「やめるときも、すこやかなるときも、あなたを愛する」と誓ったはずなのに…。

“やめるとき”は、愛せないのが現実。

思い描いていた結婚生活とは程遠く、二人の間に徐々に生じ始める不協和音。

「こんなはずじゃなかった」と不満が募ったとき、そもそも「この結婚、間違ってた?」とふりかえる。

あなただったら、この結婚生活やめる?それとも…?

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Vol.13 早く結婚しすぎた男(後編)


【今週の夫婦・結婚6年目】
夫:雄太(32)広告代理店勤務
妻:真奈美(30)専業主婦


「この度は、優斗が本当にすみませんでした」

私は頭を下げる。

上の息子が幼稚園で喧嘩をしてお互いに軽い怪我をしたので、相手の家に来ているのだ。

「いえいえ!先に手を出したのはうちの子の方だし、優斗くんのおでこ引っかいちゃったみたいで…大丈夫でしたか?」

そう。先に手を出したのは、相手の方だと先生も言っていた。

しかし、ここは大人な対応をしておいたほうが後々いいだろうと私は判断し、行動した。

『しろたえ』のシュークリームを手渡すと、相手の母親はさらに恐縮した。その姿にホッとする。

― よかった。いい人で。

私は息子二人を連れ、パーキングに停めた車へ向かい、ふぅっとため息をつく。

今から帰って夕飯を作ったら、遅くなってしまう。夫に嫌な顔をされるのを承知で、私はスーパーに寄り総菜を買うことにした。

外は小雨が降っていた。それに合わせたかのように、切ない失恋ソングが車内のスピーカーから流れてきた。雨の日にこの曲を聴くと、私は嫌でも思い出してしまう。

ヒロと別れたあの日のことを――。


夫が知らない、妻・真奈美の切ない過去とは…?

忘れられない人


夫と付き合う前、私には、北海道の帯広から一緒に上京してきたヒロという彼氏がいた。

中学3年のときから社会人1年目の夏まで、8年もの間付き合った人だ。私はヒロのことが大好きで、将来は彼と結婚するものだと思っていた。



ヒロが東京の大学に行きたいというので、私も親を説得し、上京することにした。

そして、第一志望の早稲田大学文学部に無事に合格する。彼も早稲田を受験したのだが失敗し、少しランクを落とした大学の経済学部へ進学した。

今思えば、それがヒロが浮気する原因になったのかもしれない。

晴れて2人で上京するという夢はかなったものの、1年の夏休みくらいから会う頻度は急激に低くなり、彼からの連絡が途絶えがちになっていったのだ。

1週間音信不通になったところで、ついに私は行動にでる。

怪しいと思ったタイミングで、無断で彼の家に押しかけたのだ。すると、部屋の中には見知らぬ女性がいた。

二人がすでに男女の関係であることは、空気感でわかってしまった。浮気相手は、女子大生。ブランド物を身に着け、気が強そうで、偏差値は高くなさそうに見えた。

― どうせ、遊びでしょ。

高校時代にもヒロに浮気されたことがあったが、そのときは私のところに戻ってきた。だからこのときも大丈夫だという確信があった。

結果、彼は私を選んだ。

ヒロは第一志望に落ちた自分が情けなくて、ヤケになって遊んでしまったと謝ってきた。彼は深く反省し、その事件をきっかけに私たちの絆はより強固なものとなった。

大学を卒業した後は、彼は不動産会社に、私は広告代理店に就職した。

― 社会人になったんだし、いつでも結婚できる。

新生活は、希望に満ち溢れていた。

長く付き合っている割には、高頻度で会っていたと思う。私たちに別れなど、訪れるはずがない……。そう信じて疑わなかった。

ゲリラ豪雨が頻繁に発生していた、社会人1年目のあの夏の日までは――。



その日、私たちは彼の部屋で宅配ピザを待っていた。

「雨だから遅いね」

30分で届くはずのピザは、大幅に遅れている。

「真奈美…ごめん」

ヒロが真剣な表情で謝ってきたので驚いた。

「えっ?なんで謝るの。私も食べたかったし、この豪雨なら仕方ないよ」

私は、明るく言った。

しかし、彼の表情は暗いまま。そして次の彼の一言で、私は一気に青ざめた。

「ごめん。真奈美とはもう一緒にはいられない」

「なんで?急にどうしたのよ」

ヒロは姿勢を正し、正座になる。

「急にというわけでもないんだ。真奈美のことは、家族みたいに大切だよ。でも…」

「でも、なんなの?」

私は自分の鼓動が速くなり、冷や汗が出るのを感じた。

「でも、もう女性として見ることができないんだ。そんな気持ちのまま一緒にいるのは失礼だと思う。だから別れてほしい」

私は、最後まで聞かずに家を飛び出した。

そこからどうやって帰ったのか、覚えていない。

気づけば自分のベッドで横になっていて、イヤホンからは同じ曲が永遠にリピートされていた。

一生立ち直れないのではないかと思うくらい、何日も泣き続けた。

それでも「真奈美ごめんね〜」といつかヒロが戻ってくることを、心の片隅で期待していた。


失恋した真奈美がショックからとった、とんでもない行動って…?

努力を怠った結果


その頃、雄太に好意を寄せたのは、とにかく淋しさを埋めてくれる誰かが欲しかったからだと思う。

仕事ができる先輩で、顔もかっこよく、優しい。私の教育係だったこともあり、すぐに距離が縮まった。

私は、雄太に好かれるために学生時代は純朴な貧乏学生で、バイトに明け暮れていたから彼氏さえいなかったと嘘をついた。

彼は、色々な世界を私に見せてくれた。オシャレな店でのデート、車での遠出や高価なプレゼント…。


学生時代から派手な方ではなく、社会人になってからも華やかな世界から遠いところにいた私は、雄太に夢中になりつつあった。

だが、どんなに楽しい時間を雄太と過ごしていても、心のどこかではヒロからの連絡をいつも待っていた。

それなのに…私と別れた直後に、ヒロは他の人と結婚した。

同級生から聞かされたとき、目の前が真っ暗になった。話を聞くと、授かり婚だとか。

この時の感情は、今でもはっきりと思い出せる。

喪失感、悲しみ、切なさ、怒り…そういうものがゴチャ混ぜに押し寄せたから。

ヒロの結婚が発覚してから数日経ったある日、私は泣きながら「生理が来ない」と雄太に言ってみた。

試したのだ。

私のことを本気で好きなのかを。それに、私も早く結婚して、ヒロを見返したかった。

雄太は、すぐに結婚しようと言ってくれた。

その時は、嬉しいというよりも、これでやっとヒロから卒業できるかもしれない、という気持ちの方が大きかった。



「おかえり。今日、優斗が幼稚園でケガしちゃって…ごはん、スーパーの総菜なのごめんね」

家に帰り、今日あったことを雄太に伝えたが、彼は適当に返事をしてお風呂に向かう。そして、テーブルに並んでいる総菜をみて、いかにも残念そうな顔をした。

でも、私はこんなことで目くじらを立てたりしない。

夫婦なんて、どこもこんなものだろうと思っているし、私が人生で一番愛した人は、夫ではなく長い時間を共に過ごしたヒロだ。

その証拠に、私は夫の前で女であることを諦めている。

家では、基本的にはすっぴんだし、楽な服ばかり着ている。特別オシャレして出かける機会もない。スキンケアはドラッグストアで買ったもので十分だ。



世の中には、結婚して子どもができても、綺麗にしている人がゴマンといるのは知っている。

だけど、メイクやファッションを頑張っても、頑張らなくても、私は雄太の妻。無駄な努力をしなくても、私たちは法律で縛られた夫婦なのだ。

その日の夜―。

大好きなお笑い芸人が出ている番組そっちのけで、夫がスマホに夢中になっていた。気づかれないようにソファの後ろから覗くと、誰かとLINEをしているようだった。

やりとりの内容まではわからなかったが、アイコンは綺麗な女の人だった。

それを見た瞬間、ズキッと胸に痛みが走った。

― あれ、おかしいな…。

夫のことは一番好きな人ではない。だから傷つかないと思っていた。なのに、私の胸は息ができないほど、苦しくなった。

子どもを寝かせるために、一度リビングを離れたものの、あの時――ヒロに別れを告げられた時と同じくらいの恐怖が襲ってきた。

30代になり、しかも既婚者という余裕を持ち合わせた夫は、昔よりモテるのかもしれない。

― そういえば、最後に抱かれたのって…いつだっけ?

思い出せないほど前であることはたしかだ。それどころか、最近はキスさえしていない。そのことにもっと危機感を覚えるべきだった。



ベッドに入った後も、私は一人で悶々としていた。

しかし、今ここで相手の女性について夫に問いただす勇気はない。

夫に対して良い妻だったか?と聞かれたら、間違いなくノーだ。

私は雄太との関係にあぐらをかき、女としての努力を怠っていた。ヒロと結婚できなかったから、仕方なく選んだ結婚なのだと思い込んでいた。

だけど、今はっきりとわかる。

私は夫をちゃんと愛していた。そのことに目を背けていたのだ。仕事を辞め、人生に特に目標もなく、毎日ノーメイクのTシャツの女に誰が魅力を感じるのだろう。

妻のポジションだからといって、一生愛されることを保証されているわけではないのだ。

そのことは元彼にフラれた時に学んだはずなのに、私は成長していなかった。

― もう一度、夫に女として愛されたい。

私は、勇気を振り絞り、夫の背中に後ろからそっと寄り添った。

夫は一瞬ビクッとしたが、嫌がってはいないようだ。そのまま彼の温もりを感じながら、目を閉じた。

明日は、早起きしてメイクしワンピースを来て、少し豪華な朝食を作ることにした。

私は、変わらなければならない。夫が私以外の人を見てしまう前に…。


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