29歳。

それは、女にとっての変革の時。

「かわいい」だけで頂点に君臨できた女のヒエラルキーに、革命が起きる時──

恋愛市場で思うがままに勝利してきた梨香子は、29歳の今、それを痛感することになる。

ずっと見下していた女に、まさか追いつかれる日が来るなんて。

追い越される日が来るなんて。

◆これまでのあらすじ

絢から、豪と付き合いはじめたという報告をされたのち、更に「梨香子を見返すために、今まで努力してきた」と告白される。その翌日には、光平にフラれてしまう。自棄になった梨香子は片っ端から男に連絡し…

▶前回:超ハイスペック男子を捕まえた女が隠し続けていた、知られざる衝撃の過去



お気に入りのCalvin Kleinのワンピースを着て、鏡の前で軽くポージングしてみる。どんなに天気が悪くても、失恋していても、イケている自分を見ると不思議と元気がでてくる。

今日はこれから久々のデートだ。

豪さんが絢と付き合い始めたと知り、その翌日に光平にフラれた。最悪な事態がたて続けに起こっても、私はめげずに昔アプローチしてくれていた男性に片っ端からLINEした。

そして、やっぱり私はまだまだ捨てたもんじゃないと思った。かなりの打率だったから。

今週1週間、私からの連絡がきっかけで決まったデートで予定はパンパン。

自分のへこたれない精神力を自画自賛しながら、私は仕上げにMiss Diorの香水を振りかける。

来月は30歳の誕生日がある。それまでに、イイ感じの人を作ることが取り急ぎの目標だ。

気持ちを切り替え、新たな目標に向かって意気揚々と家を出たこのときの私は知らなかった。

外で待ち受けている残酷な現実を…。


梨香子は気持ちを新たに、新しい男性を探しにデートへ繰り出すが…

「乾杯〜♪」

シャンパングラスがカチャっと小気味良い音を立てた。

グラスの中でシュワシュワと泡が立ち上るその後ろに、ジェルでバキバキに決めたツーブロックの男が透けて見える。

「ぷはーっ。頑張って働いたあとにかわいい子と飲むお酒ほどおいしいものはないよね」

必要以上にギラっとした表情をこちらに向ける男は、どこかの国立大学のラグビー部から外資系保険会社へ入社し、営業マンとして働いているという。

東南アジア系を彷彿させる濃い顔は全く好みじゃないけれど、推定年収などもろもろ鑑みるに、現時点で切るべきではないだろうと判断した。

いつぞやの食事会で出会ってから定期的に食事に誘われており、ようやく応じたという次第だ。

「大輔さん、お仕事お忙しいじゃないですか?」
「めちゃくちゃ忙しいけど、俺仕事が大好きだから、毎日幸せだよ!!」

顔面だけではなく、中身まで暑苦しい。

「そうなんですね〜」

それなりに楽しくその場をやり過ごしていたのだが、私は何か勘違いをしていたのかもしれない。

それは、お会計を終えたあとのこと。

「ご馳走様でした〜」
「この後、俺んち来る?」
「…え?」
「この後、俺んち来る?」
「いや…、ちょっと今日はやめておきます」

彼は私を本命視していたのだと勝手に思い込んでいた。けれど、私の断り文句に急に機嫌を損ねた様子をみるに、そうではないらしい。

「では、また」と足早にその場を後にした私に、彼がまた連絡をよこすことはなかった。



それだけじゃない。

その後も何件もデートをこなしていったのだが、明らかに体目的な男、恋愛相談を持ち掛けてくる男、よくよく聞くと婚約者がいる男…。

散々な結果だった。

本気で私を狙ってくれていそうな男もいたけれど、いざ2人で食事をしてみたら、全然好きになれそうになかった。

― …うそでしょ。

30歳の誕生日を目前にして、私はようやく自覚したのだ。自分がモテなくなっているという事実に。

“かわいい”だけで通用する年齢は、もう終わりを迎えているのか…。

男性から頻繁に連絡がきてモテていると思っていたが、その内訳の変化に今まで気づかなかった。自分が良いと思える男性から本命視されなければ、モテることになんの意味もない。

結局、予定していたデートを一通りこなしたというのに何の収穫もなかった。

どれ一つとして、次につながらない。どうしようもない脱力感と疲労感を覚えながらとぼとぼと帰路についていた、そのとき。

向かいから颯爽と歩く女が目に入った。

― 絢だ。

向こうが豪さんと一緒じゃなかったことが不幸中の幸い。だけど、こんなときに絶対に顔を合わせたくない。そう思ったときには遅かった。

「…梨香子、どうしたの?」

すぐさま私に気が付いた絢は、心配そうにこちらを覗き込んできた。

できればコミュニケーションを取りたくないと思っていたはずなのに…。絢に優しい声を掛けられると、つい涙がこぼれ落ちそうになった。


梨香子がついに、絢に本音を打ち明ける。

絢の部屋には、本当にものがなかった。引っ越してきて間もないということもあるだろうけれど、シンプルにモノトーンで統一されたその部屋はモデルルームみたいだった。

「はい、どうぞ」

絢はグラスにペリエをゆっくり注いでくれた。間接照明で照らされた部屋は、自分と同じマンションの中とは思えないほど洗礼されていて、居心地が良い。

「どうしたん?」

嫌に深刻そうにするわけでもなく、だけど私を労わるような、絶妙な温度感で絢は言った。スーツから部屋着に着替えた絢は、バランスボールに乗りながら私が話し始めるのを待っている。

「ちょっと絢、私の話聞く気あるの〜?」

絢がポヨンポヨン上下に揺れながら真顔で私をみつめるものだから、思わず笑ってしまった。

「これでもいい運動になるんだよ〜?最近、なかなか体重落ちないから大変なのよ…」

そう言いながら更に電気バリブラシを引っ張り出し、バランスボールに乗りながら、器用に顔の手入れも始めた。

初めて垣間見る、絢の日常。私から見たら、美しくなるためにかなり努力をしているように見える。けれど、絢は涼しい顔をたたえたまま。これは彼女にとっては努力のうちにすら入らない、日常のルーティーンなのだろうか。

そう思うと、急に焦燥感のようなものにかられ、心がチクリと痛んだ。ずっと下に見ていた絢が、私の欲しかったものを…豪さんを手に入れた理由が、嫌でも腑に落ちた気がしてしまった。

「…なんか、私どっかで人生間違ったかも」

絢に弱音を吐いたのは、間違いなく初めてだった。絢だけにじゃない。他の友人や恋人にですら、弱音を吐くと言うことが実は苦手だったのかもしれない。

「何でそう思ったの?」
「私、前よりモテなくなった」

少しの間があって、絢はどっと笑いはじめた。

「ちょっと、そんなおかしい?」
「ごめんごめん、…でも、悩みってそれ?」
「だって私、結婚して専業主婦になりたいの。だからモテなくなったって、結構致命的なの…」

光平と別れたこと、ついさっきまでの散々だったデートの数々を打ち明けた。すると、絢は不思議そうな表情でこう言った。

「専業主婦になりたいっていうのと、モテるかどうかって、直接関係なくない?」
「まあ、そうなんだけどさ…」

モテる方が、自分がいいと思った男性とうまくいく確率は上がる気がする。それに、やっぱり嬉しい。

でも、絢の言う通りだ。別にモテるから幸せな結婚ができるわけでもないということは、周囲を見ていてよくわかる。

「ねえ、絢はモテたいって思わないの?」
「…うぅ〜ん。モテたら嬉しいけど、…それより嬉しいことってたくさんあるから、積極的にモテたい!とはもう思わないかな〜」
「それより嬉しいこと?」
「やっぱり私、仕事がすごく好きなんだよね。だから、仕事で頑張って成果を出すほうが、モテるより嬉しい。だから恋愛はしなくていいっていうワケじゃないけどね」

恋愛以外に自己肯定感を上げる手段を持つ女は、この歳になると強いのかもしれない。そして、そんな自立した姿に豪さんは惹かれたのだろうか。

「私も、恋愛以外に何か見つけたようかな…」

ボソリとつぶやく私をよそに絢は冷蔵庫へと席を立つ。そして、おもむろにシャンパンボトルをかかげてこちらを覗き込んだ。

「飲んじゃう?」

悪戯っぽい笑顔にこちらまでつられてしまう。

「飲む!」



それから、私たちは夜更けすぎまで話し込んだ。

絢の整形後のダウンタイム中の写真を見て笑って、私の過去の恋愛の失敗談を披露し合い、昔話をして懐かしんだ。

絢からの思わぬ告白があったから、私は自分の弱みを見せることができたのかもしれない。お互いの弱みを知っている私たちは、不思議と何でも話せた。


不思議と打ち解けた2人。絢と別れたあと、梨香子は…

「じゃ、またね」
「うん、またすぐ遊びにくる」

変に慰めてくれることもなければ、優しくされることもなかった。けれど、2人で笑い合った時間は、思いがけず最高の癒しとなったみたいだった。

絢の部屋を出て、エレベーターで6階まで降りる。

ついこの前まで、絢が自分より上の階に住んでいることにすら苛立ちを覚えていたのに、今はすぐそばに彼女がいることが安心材料に思える。

この広いようで狭い東京で、心を許せる人間が近くにいるという安心感が嬉しかった。



自分の部屋に戻り、物が溢れた自分の部屋に少しテンションが下がった。スマホをチェックするも、男性からの連絡は1件もない。

30歳の誕生日まで、あと2週間。

なかなか絶望的な状況に、思わず笑ってしまう。

仕事だけに没頭している絢みたいな女性を、いつのまにかモテない女としてカテゴライズしていた。いつぞやに出会った茉美さんもそうだ。

けれど、徐々にその立場は…ヒエラルキーは、逆転していた。

“モテ”に執着するあまり、型にはまったつまらない女になってしまった結果、モテなくなってしまっていたという皮肉。

<梨香子:再来週さ、私、誕生日なの!もしまだ彼氏できてなかったら祝ってよ!(笑)>
<Aya:あと2週間でできるわけないじゃん。(笑)誕生日を祝うのはいいけど、高くつくよ?>

散らかった部屋の真ん中で、別れたばかりの絢にLINEを送る。

― …それでも、…まぁ、絢が豪さんと付き合えたなら、きっと私はもっといい男捕まえられるでしょ。

絢と過ごした時間にすっかり癒され、さっきまでの弱気はどこ吹く風。今は本気でそんな風に思えた。

<梨香子:でもそのうち、豪さんよりもっといい男捕まえるからねっ!>
<Aya:30歳のうちになんとかしなよ>
<梨香子:うわ、また他人事。見ててよ>

絢は私より格下の女。絢は常に私に憧れていて欲しい。絢より私の方がモテる。

ずっとそう思っていたし、正直今でもそうあって欲しいと思っている。豪さんを取られたことが悔しいという気持ちは消えていない。

だけど、そんな風に思っていたはずの彼女と一緒に笑いあえた時間がどうしようもなく楽しくて、ついさっきまで男のことで悩んでいたことが嘘みたいに思える。そんな自分の変化が面白かった。

また、いつか絢を憎く思うことがあるのだろうか。いや、今度は絢を慰める日がくるのだろうか。

女の友情は男が絡むと不安定になりやすい。自分のつい先日までの心境がそれを物語る。

…それでも、今の私は間違いなく、絢という存在を心強く思っている。

そして、そんな絢に感化されたのだろうか、私は無意識に散らかった部屋を片付け始めていた。

クローゼットに山盛りになった服たちを引っ張り出し、とくに好きでもない“モテそう”という基準だけで選んだ服たちをゴミ袋に躊躇なく入れた。

断捨離という行為は、とても清々しい気分になるものだということを初めて知った。

これから自分はどんな服を着ていくのだろうか。どんな新しい趣味を見つけるのだろうか。

また血迷って、“モテ”に走ってしまったりする?…でも、それでもいいかもしれない。そのときは、また絢に話を聞いてもらうか、自分1人でどうにか立ち直れるようになっていたい。

パステルカラーの勝負デート服をどんどんゴミ袋に詰め込んでいくほど、不思議と心が軽くなっていった。

ー 私って、どんな服が好きだったんだっけ?どんなメイクが、本当に私に似合うんだろう?

30歳目前。29歳の最後。

心が、今までと違った道を歩もうとしている。

どんなにイケてる男との出会いよりも…今は、新しい自分に出会いたいのかも。

そう思うとワクワクするような気持ちが押し寄せてきて、30歳になるのもそんなに悪くないことのように思えた。


Fin.


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