文化・流行の発信基地であり、日々刻々と変化し続ける渋谷。

渋谷系の隆盛から、ITバブル。さらに再開発を経て現在の姿へ…。

「時代を映す鏡」とも呼ばれるスクランブル交差点には、今日も多くの男女が行き交っている。

これは、変貌し続ける街で生きる“変わらない男と女”の物語だ。

◆これまでのあらすじ

渋谷で出会い、別れと再会を繰り返す梨奈と恭一。

現在は有名ライターである梨奈と報道カメラマンの恭一は、紆余曲折ありながらも、恋人同士として幸せな日々を送っている。

38歳、幸せなふたりに心配事は何もないが…。

▶前回:「私って変わってないの?」38歳独身女と子持ちの親友が、同窓会でマウンティング。その結末は…



2018年10月


「梨奈、もしやプチサンボンつけてる?」

夕暮れのハチ公前。佳子は、私に会うなり嬉しそうに耳元で囁いた。

「わかる?メルカリで見つけちゃって、つい…」

今日は同窓会で再会した佳子との食事会だ。彼女の希望で、場所は昔よく一緒に遊んでいた渋谷となった。

佳子が渋谷を訪れるのは12年ぶりで、NHKの子ども番組の公開収録に来て以来だとか。

「懐かしい〜!梨奈と言えばプチサンボンだよね」

佳子は髪色こそ明るめであるが、淡いベージュのセットアップが似合う素敵な奥さん風だ。

かしこまっていた同窓会のときとは違い、この場所に来ると、彼女も昔に戻ったかのようなテンションになった。

「ねえ梨奈、アレ、撮ろうよ!」

「いいね!私、一度最新のやつで撮ってみたかったの」

寄り道をしながら、懐かしい思い出話とともに、高校生の頃からだいぶ変わってしまった渋谷の街を歩く。

そして、たどり着いたのはファミレス…ではなく、喧騒から離れた奥渋にあるフレンチビストロ。こじんまりとしているが、肩ひじ張らず落ち着ける雰囲気が好きなのだ。

佳子もこの店の和やかな雰囲気を、すぐ気に入ったようだ。席に着くなり、先ほど撮ったプリントシールを見て少女のようにキャッキャと笑う。

そんな彼女の手元には、最新技術によって20年前に戻ったように見える私たちが写っていた。


旧友との食事会に心躍る梨奈。そこに恭一も現れるが…

「目、大きすぎない?」

「昔の佳子そっくりよ。アイメイクに命かけてたもんね」

「そうそう、小さい目がコンプレックスでさ…」

お店自慢のビオワインを片手に、佳子は遠い目をした。そんな小さな瞳の奥には昔と変わらない純粋さがある。すると彼女は突然ニヤリと笑い、身を乗り出して来た。

「ねえ、キョウも呼ばない?」

「無理だよ。彼、今日仕事だもん」

「えー、超ショック!キョウにも会えると思って来たのに」

佳子はわかりやすく落ち込む姿を見せる。その様子に胸が痛くなった私は、ダメ元で彼にLINEを送ってみたのだ。すると、しばらくして返信があった。

『わかった。仕事すぐ片付けて行くわ』

何事も言ってみるものだ。時間的にも間に合うかどうか微妙だったため、佳子には言わずにおいておく。

しかし…。

ギリギリまで引き留めたものの、大宮に住む佳子は、終電があるからと彼の到着前に帰ってしまったのである。





「ごめんね。あの子、家遠いから」

「ま、近々次の機会を作ろう。何なら、俺たちが大宮に行こうか」

奥渋のビストロからの帰り道。終電近い時間になってもにぎやかな街並みを歩きながら、恭一は明るい夜空を見上げ、ため息をついた。

「久々に会いたかったな…。彼女、僕らが付き合うきっかけの恩人だろ」

心から残念そうな、その横顔。最近の恭一は、こういう顔をよくする。

そして、今日みたいにすぐ駆けつけてくれたり、同窓会に行ってほしくないなどとワガママを言うようになったり…。どこか、私への強い気持ちを表に出すようになった。

嬉しくもあり、こそばゆくもある。彼はどちらかというと、仕事優先のドライなタイプだったのに。

「…恭一、何かあった?」

スクランブル交差点の信号待ちで、私は思い切って聞いてみる。すると彼は立ち止まり、ハッとした様子で私を見つめてきた。

信号は青になり、終電を急ぐ人々が一斉に歩き出している。しかし私たちはその場にとどまった。

「隠せないね、梨奈には」

「そりゃそうよ。長い付き合いだもの」

恭一は微笑む。そして真剣な目で、私だけに聞こえるよう静かに言った。

「梨奈、結婚してくれないかな」

スクランブル交差点での、突然のプロポーズ。

最近の態度は、その言葉のきっかけをずっと探していたからなのか。

「え…。本気?」

「ごめん、びっくりさせて。ケジメつけようと思ってさ」

「ありがとう、嬉しいけど…」

信号は再び赤になる。いつかはそうなると思っていたが、喜びよりも戸惑いが勝る。照れ隠しで「なぜ今なのか」と冗談交じりに尋ねると、彼は大きく深呼吸をして答えた。

「サンパウロ支局に行かないかって、言われているんだ。ブラジルのね」

「一緒に行かないかってこと?」

恭一は頷き、信号が再び青に変わったのをきっかけに歩き出した。

…しかし、私はいまだその場所にとどまり続けていた。恭一も足を止めて、私の手を引こうとする。

私は、彼の手を振り払った。

「梨奈?」

「…考えさせて」


恭一から突然のプロポーズに、梨奈が出した答えは…

人生の正しい選択とは


「私は結婚してブラジルに行ってもいいと思います」

数日後。担当編集の池谷さんとの打ち合わせで、プロポーズのことを話す。すると、彼女はウキウキした様子でそう答えてくれた。

「梨奈さんの仕事は、場所なんか関係ないじゃないですか。むしろネタや経験にもなりますよ」

「どうだろう…。私の読者層、シングル女性のファン多いし」

「ついてきてくれますよぉ。ファンに気を使って、幸せを手放すんですか?」

「そういうわけじゃ…」

次の書籍の話をしなければいけないのに、大半をプライベートの相談に費やしてしまった。

しかも新しい書籍は、独身女性の生き方について私が偉そうに語る、という内容なのが皮肉な話だ。

だが「結婚した方がいい」という助言にすんなり納得できなかったことで、自分がまだ結婚したくないという意志をハッキリさせることができた。

― 彼は、昔と変わらず大切な人。でも自分の道を曲げてまで、彼の後ろについて行くことはできない。

私たちは支え合うふたりにはなれないだろう。

若い頃、一度だけ一緒に住んで失敗したときのように、ジャンルは違うが、同士でありライバルなのだ。

破壊と再生を繰り返し、時代の影響を敏感に受けながら日々生まれ変わる渋谷。この街の刺激は、何もなかった私を、今の私に変えてくれた。

だから、まだここにいなきゃならない。

せっかくここまで来た。もっと、上に行きたいから…。





そして私は、セルリアンタワーのホテル最上階にある『ベロビスト』に、彼を呼び出した。

「恭一、別れよう」

彼は肩を落としつつ、落ち着いた表情で、その言葉を受け入れてくれた。

別居婚や、遠距離恋愛という選択もある。だが同じ場所にいなければ、そんな言葉で飾っても私たちにとっては意味がないだろう。

変わらず、互いに多忙な自分の仕事や生活に、精を出して過ごすだけだ。ならば、こだわらず別々に生きていたほうがいい。

「私は、これからもずっと渋谷にいると思う。恭一が戻ってきても来なくてもね」

「なんだか、ハチ公みたいだな」

私たちは、ゆっくりと肩を寄せ合う。そしてスイートルームで渋谷の街を眺めながら、最後の夜を過ごした。

少し汗ばんだ真っ白なベッドで目が覚めると、彼はいつの間にかいなくなっていた。

大きな窓から差し込む光がまぶしすぎて、前が見えない。

私はひとり、涙したのだった。


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3年後。感染症が猛威を振るうなか、恭一はブラジルで音信不通となる…。