春・第9夜「応援する女」


「佐和…どうしよう。すっごく好きになりそうな人に、出会っちゃった!」

すぐにLINEに既読がついて、可愛いクマが花束を持ったスタンプが送られてくる。

間髪入れずに、「えー!いいなあ、絵美里がそこまで言うってどんな素敵な人?」ときた。

佐和とは、“受付スタッフ仲間”という以外、共通点があまりない。それでも友情が長く続いているのは、彼女が既婚者にも関わらず、ノリがよく、いつもすぐに返信をくれるからかもしれない。

「うちの会社に何度も来てるから、佐和も顔見知りの人だよ。柏原礼司さん。今日会社帰りに、駅近のスタバでテイクアウトしようとしたら話しかけられたの」

「え!!あの超大手外コンの柏原さん?しゅっとしたカッコいい人だよね?いつも受付票をニコッとしながら受け取ってくれる。絵美里が、うちの会社の受付だって覚えてたってこと?」

「そうなの!!いつもお世話になってますって。それでラテをご馳走してもらっちゃって。そのうえ、なんと彼も白金高輪に住んでて、大手町から一緒に帰ってきたの」

ああ、文字を打つのがもどかしい。私は、スマホを素早くタップしながら、今日起こった幸運を短い文章に詰め込む。

「お互いのマンションが徒歩5分で。礼司さん、近所のホテルの朝食がおいしいから、休日は午前中そこで仕事してるんだって。それで明日の土曜日、一緒にいかがですかって!」

「すごーい!絵美里ほどの華やかな美人だと、すぐそんな展開になるのね」

礼司さんと話したのは、大手町から家の近所までの30分程度。

それなのにこんなに舞い上がっているのは、最近出会いらしい出会いがなく、29歳になったにもかかわらず、結婚どころか、彼氏すらいなくて焦っていたせいだ。

佐和は、そんな私に意地悪な指摘をしたりしないし、恋の邪魔をすることもない。

同い年なのにこの包容力、なんでも受け止めてくれる温和な性格。美人というわけではないが、23歳で早々にプロポーズされ、すでに結婚6年目というのもうなずける。

「絵美里、じゃあ明日は、こんな作戦はどう?」

私は、佐和の次のメッセージを、期待と焦りの入り混じったような気持ちで待った。


佐和の思いもよらないアドバイス。若くして結婚できた女ならではの驚くべき策略とは?

アラサー独身女と既婚女の差


翌日。礼司さんと私は、ホテルで人気のブランチボックスとコーヒーをテイクアウトして、テラス席で初デートを楽しんでいた。

「絵美里ちゃん。受付に座っているときは、華やかだけど、オフの日もとっても素敵だね」

彼の言葉を聞いて、飛び跳ねそうになるのを必死でこらえる。

佐和が授けてくれた作戦により、袖のカットが凝っている真っ白のトップスに、薄い桜色のジョガーパンツ、スタイルアップが狙える厚底のホワイトスニーカー、あえてスマホだけを持って近所感を演出。

どうやら大当たりだったようだ。

もちろんメイクは素肌を大切に、カラーレス。最近アートメイクでアイブロウを整えたから、作りこまなくても十分だと佐和は言ってくれた。

「普段礼司さんと会うときは、受付嬢としてフルメイクにまとめ髪でしょ?だから、思いっきり外してヘルシー系で、ギャップ萌えを狙うっていうのはどう?

絵美里のハーフっぽい顔立ちが、カジュアルなら逆に引き立つとおもうな。私みたいな地味顔だと、そういうの部屋着っぽくなるから、差がつくんじゃない?」

たしかに、せっかくの休日ブランチなのだ。“彼女になったらこんな感じなんだな”、とイメージできるような雰囲気が正解かもしれない。

一気に親密さが増したのは、彼の私を見る眼差しで明らかだった。

「よかったら今度、白金の隠れ家レストランに誘ってもいい?あまりにも人気で予約はめったに取れないんだけど、キャンセルが出たらお店から連絡がくることになってるんだ。そんな事情だから、突然のお誘いになっちゃうんだけど…」

「え、嬉しいです!そのお店の噂は、聞いたことあって、前から行ってみたかったんです」

さっそくのお誘い。この展開、もう恋が始まる予感しかない。

私は心から、佐和のアドバイスに感謝した。





「うーん、でもそれって、都合のいい女って感じしない?呼び出されたらすぐ行くなんて…」

初デート終了後、嬉々として次のデートの約束を取り付けたことを報告すると、佐和のテンションは予想外に低いものだった。

「私みたいな普通の女なら仕方ないけど。絵美里みたいな美人がそんなことしたら、調子に乗っちゃうんじゃないかな。

礼司さん外コンのエリートなんだから、周りにいっぱい便利な女の子はいると思うし…。私、絵美里がそんな取り巻きの一人になっちゃうのは、我慢できないよ」

たしかに、美味しいものに目がないという話から、予約の取れないレストランに誘われ浮かれていたが、よく考えれば、最初から都合のいい女みたいになっている。

「そっか…。言われてみると、私、いつも恋愛の初めは追われてるのに、最後は立場逆転しちゃうんだよね。お誘いがあっても、1回は断ってみるよ」

「そうだよ、絵美里がモテるってことを、まずは知らしめないと!そもそも急に誘われても、絵美里人気者だからいつも忙しいでしょ?無理して空けたりするの、良くないと思う」

思い返せば、私はいつもそうなのだ。

恋をすると一気にテンションがあがって、デートのために女友達との約束を反故にしたこともある。

結果的に男の人にないがしろにされてしまい、いつもうまくいかない。佐和の助言は、痛いところをついていた。

新卒で入社してから6年間、私の恋愛を見守っていてくれた彼女は、失敗エピソードを全部見たうえでアドバイスをくれる。

考え込んでいたまさにその時、礼司さんからメッセージが届いた。

「絵美里さん、こんにちは。昨日の今日なんですけど…今、例のお店から電話がきて、今夜キャンセルがでたからどうですかって。時間もすごく早くて18時からなんですが、ご都合が合えばいかがですか?」

私はしばらく理性と感情を戦わせてから、意を決してメッセージを打ち始めた。


佐和のアドバイスを受けて、絵美里がギリギリまで悩んで返信した内容は…?

仲間づくり


「という訳で…じつは、せっかく佐和にアドバイスもらったのに、結局昨日のディナー、行っちゃったの」

翌日の月曜。出勤早々、ロッカーでばったり会った彼女に、私は早口で報告した。

「そっかそっか、絵美里がそうしたかったなら、もちろんいいと思う。それで?どうなったの?」

佐和はせっかくのアドバイスを聞かなかった私に気分を害した様子もなく、にこにこと顛末を促した。

実は話したくてたまらなかった私は、声を潜めながらも興奮していたと思う。

「急展開なんだけど…お付き合いすることになった!」

「ええ〜!すごい、ほんと?おめでとう絵美里〜!あちらから告白してきたってこと?」

「そうなの、お店出たあとに、ちょっと散歩でも、ってなって。なんかそういうことに…。佐和の最初のアドバイスのおかげだよ!『ブランチデートのギャップにやられちゃった』って礼司さん言ってたから」

佐和は、とっても嬉しそうに「今日のランチはお祝いだね!」とハイタッチしてきた。

こんなふうに心置きなく恋の相談ができるのは、佐和が既婚者だからだと思った。もしこれが同じ婚活中の同僚だったら、さすがの私も、こんなふうに何もかも相談することはできない。

女同士のやっかみの怖さは、マウント女の巣窟である受付という職場で身に染みていた。

「ありがとう佐和。私、30歳のうちに佐和みたいな可愛い奥さんになれるように、今回は本気で頑張るから!アドバイスよろしくね、先輩」

私が拝むしぐさをすると、彼女は「とんでもない。私みたいな普通の女が、絵美里みたいな特別な子のお役に立てないよ〜」と手を振った。

その左手には、プラチナとダイヤの上品なエタニティリングが光っている。

なんだかんだ言って、佐和みたいな子がモテるのだ。そうでなかったら、この厳しい東京の婚活市場をこれほど早く抜け出すことなどできやしない。

美人だ、なんていわれる割に男運のない私は、佐和みたいな子のエッセンスを取り入れればきっとうまくいく。

― 今回こそ、最後の恋にする。暴走して、今までみたいな失敗はこりごり。

そのためには、素直に佐和の意見を取り入れるんだ、と私は心の中で固く誓った。





「絵美里みたいに特別な子はね、その価値を落としちゃだめ。え?おうちごはん?つまらない主婦の真似事なんてしなくていいのよ、所帯じみたら終わり」

「最近は男女平等なんて言って、女の子にお金を出させる人がいるみたい。1度許したら、結婚してからも生活費は折半で、なんて言い出すから。彼すっごく稼いでるんだから、遠慮するよりもどんどんお金をつかってもらって、絵美里みたいな特別な女の子は、ただ喜んでいるだけでいいのよ」

「下手に結婚しても仕事したい、なんて言ったら私みたいに家事と仕事の板挟みになるときがくるわ。絶対に専業主婦で確約をとっておいたほうがいいわよ。女は余裕がないと、旦那にだって優しくできないもの。絵美里みたいな子が機嫌よく家で待っててくれるなんて最高じゃない」

「礼司さんて、いつも素敵なスーツきてるし、小物遣いも気が利いてるから、すごく意識高いんじゃない?きっと情報感度も高めなのよ。絵美里のインスタ、こっそりチェックしてると思うな。そこで絵美里のびっくりするぐらい華やかな生活をアピールしていたら、プロポーズしなきゃって焦るかもね」

私は、“勝ち組既婚者”としてのアドバイスを聞き、できるだけそれを実践するようにした。

本当はお料理が好きだったけれど、Uber Eatsにしたり、インスタグラマーが詰めかけるレストランをリクエストしたりした。

主婦になったら、いつお客様がきてもいいような素敵なインテリアの家にしたい、とそれとなくアピールした。所帯じみたら終わりという佐和の助言を忠実に守り、Instagramに華やかなものを並べた。

それなのに。

30歳の誕生日の前に、突然私は振られた。

「ごめんね、絵美里とは…結婚できそうもない。貴重な時間を浪費させたら申し訳ないから…」

デート帰りの駅までの道、彼が早口で何か言っているあいだ、ただ冷たい霧雨がスプリングコートの裾に染みこんでいくのをじっと見ていた。

不思議なことに涙は出ない。何か取り返しのつかないことをしたような、でもなぜかちょっとだけほっとしたような、奇妙な気持ちだった。

ふらふらと帰路につきながら、振られちゃった、と佐和にメッセージを送る。

いつものように、間髪入れずに返信がきた。

「大丈夫、彼に絵美里の価値がわからなかっただけ。『魂の格』が釣り合っていなかったのね。

ねえ、私、絵美里を連れていきたいところがあるの。

実は私も、離婚したくてもできない事情があるの。そのことで昔はすごく悩んだんだけど、今はもう大丈夫。その苦しみを全部、忘れさせてくれる場所があるから。

絵美里みたいに心がきれいで素晴らしい子に、ぴったりの『集まり』。そこにいる人は誰も絵美里を傷つけたりしない。ちょうど週末に会合があるから、一緒に行ってみよう?」

続いて送られてきたPDFには、あなたが苦しみから救われる10の方法、と書いてある。

何もかも自信を失った私は、この喪失感を埋めてくれるならばなんだってかまわないと、承諾のスタンプを押した。


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