東京で暮らしていれば、受けられる恩恵はたくさんある。

流行りのレストランに、話題のエステ。雑誌に載っている可愛い靴やバッグだって、すぐ手に入る。

― 東京こそ、私の生きる場所。これからもずっと。

そう思っていたアラサー女は、突然やってきた“転落人生”で、東京を離れることになり…。

◆これまでのあらすじ

実家へと出戻った千佳は、田舎特有の文化に辟易していた。寂しさからSNSで「実家に帰ってきています」アピールをすると、3人の男性からメッセージが届いて…?

▶前回:彼氏にフられ実家に逃げ帰った35歳女が、ある朝パソコンを開いて愕然としたワケ



「地元で会えるなんて思ってなかったよ!」

「私もです。…でも板倉先輩、ちょっと雰囲気変わりましたね」

浅黒く日焼けした肌に、濃い髭。白のロンTにグレーのスウェットといったカジュアルな服装で、私の実家前にやって来たのは、中高時代の先輩・板倉将生だった。

どの学校にも大体いる、勉強も運動もできて友達もたくさんいるモテ男。年齢は私よりひとつ上で、地元からは数少ない“上京組”のひとりだ。

私とはあまり接点がなかったのだけれど、15歳の夏休みに町の図書館でばったり出くわしたのを機に、話をするようになった。

そしてお互いに「東京の大学に進学したい」という夢があることがわかると、すぐに意気投合したのだ。

彼は私より1年早く上京して、大学を卒業してからは大手商社に就職。それからも私のことをずっと気にかけてくれていた。

月に一度は流行りのレストランで食事。休日はショッピングに行ったり、夜景を見にドライブへ行ったりもして、もしかしたら付き合うことになるんじゃないかと予感することもあった。

けれど、それぞれに仕事が忙しくなると、連絡を取る回数は次第に減っていったのだ。

そして2年前。

板倉先輩から“ある言葉”を告げられたのである。


半年ぶりに会った彼から告げられた、衝撃の言葉とは?

「俺、地元に帰るよ」

「えっ、どうしてですか?急にそんなこと言うなんて…」

半年ぶりに会う板倉先輩は、頬骨がくっきりと浮き出るくらい痩せていた。さらに目の下には濃いクマが目立ち、ボロボロの状態だったのだ。

「うん、ちょっと仕事が忙しすぎたかな。今の会社でやりたいことがわからなくなった」

「そうなんですね。でも先輩、地元に帰るのは少し休んで考え直してみてからでも…」

そう言いかけると、彼は力なく笑って「もう決めたことだから」と話をさえぎった。

― 地元に帰っても何もないのに。これじゃあ先輩、東京に負けて帰る人みたい。

スマホを解約したのか、板倉先輩との電話もLINEもつながらなくなったのは、その少し後だった。

― 何か悔しい。でも私は負けないから。

フリーランスライターとしての仕事が順調だった当時の私は「絶対、彼のような負け組にはならない」と心に誓ったのだ。



あのときは何もかもが順調すぎて、板倉先輩の苦しみがまったく理解できていなかった。

― でも今は、先輩の気持ちが少しわかる気がする。それに先輩も、私の悩みにきっと共感してくれるよね。

打算的にそんなことを思った私は、SNSでメッセージを送ってきてくれた3人の男性の中でも、自分と同じような経験をしてきた彼に会いたいと思ったのだ。



東京で暮らしていたときの板倉先輩は、車に詳しくない私でもわかるような高級スポーツカーに乗っていた。

それなのに実家の前まで迎えに来てくれた車は、どんな山道でも難なく走ることができそうなゴツゴツとした四駆に変わっている。

― やっぱり、田舎に帰ってくると変わるんだな。

しかし変わったのは、車だけではない。

肌は浅黒く日焼けしているし、髭も生やしている。それに、白のロンTにグレーのスウェット姿だなんて、細身のスーツを着こなしていたあの頃とはまるで別人だった。

東京にいたときと変わらない、ハイヒールにタイトスカートという服装の私とはチグハグだ。

「じゃあ乗って!ちょっとご飯でも食べに行こう」

「はい。…あ、でもこの辺にご飯を食べるような場所なんてないですよね?」

「まあ、いいから。いいところに連れて行くよ!」

そう言われて、山道を走ること30分。

どこに連れて行かれるのかと不安に思っていた頃、やけに広い駐車場で車が止まった。

そこから少し歩くと、目の前には息を飲むような光景が広がっていたのだ。


何もないはずの地元。千佳が連れてこられた場所とは?

そこはカフェやBBQ場、さらには温泉やアスレチックなどが併設されたグランピング施設だった。

「どう?ここ」

「この施設、少し前にテレビで見ました!そうだ、確か実家から近いなあ、って」

いつか来てみたいと思っていたそこは、テレビで見た以上に素敵な場所だった。

広大な土地と豊かな緑。開放的な自然の良さが活かされているけれど、施設のデザインが洗練されていて、都会から来た人にとっても楽しめそうだ。

夜に撮った写真を見せてもらうと、いくつも並ぶテントの灯りが幻想的で思わず声が漏れた。

「うわあ!とっても綺麗で素敵です」

「だろ?だってここ、俺がプロデュースしたんだから」

驚いて板倉先輩のことを見つめる。かつてのゲッソリとやつれ、濃いクマが目立っていた彼は、もうそこにはいなかった。



板倉先輩の案内で、施設内をざっくり見てまわったあと。

グランピング場の近くにある、オーガニック野菜を使った食事やスイーツが食べられるカフェに立ち寄った。

「先輩、すごいです。すごいとしか言えません。だってこんな…」

「ありがとう。でも俺、帰ってきてから半年は何もする気になれなかったんだよ」

「やっぱり疲れてたから、ですか?」

「それもある。だけど少し休んで体が元気になったら、何でもっと東京で頑張れなかったのかとか、こんな田舎じゃ何もできないとか考えるようになった」

私も同じだなと思いながら、コーヒーを一口飲む。

「でも考え方をひっくり返してみたんだ。“ここでしかできないこと”があるんじゃないかって」

「ここでしかできないこと…?」

そんなものはない、と思いかけて視線を上げると、彼が作り上げたオシャレな施設が視界に飛び込んできた。

「どこにいても、結局はその人次第ってことじゃないかな」

「何それ、自分がすごいってことですか?」

「そうだよ、やっぱり俺はすごいんだよ!見習え、見習え!」

改めて見ると日焼けした肌や髭、カジュアルな服装に、車。そのどれもが彼によく似合っていて、昔よりずっとイイ男になったなと思った。

会ってすぐには気づけなかったけれど、肌はきちんと手入れされているし、髭もただ生やしているだけではなく、綺麗に整えられている。洋服だって海外ブランドのスウェットだ。

― こういうところは変わってないよね。

板倉先輩は、ここでやりたいことを見つけた。

そして、あの頃の自分と同じように苦悩している私に、それを見せてくれた。

上京したときも、地元に帰ってきたときも。いつも私よりひとつ先を行っている彼の背中を、ずっと追いかけているような気がする。

やっぱり彼は私の道しるべだ。

― どこにいてもその人次第、か。そもそもUターンしてきたことに、勝ちも負けもないのかもしれない。

「千佳はまだ帰ってきてすぐだから、少しゆっくりしてから考えればいいんじゃないかな」

優しい言葉に胸がじんわりと温かくなるのを感じながら、板倉先輩を見つめる。…すると次の瞬間、彼の口から衝撃的な言葉が飛び出したのだ。

「あとさ。俺、来年結婚するんだ。今度、彼女紹介するから」

その言葉に私は、一瞬だけ言葉を失う。正直なところ結構ショックだったけれど、まるで頼りがいのある兄が結婚するかのような、そんな気持ちになった。

「そ、そうだったんですね!…おめでとうございます。彼女に会えるの、楽しみにしてますね」

そうして帰宅した日の夜。寂しさから、再びSNSを開く。

するとそこには、新たなメッセージが届いていたのだった。


▶前回:彼氏にフられ実家に逃げ帰った35歳女が、ある朝パソコンを開いて愕然としたワケ

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