゃなかった」と不満が募ったとき、そもそも「この結婚、間違ってた?」とふりかえる。

あなただったら、この結婚生活やめる?それとも…?

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Vol.2 イケメン夫を持つ妻


【今週の夫婦・結婚3年目】
夫:俊介(31)外資コンサルティングファーム勤務
妻:麻友子(28)薬剤師 美容外科勤務


「これも違うのか…」

次パスコードを間違えたら、15分間入力ができなくなる。

私はすでに7回も突破に失敗しているスマホを握りしめ、ため息をついた。バスルームからは勢いのいいシャワーの音と、夫・俊介の鼻歌が聞こえる。

夫のスマホと格闘して、今日で2日目。

普段Face IDでしか解除していないスマホのパスコードを探り当てるのは、かなり困難だ。誕生日でも記念日でもダメならば、不可能に近い。

その時、いきなりバスルームのドアが10cmほど開いた。

「麻友子〜!シャンプーないわ。ストックある?」

― !!!

心臓が止まりそうになる。

「あ、ある。あるよ!ちょっと待ってね」

メンズ用の清涼感のあるシャンプーを、ドアを少しだけ開けて渡す。

わかっている。

夫婦間でも、勝手にスマホを見るのは、不正アクセス行為に該当することを。

でも、付き合っているときは、俊介は心配ならいつでもスマホを見てもいいと言っていた。それならば、問題はないはず。

だって、私にはどうしても確認したいことがあるのだ。


妻・麻友子が確認したい夫の秘密とは…

バニラな女


「悔しい…。俊介は絶対、浮気してるのに」

「え〜!?だって、麻友子さん妊娠中ですよね。だったら、かなりのクズじゃないですか」

職場の休憩室で、サンドイッチを食べながら、美容カウンセラーの來未が答えた。

他業種から転職してきた2歳年下の彼女は、仕事ができるしサッパリとした性格で、私は気に入っている。以前、家に招いたこともあるのだが、人見知りの夫と初対面から意気投合していた記憶がある。

私は今、妊娠5ヶ月。ようやくツワリの吐き気からは解放されたが、常に体調が良いというわけではない。



私も來未もクリニックで働いているため、在宅勤務になることもなく、忙しさはコロナ前と変わらない。逆に外資系コンサルの夫は、ほとんどがリモート勤務で、色んなところで自由に仕事をしている。

「だよねぇ。でも、最近よくホテルで仕事してるみたいでさ。ほら、今そういうプラン増えたでしょ」

「俊介さんの仕事、英語で会議とかよくするし便利なのかもですね」

「まぁ、そうかもしれないけど…」

妊娠中は情緒が不安定になりやすい。だから、私の考えすぎなのかもしれない。

それにしても、來未は俊介の名前や仕事内容までよく覚えている。さすが、営業成績No.1のカウンセラーだ。などと、感心してしまった。

「証拠さえ、あればなぁ」

私は独り言を呟くと、デカフェのコーヒーを一口飲む。

夫の俊介は、かなりモテる。

身長は178cmと低すぎず高すぎず、水泳部だったからか胸板が厚い。万人ウケする爽やかな塩顔で、毛穴の見あたらない肌は、女性より綺麗なほど。

私は、10代の頃アイドルの追っかけをしていた。某掲示板で有名になるほどイケメン好きで、自他共に認める面食いだ。

結婚を決めた最大の理由は、"夫の見た目”だ。

だから、恋人同士の時は多少の火遊びは目をつぶってきた。

彼は、そんな私のことを、“理解のある女性”だと褒めてくれていた。アイスで言うと、バニラ。結局最後は戻ってきてしまう味だと。

私は、そんなに大人だったわけじゃない。

ドンピシャにタイプな顔の男と、別れたくなかっただけだ。どんなに酷いことをされても、好みの顔の男に謝られると、許してしまっていた。

でも、結婚し妊娠してからは、それが無理になった。

結婚という契りを交わしたのに、身勝手に違反するなんて誠実さのカケラもなくて、気持ち悪い。

「あ!麻友子さん、裏ワザありますよ」

來未は、目をキラキラさせながら私にその方法を教えた。表向きは心配しながらも、他人のハプニングは楽しいのだろうか。

「ただ、そういうことされると、一気に冷める男性がほとんどだと思うので…気を付けてくださいね」

その忠告を、私はこの時重く受け止めていなかった。


夫のPCを、夜中にこっそり見ることにした麻友子だが…

指紋認証の罠


「ただいま〜」

21時、俊介が帰宅した。

「お風呂、自動にしてあるけど入る?」

「あー、さっきまでホテルで仕事しててさ。シャワーしてきたからいいや。ありがと」

― ホテル…。

鼻の奥が、ツンと痛くなる。

想像したくないのに、女性と一緒だったのかもしれないと一瞬でも思っただけで、吐き気がする。

「麻友子、今日も忙しかったんだろ?あんまり無理すんなよ」

俊介が私のお腹を撫でながら言うが、その言葉には心がこもっていない。

テーブルの上に置いている彼のスマホが、鳴っている。そこへ視線を向けると、夫はさりげなく、裏返しにした。

― ねぇ…やっぱり、そうなの?

お腹の子のことを考えると、グレーのままにしておく方がよいのか迷う。でも、白黒はっきりさせたいという気持ちが勝ってしまった。

夜中の2時。

俊介が深い眠りに入った頃、私はむくりと起き上がり、リビングから彼のMacBookを持ってくる。彼のPCの機種は指紋認証で開くはずだ、と來未が教えてくれたのだ。

起こさないように細心の注意を払いながら、彼の右手の人差し指を、そっと指紋認証に載せる。

― 開いた!

そのまま、ベッドルームからリビングに戻る。パンドラの箱を開いてしまった恐ろしさと、緊張で、胸の鼓動が速くなる。



― どうしよう、すごく怖い…。

女性にモテる彼のことだ。決定的な証拠がなかったとしても、何かしら見つかるだろう。

何かが見つかった後、私は俊介と夫婦としてやっていけるだろうか。

それに、開け方を知ってしまった私は、これからもこうやって覗き見するかもしれない。それは間違いなく、健全ではない。

そんなことを考えていたら、後ろから物音がした。

「ねぇ。麻友子、何してるの?」

冷たく、低い声。

「え…あの、えっと……」

何か言い訳を、と思うのに、何も思いつかない。真夜中に他人のPCを勝手に開いていることに、正当な理由なんてないのだから。

「見ようとしたのは、ごめん!でも俊介…あなた、浮気してるでしょ!」

私は、立ち上がって強い口調で言った。ここで怯んでは、うやむやにされてしまう。

― 今ここで、無実を証明して!お願い。

そう願い、まっすぐ目を見つめた。しかし、私が予想した展開とは真逆の方向へと、俊介は舵を切った。

「してるよ」

「……え?」

目の前が真っ暗になる。

俊介の言葉を、何度も頭の中で再生するが、間違いなく、“してる”と言った。

「だから、浮気してる。やっぱりバレちゃうよね。でもさ、こういうことするのは…さすがにダメじゃない?夫婦の間でも、プライバシーってものがあるよね」

私は、びっくりしすぎて、言葉が出なかった。まさか、ハッキリと肯定されるとは思ってなかったのだ。

言い返そうと、深呼吸すると俊介が続けて言う。

「ごめん、もう麻友子のこと抱けないんだわ。妊娠が判明してから、もう女として見れなくなってしまって。それでもよかったら、このまま子どものために夫婦でいてもいいけど」

「…何を言ってるの?」

そこから俊介とどんな会話をしたのか、覚えていない。

― 7時か…。

気づいたら朝になっていた。俊介は朝早くどこかへ出かけたのか、すでに家にいなかった。

恋人時代に浮気を許し、最終的に顔で結婚相手を選んでしまった報いなのだろうか。

だとしても、あまりにも酷い。

私は、重い体を起こし、上司に体調不良で休むことを電話で伝えた。

― 大丈夫。あなたのことはちゃんと守るからね。

お腹をさすりながら、心に誓う。妊娠中という身で、どこまで体に負担をかけずに戦えるかわからない。

でも、私にはやらなければいけないことがたくさんある。

知人に弁護士がいることを思い出し、スマホをスクロールし連絡先を探した。



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