婚活に奮闘する人たちは、初デートのことをこう呼ぶ。

「婚活アポ」

ある程度仲良くなるまで、男女の約束は仕事と同様"アポイントメント"なのだ。

そんな激しい婚活市場で、数撃ちゃ当たるとでも言わんばかりに、東奔西走する一人の女がいた。

失恋にも負けず、婚活うつにも負けず、アポ、アポ、アポの日々。

なぜって、元カレよりも素敵な人と結婚したいから……。

これは「真面目に努力すれば、結婚できる」そう信じて疑わない、早稲女・夏希の『婚活アポダイアリー』。

◆これまでのあらすじ

27歳の夏希は誕生日を目前にして結婚も見据えて付き合っていた彼氏と破局し、婚活の世界に舞い戻ることになった。早速アプリに再登録したのだが…。

▶前回:「今年こそ、結婚!」毎年言い続けて早4年。年収800万・アラサー早稲女の悲惨な婚活事情



アポ前の準備は抜かりなく!


「リップとお粉と…あっ、日傘も持っていかなきゃ!」

1週間を全力で駆け抜け、やっと土曜日がやってきた。

けれど、婚活女子に休みなし。私は朝から身支度で大忙しだ。

本日のアポは12時に表参道。

マッキントッシュ ロンドンのワンピースに身を包み、一通り身支度を終えて時計を確認すると10時半。水天宮前の自宅からは半蔵門線で一本だから、11時半前に家を出れば十分に間に合う。

私はさらなる“準備”に取り掛かるため、MacBookを立ち上げてマッチングアプリを開いた。

今日のアポ相手のプロフィールをしっかりと予習しつつ、他のマッチング相手たちにメッセージを返して、さらに新しい種をまく作業だ。

「本日の相手は裕也さん、30歳。横浜出身の都内在住、東工大院卒の外資系IT企業勤務。年収1,000万円、趣味はテニスとフットサル。えーっと、住まいは代々木上原なのね…」

裕也のプロフィール写真は、親切にも5枚以上アップされている。

自己紹介文も長すぎず短すぎず。情報が過不足なく提供されており、ところどころにライトな絵文字がちりばめられている。

一言でいうと、非常にバランスが良い。

「“小綺麗な方”ね…」

思わずため息をつく。元カレの颯太くんしかり、先般別れた外銀マンしかり、私はそつのないタイプに弱い。

こんなふうに万事よしな男性は、婚活市場に出回ると(むしろ出回らなくても)色々なところから引き合いがあり、ライバルも多いのだけれど。


事前準備がアポのキモ?婚活開始4年目アラサーの入念な予習

「さて、少し気合を入れて予習しなくっちゃ」

相手のプロフィールを頭に入れたら、今度は検索作業だ。プロフィールで目についた情報をGoogle検索にかけ、めぼしい情報を拾っていく。

「へえ!東工大の田町のキャンパス跡地が複合施設になるんだ。国内最大級のインキュベーション施設なのね」

大学、地元、勤め先。

婚活において、この3つの話題をおさえれば間違いはない、と私は考えている。うまく話を膨らませられれば必ず盛り上がるし、相手のこともよく知ることができる。

だけど、不躾に根掘り葉掘り聞き出したり、手放しで褒めたりして許されるのは20代前半まで。女性も20代後半にもなると、男性側から中身のある会話を求められるようになる。

― 相手の情報を事前に知っておく。そして、自分が本当に“すごい”と思った部分を具体的に言葉にするのが、一番刺さるのよね…。

大抵の男性は、適当でない実のある褒め言葉が大好きだ。それをきちんと理解して提供できれば、相手から好印象を得られること間違いなし。

思い返せばスマホひとつでアポ調整していた時もあったけれど、最近ではもっぱらPCでアプリにログインするようになった。効率的にメッセージをさばいたり、今日のように相手の情報を見ながら素早く検索したりするために、PCは結構使えるのだ。

「本当に、新規営業のためのアポ準備をやってるみたいだわ…」

私は苦笑してPCを閉じ、アポに向けて立ち上がった。





相手の過去が気になる…


「初めまして!夏希さん、ですよね?」

「そうです!裕也さん、初めまして」

骨董通りの一角にあるオーガニックカフェに着くと、裕也と思しき人は既に着席していた。アプリの写真で彼の顔をたしかめながら近づいていくと、彼のほうも気がついて笑顔で片手を上げた。

会ってみると裕也は写真通りのイケメンだ。ほんの少し甘い印象の漂う目元を、スッと通った鼻梁と形のよい唇が引き締めていて、バランスが良い。

― やっぱり、こういうジャンルの顔すごくタイプ…。

私はついうっとりとしてしまう。裕也が「なに頼みますか?」とメニューを差し出してきたのでハッとし、あわてて玄米のパエリアを選んだ。彼は手早く注文すると、こちらに向かってにっこりと笑う。

「夏希さんは、静岡出身なんですよね?僕も以前住んでたんですよ。今の会社に転職する前はメーカーの開発職で、静岡の研究所にいたんです」

「えー!そうだったんですか!」

思わぬ共通点にテンションが上がる。地元の話をきっかけに盛り上がり、裕也の前職や大学院時代の研究テーマの話題を振ると、彼は嬉々として語り始めた。

さらに事前に調べておいた情報をいくつか投入すると、裕也はすっかり上機嫌で顔をほころばせる。

「夏希さんはなんだか足が地についてる感じで、話してて落ち着くな。ランチアポって気軽なようで緊張するからさ。フワフワした女の子だとつかみどころがなくて、こっちが気を使うし…」

裕也の言葉に私はうんうんとうなずく。彼の言う通り、ランチアポは短時間で気軽に見える側面、お酒が入らないので会話で勝負する必要がある。案外結構気を使うものなのだ。

それにしても、裕也はかなり心を開いてくれているようだ――私は素早く頭をはたらかせる。初回なので少し早いかと思ったけれど、少し恋愛観を引き出してみてもいいかもしれない。

「今までアプリで会った女の子は、そういうフワフワした子が多かったんですか?」

「うーん、そうだね。アプリで出会った子もだし、付き合った子もそういう子はいたよ。本能的にはくすぐられるけど、内心何を考えているかわからないよね…」

裕也の眉間に皺が寄っていく。

過去に何があったのだろう?急にせわしなく水を飲み始めた彼を見つめながら、私は次の言葉を待った。


ソツのない男・裕也が夏希のコンプレックスを刺激した、ある過去とは



「いいじゃない、その裕也さん。長身イケメン、都内在住・転勤ナシの年収1,000万円超え。一体何が気に入らなかったの?」

数日後。

OTEMACHI ONE AVENUEの一角で、私は大学時代の先輩・アキさんとランチしていた。

アキさんに婚活再開への意気込みを告げてから、あっという間に半月が過ぎた。この間に4人と会ったものの、週末に会った裕也も含め、「もう一度会いたい」と思える人には出会えていない。

「あのね…本当にくだらないことなんですけど、裕也さんの元カノのことが引っかかっちゃって…」

「へぇ、どんな元カノだったの?」

私はおずおずと答える。

「…見た目がフワフワして女の子っぽいマカロン女に、颯太くんを略奪されたの覚えてますか?その女性と同じタイプのような気がしたんです。裕也さんの元カノが」

「うん……」

アキさんはポカンとしている。



“マカロン女”。

今でも鮮明に思い出せる。マカロン店の紙袋をいくつもぶら下げたあの女が、颯太くんの腕に絡みついている後ろ姿を…。

かつて心底好きだった颯太くんを、その女に奪われて以来、見た目が華やかで、甘い雰囲気で男を惑わすあざとい女のことを私はそう呼んでいる。

社会人1年目の冬、颯太くんは会社の研修で1ヶ月ほどニューヨークに行った。

その際、タイムズスクエアのハードロックカフェで知り合ったという観光客の女に、かすめ取られるように彼を奪われたのだ。女は日本人の女子大生。ニューヨークには友達と旅行で来ていたらしい。

帰国してから様子のおかしい颯太くんを問いただすと、真面目な彼はすべてを白状した。

旅先での出来心にすぎないと考え、私は水に流してやり直したかった。でも、彼は遊びではなく、本気で彼女に惹かれていたのだ。たった1回の情事で。

本当にショックだった。それと、同時にこれまでの自分の生き方を否定されたような気持ちになる。

『いい大学に入れば、いい人と結婚できる』

母のその言葉を信じて、猛勉強して早稲田に入り颯太くんと出会った。ゆくゆくは静岡のお茶園を継ぐ颯太くんに相応しい女性になるために、付き合ってからだって頑張った。

彼のどんなキャリアプランも支えられるよう、在学中に様々な資格を取得した。さらに、それまで適当にやっていた家事の腕も磨き、茶道教室にも通ったし、クセ字を直すために習字を習い直すなどした。

それなのに、颯太くんの新しい彼女は、私より偏差値が低そうな女子大に通っているし、何の努力もせずに彼を手に入れたのだ。

なんでも地道に頑張って手に入れてきた私には、マカロン女の存在が受け入れられなかったし、強烈に羨ましくもあった。

当時、颯太くんも私も神楽坂で一人暮らしをしていたから、別れた後も二人が一緒に歩いているところを何度も見かけた。3年も付き合った彼が他の女と仲睦まじく歩いているところを見るのがつらくて、私は水天宮前に引っ越したのだった。

それ以来、その類の女に私は拒否反応を示す。

「…でね、裕也さんの元カノがね、食事会で知り合って猛アタックされたから、当時の彼女と別れてまで付き合ったらしいんですけど、ある日突然音信不通になって。裕也さんは、結婚も考えてたからすごくショックを受けたって言ってました」

裕也から詳細を聞く限り、彼の元カノは私の嫌いなマカロン女そのものだ、と思う。

過去もそんな女に出し抜かれてつらい思いをしたのに、またしてもそんなマカロン戦法にかかった男と結婚を見据えて付き合えるかというと…正直いって、怯んでしまった。

「それが夏希の結婚観になんの影響があるの?その自由奔放なマカロンのお古が嫌ってこと?」

私はぐっと詰まる。

身もふたもない言い方をすれば、そうなってしまう。

「それもありますけど…裕也さん自身、その元カノを吹っ切れてなさそうで。そのあとの食事中ずっと暗くて、なんだかいたたまれなくなっちゃいました」

説明するもむなしく、私のとってつけたような言い訳はお見通しだと言わんばかりの表情のアキさん。そして、深いため息をつく。

「夏希さ、前もこういうことあったよね。アポの相手の元カノが気になってとかさ。気持ちはわかるけど、もうアラサーなんだし、人の過去は変えられないんだから、相手の過去も含めて受け入れていくことも大事だと思うよ」

アキさんの正論に、私は言葉も出なかった。彼女が言う通り、実は以前にもこういうことがあった。だから頭ではわかってる、相手の過去を気にしたってなにひとついいことないってこと。

思わず考え込んでいると、アキさんは少し笑って付け加えた。

「まあどっちにしろ、初回からそんな雰囲気になっちゃったのは取り戻せないし、今回は縁がなかったって思うことね。でも、学生時代のトラウマに固執して未来を棒に振るなんて、せっかくこんなに頑張ってるのにもったいないじゃない」

「相手の過去も含めて受け入れる…そうですよね。私、自分の過去さえ自分で受け入れていないのかもしれません…」

情けないような申し訳ないような気持ちで、すっかり氷のとけたアイスティーをストローでくるくる回していると、アキさんの背後にいた男性客が食事を終えて立ち上がった。

彼の黒縁メガネが、昨日アプリでマッチングした人の写真を思い起こさせる。

「過去は過去。新しいアポのために、気を取り直してがんばります」

急に気合いが入って宣言すると、アキさんは「うん!その調子、婚活の足を止めないでね」と優しく言った。次に向けた戦略を話しながら、ランチタイムはあっという間に過ぎていった。

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