住んでいる街によって、人生は変わり、また人も変わる。

2020年、東京の街は大きく変貌した。

店は閉まり、代わりにフードデリバリーの自転車を頻繁に見かけるようになった。また時差通勤やテレワークが導入され、ラッシュ時の人は減った。

では、東京に住む女の人生は、どう変わったのだろうか? エリア別に、その実態に迫る。

今回は渋谷区在住・莉央(31)の話。

▶前回:「男の子なの?」妊娠がわかった途端に義母から聞かれた痛烈な一言。名家に嫁ぐためには…



“恵比寿在住”の価値を見失っているエビージョ・莉央(31)


「つまらないなぁ」

土曜17時。恵比寿駅西口の前を通過しながら、ふと本音が漏れる。

渋谷にあるオフィスに近く、利便性の良い恵比寿という街に惹かれて、26歳の時に祐天寺から恵比寿に移り住んできて早5年。

住みたい街として常に上位に入るほどの人気の街であり、出会いが豊富な街としても名高く、大好きな街だった。

でも今は、“未だに”ここにいる自分が嫌いだ。

現在の家賃が13万5千円で、広さは30平米。駅から徒歩14分。

コロナ前は便利で賑やかで、楽しいことが凝縮されているこの街が大好きだったのに、飲みに行くことが減った今、住んでいる意味を考えるようになった。

― ただただ高い家賃を払って、狭い箱に頑張って住んでいるのかな…。

そんなふうに思うのは、また今日もデートがうまくいかなかったからかもしれない。

前のめりで出会いを求めていたはずなのに、自粛期間に慣れすぎた結果…そして30歳を過ぎた途端に、飲みに行くのすらしんどくなってきている自分がいた。


「恵比寿に住む意味ってなに…?」31歳が感じ始めたリアルな現実

家へと歩きながら、さっきのカフェでのデートを思い出す。

「こんにちは、莉央です」
「こんにちは、悟です」

最近は食事会が一切ないため、出会いの主戦場はアプリだった。だが、会うのは何人目だろうか。

「莉央さんって、オフィスは渋谷なんですか?」
「そうです。悟さんは?」
「僕は大手町です。といっても、最近は自宅でのリモートが多いですけど」
「家で仕事していると、窮屈じゃないですか?」
「窮屈…なのかな。でも通勤がないの、楽ですけど」

周囲の喧騒を、より一層強く感じる。話しながら、“今日もダメかな”と自分でもわかるほど微妙な空気だ。

話が盛り上がっていないわけではない。でも上っ面な会話ばかりが、まるで私を嘲笑うかのように、ただ流れていく。

「今日はありがとうございました。じゃあまた連絡しますね」
「はい、また」

“また”なんてないことはわかっている。でも大人になるにつれ 、私たちは嘘をつくことを覚え、物事を無難にやり過ごすために、色々と繕わなければならないことを覚えてしまった。



「今日もダメかな…何がいけないんだろう」

何も、悪くないはずだ。31歳、独身。身長164cm。スタイルは悪くないはず。顔だって平均以上だ。

でも、何かが満たされない。誰に会ってもピンと来ない。

そんな態度が、出てしまっているのだろうか。

「ただいま」

誰もいない家の扉を開けて手を洗う。 白々しい蛍光灯の下、夕ごはんを作るために狭いシンクで一生懸命材料を切っていると急に虚しさに襲われ始めた。

2口コンロに、必要最低限な調理スペース。

スロージューサーやバルミューダのトースターが欲しいと思っても、家のキッチンが狭く、そもそも置く場所がないので買えない。

キッチンとクローゼットが扉一枚を隔ててすぐなので、料理をしたら部屋中に臭いが充満し、洋服に臭いがうつらないか心配になる。

冬場は一日中エアコンの下でPC作業などをしていると、暖房の風が直に当たるため、加湿器をたいても肌はカサカサだ。

おしゃれな暮らしに憧れ、おうち時間を楽しもうと試みても、部屋が狭すぎて楽しめない。

以前は、多少部屋が狭くても恵比寿に住んでいる価値はあった。

今の手取りは約36万。手取りを考えると、かなり無理をして家賃を捻出しているのは否めないけれど、良い男性に出会うために、呼ばれたらすぐに飲みに行ける恵比寿に住んでいた。

なぜなら30歳になる前までは、すぐに結婚できると思っていたから。

でも気がつけば二度目の更新を終え、30平米の家から抜け出せてはいない。

自分で家賃を払い続ける限り、この程度の暮らしだ。早く結婚して、この狭い空間から抜け出したいという思いが募る一方なのに、彼氏ができない。

だから未だに、独身でこの街にひとりで住んでいる私。

辛すぎる現実だった。


そんなオンナを救った、意外な出会いの方法とは !?

「こんな狭い部屋に住んでいる意味って、なんだっけ…」

恵比寿は深夜遅くまで開いている店も多く、デートや食事会終わりでも2軒目の候補がたくさんあるため、出会いが豊富な街だった。

でも時代は、ステイホームだ。皮肉にもおうち時間が増えて飲み会はなくなり、フットワークの軽さは重要ではなくなった。

そもそも出会い自体がない。そうなると、この街の価値はグッと下がる。飲みに行けなくなった昨今、街は変わった。

そして私も変わった。

以前は週5で開催されていた食事会。出会いは毎日のようにあり、東京はいい独身男子で溢れていると思っていた。

「莉央ちゃんって可愛いよね。どこに住んでいるの?」
「恵比寿だよ」
「え、近いじゃん」
「うち…来る?」

何度そんなやり取りを繰り返しただろうか。何人もの男が来て、そのまま交際に発展する人もいれば、一晩限りの関係もたくさんあった。顔を思い出せない人もいる。

でも、楽しかった。毎日が忙しくて、仕事を終えて飲みに出かけ、いい人に出会い、遊ぶ。

そんな毎日の中でいつか素敵な人に出会い、恋をして、交際して、結婚して、子どもが生まれ、幸せな家庭を築く…。

そんな“当たり前の生活”が送れると、20代の私は信じて疑ってさえいなかった。

でもいつからだろうか。女の子が小さい頃から“当たり前”だと信じている道を歩むのが、こんなにも難しいと気がついたのは。

「なんで私だけ…」

周囲は続々と結婚していくのに、私だけ取り残されている。結婚していない友達でも、ちゃんとステディな彼氏がいる。

世の中にはこんなにも男性がいるのに、どうして私だけ彼氏がいなくて、結婚ができないのだろうか。

胸が、キュッと痛くなる。何かに追われるかのように、日課である夜のジョギングへと出かけた。



「はぁ、ハァ…」

自宅から恵比寿西口を通り、アメリカ橋まで一気に走ると、ようやく呼吸が落ち着いてきた。今日も、この橋の上から見下ろす山手線の駅は煌煌としている。

恵比寿に最初に住み始めた時、私は夢と希望に満ち溢れていた。でも30歳を過ぎる頃から、現実を知ってしまった。

でもその現実を認めたくなくて、私はずっと視線をそらし続けていたのかもしれない。

時間は平等に過ぎていくはずなのに、無駄に年ばかり取っていく自分が怖かった。

― 私の人生、どこで間違えたのかな。

そう思った時だった。ふと顔を上げると、私と同じ年くらいの男女数名が、同じようにひとりでランニングをしていることに気がついたのだ。

― あれ?私と同じような行動をしている人が、意外にいるんだな…。

自粛期間中に始めたランニング。以前は走っている人なんて視界にすら入っていなかったけれど、自分が走るようになると、見えてくる世界も変わってくる。

すると、ひとりの男性ランナーが、軽い会釈をしながら私の隣を過ぎ去っていった。

そのスマートな仕草に、思わず微笑み返す。

ふと空を見上げると、こんな都会の真ん中なのに小さな星が見えた。

さっきまで私にまとわりついていた、湿気を含んだ空気がどんどん軽くなった。

もしかしたら、皆何かを見つけたくて、もがいているのかもしれない。今すぐに答えは見つからないかもしれないけれど、自分を見つけられるまでこの街で走り続けていたら、何か見えてくるのかもしれない。

― 明日もこの時間、ここで走っていたらさっきの男性に会えるかな。

「幸せって、意外に近くにあるのかも」

そうつぶやきながら、私はもう一度大きく踏み出しスピードを上げた。



31歳、独身の現在。

出会いに溢れている街、恵比寿。

楽しいことが好きで、恋愛をしたい男女が集う街。そんな恵比寿で、もう一度、ちゃんと恋をしようと思う。


▶前回:「男の子なの?」妊娠がわかった途端に義母から聞かれた痛烈な一言。名家に嫁ぐためには…

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