文化・流行の発信基地であり、日々刻々と変化し続ける渋谷。

渋谷系の隆盛から、ITバブル。さらに再開発を経て現在の姿へ…。

「時代を映す鏡」とも呼ばれるスクランブル交差点には、今日も多くの男女が行き交っている。

これは、変貌し続ける街で生きる“変わらない男と女”の物語だ。

◆これまでのあらすじ

渋谷で出会い、別れと再会を繰り返す梨奈と恭一。現在は有名ライターの梨奈と報道カメラマンの恭一は、互いを尊重し、認め合う恋人同士だ。

そして2018年、ふたりは30代も後半に差し掛かっていた。

▶前回:「こんな形で終わるなんて…」男が起こした女優とのスキャンダルで、女が驚愕した真相とは



2018年9月


並木橋にある私のマンション。その近くに『渋谷ストリーム』なる大規模な複合施設ができた。

去年は『渋谷キャスト』ができ、そして来年には別の新しい施設ができるとか。この街の進化はとどまるところを知らない。

映画館『シネマライズ』や大型書店『ブックファースト』など、大好きだった場所がなくなってしまったのは寂しい。

その代わり、本や映画などのエンタメがウェブを通じて楽しめる時代となった。だから、仕方がないことなのかもしれない。

時代を象徴する渋谷に、同じであることを求めるのが酷なのだ。

恭一とは相変わらずだが、私もここ1年で目まぐるしく状況が変化した。

雑誌の連載が話題を呼び、出した書籍もベストセラー。テレビ番組でも密着取材をされるなど、数年前の自分からは想像できない場所にいる。

― 渋谷でずっと変わらないことが許されるのは、ハチ公くらいかしら。

そんなことをぼーっと考えながら、私は『渋谷ストリーム』内のカジュアルフレンチの店で恭一を待っている。

テラス席は渋谷の街を眺めることができるので、初めて訪れたときから気に入っている場所だ。彼にも、都会の中心にいることが実感できる雰囲気を味わってほしくて、さっそく誘ってみた。

「遅いなあ…。せっかく1ヶ月ぶりなのに」

店の入り口に何度も目をやりながら、彼をハチ公のように待つ。

報道カメラマンである恭一は、取材でしばらく海外に行っていた。だから、早く会いたくてたまらないのだ。


恭一を待つ梨奈。彼が待ち合わせに遅れた理由とは?

人生の交差点


「こんなに大きなビルができているなんて、知らなかったよ」

恭一が前菜を口に運びながら、渋い顔でぼやいている。

遅れた理由は、道に迷っていたからだそうだ。新しい店で待ち合わせたことを私は反省した。しかも、空港から直で来たとか。大荷物を持って、渋谷駅のダンジョンを移動するのも大変だっただろう。

「ごめんね、大荷物なのに。この日しかなくて」

「いや、すぐに会いたかったから。むしろ好都合」

さらっとした返答だが感情のこもった言葉に、私の顔も赤くなってしまう。

38歳という少々年を重ねた恋人同士。しかも出会ってから20年以上経っている私たちだが、今でも新鮮な気持ちでお付き合いを続けることができている。

忙しくて会う機会が少ないからというのもあるが、その大きな理由は、やはり互いの毎日が充実しているからなのだろう。

「私も、早く会いたかった」

SNSやLINEのおかげで、いつどこにいても彼の存在を感じられる世の中になった。しかし、実際会うに越したことはない。はやく見つめ合って、触れて、体温を感じたい。

「明日は、何時に出発?」

「恭一次第かな。会場は夜に着けばいいし」

私は明日の夕方から、高校の同窓会があるのだ。なので、互いのスケジュールを確認する。

「なら、明日の終電まで一緒にいるか」

「ちょっと…。行けなくなるってば」

めずらしいワガママの理由を聞くと、同窓会でよからぬ再会がないか心配しているようだ。

「大丈夫。恭一以上の人はいないよ」

テーブルの下で、私と恭一は密かに靴のつま先をじゃれ合わせる。それを合図に店を出て、ふたりで並木橋の部屋へ向かった。





翌日の同窓会は、神奈川にある地元ホテルのバンケットホールで開催された。学年全体の集まりだからか、参加人数はなんと80人ほどの大規模な立食パーティーだ。

「梨奈ー!久しぶり」

受付を済ませ所在なく会場に佇んでいると、後ろから懐かしい声が聞こえてきて、すぐに振り向いた。

「佳子!会いたかったー」

実は佳子とは、彼女の出産後に一度ランチして以来会っていない。年賀状のやり取りは数年続けていたが、もうそれもなくなってしまっていた。

転校生だったせいで、友達は少なかった高校時代。だけど同窓会に参加しようと思ったのは、彼女が参加すると聞いたからだ。

すぐに近況報告と思い出話に花が咲く。聞けば佳子は現在、大宮にて夫婦で美容室を営んでいるのだという。ふたりの子どもはもう高校生と中学生なのだとか。

「あのときの赤ちゃんが、もう高校生か…」

佳子に見せてもらったスマホの中の少女は、初めて会った頃の彼女とそっくり。しみじみと当時を思い出しながら、自分は今も恭一と交際していることを彼女に告げる。

「へぇー。私が子どもを産んで育てている間に、梨奈は全然変わってないんだね」

その言葉に、私は思わず固まった。


静かに繰り広げられるマウンティング合戦。そのとき、梨奈は…

― え?私って変わってないの…?

フリーターだった23歳のときと、フリーランスでライターをしている今の私。そしてあの頃と同じように恭一と交際していることも、彼女からしたら何も変わってないように見えるのかもしれない。

― 私が物書きで、そこそこ知名度もあることを彼女は知らないのかな。

少々ガックリきていると、佳子は哀れんでいるような目で私を見つめ、肩に手を置いた。

「ま、頑張んなよ。出産にもリミットあるしさ、何事も早めの方がいいんじゃない?彼が煮え切らないっていうならいつでも協力するよ」

「別に私は…」

その先が出なかった。結婚や出産も、したくないわけではない。簡単に説明できない気持ちを抱えながら、私はただ絶句していた。

「そうだ!もう子どもも手がかからなくなったし、ご飯誘ってよ。梨奈なら美味しい店、いっぱい行ってそう」

“梨奈なら美味しい店、いっぱい行ってそう”…その言葉で、彼女は今の私の立ち位置を知っているにもかかわらず、あえて発言をしていることに感づいた。

きっとこれは俗に言うマウンティングというやつなのだろう。ならば、と私も思わず応戦をしてしまう。

「いいけど、私のいきつけは佳子、緊張しちゃうと思うよ。佳子が慣れてそうな、大宮のファミレスの方が気楽じゃない?そっちで会おうよ」

「えぇ、ファミレス…?」

梨奈の言葉に、佳子はたじろぐ。

「値段もお手ごろだからね!そのほうが佳子はいいでしょ?」

引きつり笑いをしながら、その場を丸く収めようとする佳子の姿に、15年の年月を感じた。あの頃だったら、きっとすぐに「失礼な!」と激怒していただろう。

― お互い、大人になったんだな。

同窓会は、早めに退散することにした。

両親は転勤終了後、故郷の沼津に戻ってしまったため、実家はこの地にない。盛り上がったら2次会まで行こうと思っていたけれど、まっすぐ渋谷へ“帰る”ことにした。





電車の中で、私は彼女と渋谷へ通っていた時代をしみじみと思い出す。車窓から見えた逆方向の電車には、かつての私たちのような、少女2人組が乗っていた。

相鉄線から、横浜駅で東横線に乗り継いで、渋谷へ通っていた私たち。電車の中吊り広告を見ると、来年には渋谷まで乗り換えなしで行けるようになるそうだ。

すれ違い、遠ざかっていく少女たちを見て、あの頃は遠い思い出の出来事になったのだと思い知った。

『会いたいな…』

電車の中で、思わず恭一にLINEをする。すぐ返事が来て、彼の家へ行くことになった。切ないときに、抱きしめてくれる人がいる幸せをかみしめる。

そして、気づく。佳子の言葉に絶句した理由を。

― マウントをとられたことより、今の幸せを否定されたのが悔しかったんだ。

15年間、それぞれ違う道を歩んで、たどり着いた別々の幸せ。わかり合えなくても、比べなくてもいいはずなのに。

すると、LINEの通知があった。相手は佳子だ。

『今日は会えてうれしかった。梨奈の活躍を応援しています』

かしこまった前向きな言葉。早々に帰った私に何かを感じ取り、言葉を後悔している気持ちが汲みとれた。私も言い返したことを反省して、すぐに返信する。

『ありがとう!ご飯、ぜひ行こうね』

社交辞令ではなく、改めてお互いの近況や、これまでのことをお喋りしたいと思った。

― そのときは、どこに行こうかな。奥渋のビストロとかいいかも…。

私の心はこの上なく弾んでいたのだった。


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「私が、結婚?」梨奈はついに、恭一から“あのひと言”を告げられ…?