恋は焦りすぎると、上手くいかないもの。

だから、じっくり時間をかけて相手を知っていくべきなのだ。

結婚に焦り様々な出会いと別れを繰り返す、丸の内OL・萌。

“カルボナーラ”をきっかけに失恋した女は、恋も料理の腕前も上達していく…?

◆これまでのあらすじ

失恋を乗り越え、絵美に勧められたマッチングアプリを使い始めてみた萌。そこで出会ったハイスペックな料理男子に、いきなり家デートへ誘われて…?

▶前回:待ち合わせ場所の飯田橋駅前で、彼が突然…。マッチングアプリで知り合った男が発した、ありえない言葉



2019年6月


「今度、もし良かったらさ。俺の家に来ない?美味しい料理作ってあげるからさ」

そう言ってマッチングアプリで知り合った引野から、家デートに誘われた。…以前の萌だったら、首を縦に振っていたかもしれない。

しかし朝日からのアドバイスを思い出し、何度か外でデートをしてからにしようと決めたのだ。

そうして彼とはその後もデートを重ね、彼女の影もなく安心できる男だと分かった。萌は5回目のデートである今日、ついに引野の自宅へあがることにしたのである。

当日は、19時に飯田橋駅で待ち合わせることになっていた。しかし、彼が現れたのは約束の時間を20分も過ぎた頃だった。

「ごめん!休日対応の仕事とか、色々料理とか仕込んでたら遅くなっちゃった」

「…休日も、お仕事大変ですね。お忙しいのに、お邪魔してしまってすみません」

またもや仕事のせいにして遅刻してきた引野にウンザリしながらも、萌は無理やり笑顔を作って言う。

「いやいや、こちらから誘ったわけだし気にしないで。…それじゃあ行こうか。今日はね、こだわりのベジタブルカレーを作ったからさ」

「えっ、仕込みとか大変だったんじゃないですか?とっても楽しみです」

― こだわりのカレーってことは、スパイスから調合したってこと?…料理できる人はポイント高いかも。

こうして若干テンションが上がり始めた萌だったが、この後まさかの事実を知ることになったのだ。


萌がショックを受けてしまった、ハイスぺ男子の秘密とは

「…お邪魔しま〜す」

そう言って萌は、恐る恐る引野の部屋に足を踏み入れる。

招かれた彼の家は、駅から10分ほど歩いた閑静な住宅街の一角にある、4階建ての質素なアパートだった。

「年収1,000万円以上」という割には、統一感がなくお金をかけていなさそうなインテリア。かと思えば、部屋の隅には埃を被った高そうなギターが置いてある。

萌がこっそりと部屋のチェックをしていたそのとき、キッチンで何やら作業をしていた引野がリビングに戻ってきた。

「お待たせ。はい、どうぞ」

そう言って運ばれてきた“こだわりの”ベジタブルカレーは、どこか懐かしささえ感じるザ・家庭のカレーといった類の見栄えだった。

「わ、ありがとうございます…!いただきます」

大げさに喜んで見せると、萌はそっとカレーを口に運ぶ。

「…うん、とっても美味しいです!」

しかし、とっさに口にした賛辞の言葉とは裏腹に、先ほど抱いた疑念が確信に変わった。

― このカレー、絶対に“あのカレールー”を使ってるわ。



というのも、倹約家の母がいつも安売りのときに買ってくるカレールーの味と、引野が作ったカレーの味は瓜二つだったのである。

せっかくだから「どんなスパイスを使ってるのか」などを聞こうと思っていたが、彼のプライドを傷つけてしまうと考え直し、突っ込むことをやめた。

ベジタブルカレーというと響きは良いが、結局は市販のルーを使った肉無しカレー。さらにルーだけでなく、ご飯は朝からずっと炊飯器に入っていたと思われるような、少し硬い仕上がり。

振る舞うと意気込んでいた割に、出された料理は中途半端なもの。そんな彼にガッカリしてしまった。

ただ手料理を振る舞ってもらった手前、不機嫌な態度なんてできない。萌は積極的に場を盛り上げようと、引野にベタな質問をしてみる。

「あの、引野さんってどんな人がタイプなんですか?」

「タイプは好きになった人かなあ。でも俺さ、今までの彼女には、みんな浮気されて別れたんだよね。家に行ったら、浮気現場に遭遇しちゃったりさ…。ほんと女って信じられないよ」

「そ、それはショッキングでしたね…」

初っ端から重めな話に、萌は言葉を詰まらせる。

「だからさ。正直、結婚とかってまだ考えられないんだよね」

「えっ?」

お酒の勢いもあり、引野の口からはどんどん本音がこぼれ始める。

「だって俺まだ32歳だよ?この歳で人生決めろって無理じゃない?」

「そ、そうですよね。…あの、私ちょっとお手洗い借りますね」

そう言って萌は立ち上がり、いったんその場から離れることにした。

― 結婚する気がないってどういうこと…?

マッチングアプリは結婚願望が強い人が使うものだと思い込んでいた萌にとって、彼の発言は予想外だったのだ。

戸惑いつつも気持ちを落ち着けた萌がリビングに戻ると、引野はソファに寝転んで寝息を立てていた。

― 人を招いておいて、早々に酔いつぶれるなんて。

その姿にため息をつきながら、萌はシンクに皿を運んでいく。すると偶然、あるものが目に入ってしまった。


萌がキッチンで見つけたモノとは

なんとキッチンのごみ箱の中に、市販ルーの空箱が埋もれるように隠されていたのだ。

それを見た瞬間、萌は我慢の糸がプチンと切れたような気がした。そして引野が酔いつぶれている隙に、半ば逃げ出すようにして彼の部屋を飛び出したのだった。



そうして迎えた、久々の料理教室の日。萌はまた朝日に話を聞いて欲しくなり、この日を待ちわびていたのだ。

今日のレシピは筑前煮。お正月に祖母の家でしか食べないような、地味な料理にガッカリする。正直気乗りはしないが、これも料理上達のためだと思い、真面目にレッスンへ取り組んだ。

作業がひと段落したところで、萌は朝日に声をかける。

「朝日さん、この前はごめんなさい。私、すごく失礼でしたよね」

彼のアドバイスに耳を傾けず、またもや突っ走ってしまった自らの稚拙な行動を、萌はあらためて謝罪した。

「いやいや。僕の方こそ、この前はなんだか偉そうなこと言っちゃってごめんね」

「いえ、朝日さんの言った通りでした。私、肩書きや外見を重視していて、全然中身を見ようとしてなくて。…結局、アプリで会った人とは上手くいかなかったんです」

「そっか。その人と何かあったの?」

「何もなかったというか…。彼、結婚願望もなければ、身長も勤務先も実際とは違ってたんです」

実は、引野との家デート後に絵美へ相談したところ、驚くべき事実が明らかになったのだ。

絵美が代理店勤務の友人経由で彼のことを探った結果、引野が大手広告代理店の“子会社”勤務であることが判明したのである。

「確かに、本当の自分よりもよく見せようと嘘をつくのは良くないね。でも…」

「でも?」

「親会社勤務だろうが子会社勤務だろうが、仕事の尊さや人の価値に優劣は無いはずだよ」

朝日の厳しくも的を射た言葉に、先ほど自分の幼さを恥じたばかりの萌は、さらにみじめな気持ちになる。

「大切なのは自分らしさだよ。どんな地味な見た目でも、素材の味を活かせれば美味しい料理はいくらでもある。ほら、今日の筑前煮も美味しいでしょ」

目の前の筑前煮は、煮込んだことによって野菜の旨味や甘味が引き出されている。みりんの力で照り出されたたっぷりの根菜は彩も良く、地味だとは感じなかった。

「…はい」

「まあ、その彼はちょっとクセ者だったみたいだけどね」

いつもと変わらず励ましてくれる朝日の笑顔に、萌はホッとするような温かさを感じた。



「絵美さん。私って本当に結婚できるんですかね…」

萌は騒がしい社員食堂の隅っこで、ため息まじりにつぶやいた。

「大丈夫よ。萌は明るくて可愛くて努力家だってこと、私は知ってるよ!それに気づいてくれる人はきっといるからさ」

「…ありがとうございます。でも、まだまだ努力不足だし、なんだか自信を無くしちゃいました」

「たまたま結婚願望のない人が続いちゃっただけ。元気だしてよ、ね?…あ、そういえば萌に会わせたい人がいるんだった」

そう言うと、絵美は思い出したように手を鳴らした。

「えっ。私に、会わせたい人ですか?」

その言葉に萌は、キョトンとした目で絵美を見つめるのだった。


▶前回:待ち合わせ場所の飯田橋駅前で、彼が突然…。マッチングアプリで知り合った男が発した、ありえない言葉

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萌を待ち受けていた、新たな出会いとは