「こういう人、いるよね…」

出会いの場に足を運んでいると、たまに遭遇する“ひと癖あり”な人。

だけど、そんな“ちょっと癖ありな言動”には、理由があった!?

先週は男のことをいちいち条件付けして評価する、ひと癖ありな女が登場した。

さて、今週の体験談は…?

▶前回:「彼って、どれくらい貰ってるの…?」男が席を外した瞬間、女がスマホでチェックしたこととは



Vol.5:ブラックネイルを好む女の、裏の顔


今週の体験者:後藤俊太郎(31歳男・飲料メーカー勤務)


それは2020年、9月のこと。

「この資料、本気で考えて作ったの?」

俊太郎のプレゼンが終わった後、堤課長から真っ先に飛んできた言葉がそれだった。

「すみません…。今できる最良の策を考えたつもりです」

淡々とそう反論すると、彼女からは大きなため息が漏れる。

― この人、何だったら納得するんだよ。

今日は来年の春に発売が予定されている、新しいアルコール飲料の企画プレゼンをしていた。

俊太郎に痛烈なダメ出しをした堤恭子は、部下に厳しいことで有名な上司だ。30代半ばの独身女性。出世争いが激しい社内でも、異例のスピードで課長に昇進している。

「後藤くんさ。自分が仕事できるほうだからって、手を抜かないで。…とりあえず、明日までにもう一度やり直してちょうだい」

その言葉に俊太郎は肩を落とし、執務室のフロアに戻っていった。



「堤課長へのプレゼン、どうでした?」

会議を終えて俊太郎が自席に戻ると、後輩の卯野葉月が話しかけてくる。

「今日はまったくダメだった…。毎回こんなにボコボコにされると嫌になるよなあ」

そう愚痴をこぼすと、葉月はフロアの奥にいる課長を一瞥して言う。

「堤課長って“鉄の女”感が半端ないですよね…。服装もいつもモノトーンだし、ネイルもブラック系で」


いつも強気に見える女上司だが、ある秘密を抱えていて…?

「そういえば、確かにそうだよなあ…」

今まで意識して見たことはなかったが、堤課長に資料を渡されるとき、いつも爪がブラックに塗られていたような気がする。

― 堤課長って、好きな男の前ではどんな感じなんだろう。

仕事ではいつも抜け目ない彼女について、俊太郎は思わずそんなことを考えてしまうのだった。



そして、その週の日曜日。『ピーター・ドイグ展』を見に行った帰り道のことだった。俊太郎は、まさかの光景を目にしてしまったのだ。

― あれ、もしかして?

国立近代美術館から竹橋の駅に向かう橋を渡っていると、対向車線側の歩道に、堤課長らしき人物の姿を見つけたのである。

そして、驚くべきことがもうひとつ。何やら年上の男性と親密な雰囲気で歩いており、彼女の手は男の腕に絡んでいたのだ。

いつもは怖い上司の“女の顔”を見て、俊太郎はなんだか不思議な気持ちになった。



堤恭子(36歳女)の場合

― 私って、いったい何がしたいんだろう。

それはここ3年ほど。恭子が課長職に昇進してから、毎日頭の中でグルグルと考えていることだった。

仕事が好きで求められるがままに管理職になったけれど、納得のいく仕事を周囲にも求めすぎて、空回りしているのだ。



仕事に関する悩みが増えてからというもの、それに比例するようにして自宅で一人、お酒を飲むことが増えた。

この日も仕事から帰り、冷蔵庫を開けてワインを取り出す。

コルクを抜いた瞬間、キッチンカウンターに置いていたスマホが鳴った。手を止めてLINEを開くと、恋人からのメッセージが表示される。

『今週の日曜日、出張ってことにしておいたから』

恭子は7歳年上の恋人・篤史と1年半ほど交際している。しかし彼は、初めて知り合ったときから既婚者だった。

出会いは2年前。篤史は仕事関係のセミナーで知り合った、アートディレクターだ。

元々は特段気の強い性格ではなかった恭子だが、管理職になりたての頃、急に“強い自分”を求められることが多くなり、精神的な苦労が増えた。

そんなとき、親身になって相談に乗ってくれた篤史のことをいつの間にか好きになり、ズルズルと関係を続けてしまっている。

― 日曜日、空けてもらっちゃってよかったのかなあ。

妻と6歳になる子どもがいる彼とは、普段は平日の夜にしか会えない。

『本当?嬉しい。前に話したかもしれないけど、行ってみたい美術展があって…』

悩む気持ちを押し殺してそう返信すると、篤史にピーター・ドイグ展のリンクを送るのだった。

― 何を着ていこうかな?

恭子は罪悪感を抱えつつも、ほんの少しウキウキした気持ちでウォークインクローゼットの扉を開ける。

仕事用に着る服は、気持ちを引き締めるためにもモノトーン系が中心だが、デートのときくらい明るい色の服を着ていきたい。

「これにしようっと」

そうして取り出したのは、トリーバーチの水色ワンピースだった。


週末の美術館デートで、恭子は不倫相手から衝撃の一言を告げられる…

「全部映画のワンシーンみたいに綺麗で、すっごくよかったね」

展示を見終わり、ミュージアムショップをなんとなく物色しながら、篤史が恭子に話しかけてくる。

「わ、グッズもすごく素敵。…ねえ。ポストカード、お揃いの買わない?」

恭子の提案に彼はうなずき、二人は繊細な色彩の絵画が描かれたポストカードを買ってカフェに入った。



「あのさ。今日は大事な話があって…」

「えっ、何…?」

カフェに入るなり篤史が急に深刻な表情になったので、なんだか不安な気持ちになる。

「実は来年、息子が小学校に上がるタイミングで妻と離婚しようと思ってる」

「そ、そうなんだ」

彼のことは好きだけれど、恭子はこの言葉に自分が喜んでいいのかわからなかった。

「やっぱり俺は妻よりも、君のことが好きだからね。だから一緒になりたい。…俺が離婚した後のこと、考えてくれるかな」

突然の告白に、ただうなずくしかなかった。

― 私と、彼の今後か…。

その選択をしたら、自分は幸せになるかもしれないけれど、その代わり彼の奥さんと子どもは不幸になるかもしれない。今さらながら恭子は、自分のしてきたことの重さに苛まれるような気持ちになった。

だからといって、このままずっとこの恋を続けるのもつらい。

仕事場では自分を強く見せている反動で、誰かに甘えるために恋愛をしている。そんな自分の生き方も、何だか違う気がしていたのだ。




翌日。恭子はあまり眠ることができず、頭がぼんやりとしたまま出社していた。

そして昼過ぎから始まる、広告代理店との打ち合わせに向けて忙しくしていると、部下の後藤俊太郎が急に話しかけてきたのだ。

「午後の打ち合わせの進行、俺がやりましょうか?なんかバタバタされてるみたいなんで…」

「えっ…?ありがとう」

そう言った瞬間、少しバランスを崩してしまい、デスクの上にある資料やノートを落としてしまう。慌てて落としたものに手を伸ばすと、俊太郎が拾うのを手伝いながら尋ねてきた。

「あれ。爪の色、変えました?」

「あっ、そうなのよ…」

恭子は思わず、自分の指先に視線を移す。久々に違う色をのせてみようと、ピンクベージュに塗り替えたのだ。

「そういう色の方が似合いますよ。…あと、あんまり無理しないでくださいね」

その言葉に驚いて俊太郎を見返すと、彼は「何でもないです」と小さく否定した。

― 私、やっぱり無理してたのかな。

仕事で自分にも他人にも完璧を求めていたこと、そのために自分を強く見せようと必死だったこと。それに篤史との関係も、もう限界だった。



その日の夜。

「この前の話、本当に申し訳ないけど断らせてほしいの。篤史が結婚してるのを知ってて好きになった私が悪かった。ごめんね…。もう、会うのもやめたい』

彼に電話をかけて一方的にそう告げた。そして電話を切ると、恭子は再びピンクベージュに塗られた自分の指先を眺める。

― もう“強い自分”を無理につくって生きるのはやめよう。

心の中でそう決意した。

そしてその爪は、もう二度と黒く染められることはなかった。


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