キャリアが欲しい。名声を得たい。今よりもっとレベルアップしたい。

尽きることのない欲望は、競争の激しい外資系企業のオンナたちに必要不可欠なもの。

しかし、ひとつ扱いを間違えると身を滅ぼしかねないのも、また欲望の持つ一面なのだ。

貪欲に高みを目指す、ハイスペックな外資系オンナたち。

その強さと、身を灼くほどの上昇志向を、あなたは今日目撃する──

▶前回:「私って、お荷物…?」二流大学を出たのに、外資系IT企業の役員になれた女。その悲惨すぎる待遇とは



File3. 舞(29)外資系メーカー マーケティング職
「私より有能で尊敬できる男とじゃないと付き合えない!」


「俺、今日は早朝からUSとテレカンで、ホントもう眠いんだよね」

「来週の経営会議資料なんだけど、俺のボスの執行役員ってUKの人だから、レビューも時差があって大変でさ」

― だから何なの。それ自慢のつもり?

同世代の自称ハイスペ男子たちが繰り広げる、「周りに求められる有能なオレ」自慢。そんな自慢を聞くたびに、舞は心の中でこう毒づく癖がついていた。

早稲田大学卒、新卒で外資系メーカーのマーケティング職。

留学経験はないものの、持ち前の真面目さをもって独学でビジネス英語をマスターし、順調にキャリアを重ねて年収は1,200万円。

それでいて華奢で可愛らしい顔立ちの舞は、パッと見は「ザ・モテ女」に見える。

だが、容姿もキャリアも年収も、何もかも手に入れたかのように見える舞にも、唯一のコンプレックスがあった。

それは…男性との交際が、半年以上続いたことがないということだ。

努力家で負けず嫌いなのが災いし、すぐに男性と張り合ってしまう。就職してキャリアを順調に形成してきてからは、その悪いクセはどんどん悪化していた。

― だって、仕方ないじゃない。自分以上に有能な、尊敬できる人でないと付き合えないもの。

そう割り切ってはきたものの、だからといって独身を貫く覚悟ができているわけではない。

― キャリアも年収も同年代の誰よりも負けていない。外見だってかなりいいほうなのに。尊敬できる有能な彼氏さえできれば、私は完璧なのに…。


恋愛がうまくいかないハイスペ女に、ついに訪れた恋とは


だが、そんな舞にもついに春が訪れた。

休日の朝、『オーバカナル紀尾井町』に親友の紗和を呼び出したのも、溢れ出てとまらないノロケ話を聞いてもらうためだった。

「紗和が開いてくれた食事会、本当に感謝しているの!あんなに素敵な人と出会えるなんて思わなかったわ。キャリアも経験もずっと上の彼と話していると本当に勉強になるし、何よりスマートで大人だし…彼といると自分のレベルが上がるのを感じるの!」

浮かれて話しつづける舞を前に、紗和も嬉しそうに「はいはい」と相槌を打つ。

「あんな素敵な人」というのは、舞が先月から付き合い始めることになった彼氏。紗和がセッティングしてくれた食事会で出会った、修司のことだ。

舞より7歳上の35歳。外資系コンサルのディレクター職に就く修二の年収は、2,500万円以上はあるはずだ。
USの大学出身で英語もネイティブレベル。ランニングが趣味で引き締まった体と高身長。そんな「超優良物件」の修司は、「自分より上の男」をずっと探し求めていた舞にとって、まさに理想の男性だった。

食事会の後なりふり構わず猛アタックをする舞に、紗和は最初は呆れ気味だったものの、付き合うことができたと報告した時にはとても喜んでくれた。

今日もこうしてノロケる舞を相手に、ニコニコと微笑んでくれている。



「本当に修司さんのことが好きなのね。何だか舞が可愛く思えちゃう。それでそれで?最近はどんなデートをしてるの?」

「聞いてくれる!?私と修司さんって本当に相性ぴったりで、こんどこそ絶対長く付き合えると思うの!」

大学時代からの付き合いで、舞の長所も欠点もよく理解してくれる穏やかな紗和は、舞にとっては同い年でありながら姉のような存在だ。

いつも交際が続かない舞のコンプレックスもよくよく知っている紗和に、安心してほしい。

そう常々思っていた舞は、修司との付き合い方についてくわしく紗和に説明を始めた。

「修司さんってね、いつも私のことを頼ってくれるの!『A社にパスあったら紹介してくれないかな?』とか、『今度重要なクライアントと会食なんだけど、お鮨のいいお店予約しておいてくれない?』とか、なんでも相談してくれて…。

尊敬する彼に頼られるのが嬉しくて、ついつい頑張っちゃうの。この間は、なかなか予約が取れない『日本橋蛎殻町すぎた』の予約が取りたいって言うから、頑張って毎日電話かけてやっと予約できたんだけど、クライアントも喜んでくれたって褒められちゃった!」

自分が尊敬できるハイスペ男子と付き合えていることに喜びを感じる舞は、修司に呼ばれたらすぐにマンションに向かい、週末には食事の材料も買って持って行き手料理も振舞った。

そして何より、修司から何かお願いごとをされるたびに、舞は尊敬する修司の役に立てる喜びを感じるのだった。

しかし…。

楽しげに話す舞の顔とは対照的に、紗和の表情はみるみると曇っていく。

その様子を疑問に感じた舞は、首を傾げながら紗和に尋ねた。

「紗和、どうしたの?もっと一緒に喜んでよ〜!」


親友の顔が曇っていった、その理由は…?


舞のはしゃぎっぷりに、紗和は一呼吸置いて、苦笑しながらこう言った

「舞が幸せそうで、私も嬉しい。でもなんだか……まるで、尊敬する上司について語っているみたいよ」

神妙な顔でそう語りかける紗和に、舞は目をキラキラと輝かせながらうなずく。

「たしかに!私、今までで出会った男性の中で、修司さんのことを一番尊敬してるもの。あーあ、私の無能な上司がいなくなって、本当に修司さんが上司になればいいのに〜!」

久々の恋愛に浮かれきっていた舞は、そういっておどけて見せた。この時の舞は、紗和の言った言葉の意味を全く理解していなかったのだった。



それから3ヶ月が過ぎようとしていたある日。

朝からオフィスで次の広告の企画書作りをしていた舞は、オープンスペースでコーヒーを片手に一息ついていた。

― ふう…少し休憩でもしますか。

のんびりとソファでくつろいでいると、周囲の会話が否が応でも耳に入ってくる。

オフィスで飛び交う、何気ない会話。このとき舞の耳に飛び込んできたのは、近くにいた1人のエグゼクティブと、そのアシスタントのやり取りだった。

「この記事、要約を書いてくれないかな」

「承知いたしました。いつまでにご入用ですか?」

「明日10時からのクライアントミーティングで使いたいんだ。メンバーも今手一杯で、他に頼める人いなくて。あぁ、あと、商談中のクライアントと会食するんだけど、オススメのお店あったら教えてくれないかな。できれば和食で」

「パレスホテルの『和田倉』はいかがでしょうか。もちろん個室で手配できます」

なんの変哲もない上司と部下の会話を耳にしながら、舞はコーヒーをすすって考える。

― あのアシスタント、先日は定時直前に頼まれた資料の英訳のために遅くまで残業していたっけ。よくもまぁ、あんなに働くわね…。

アシスタントを半分見下しながら、ぼんやりとその様子を見つめていた、そのとき。

舞はふと、あることに気がついた。

ゆっくりとひざの上へと下ろしてきたコーヒーの黒い水面に、自分の顔が映り込んでいる。

― あれ?私…。こんな会話、最近したような気がする…?



エグゼクティブとアシスタントの、ビジネスライクなやり取り。

その内容が、日頃から修司と舞の間で繰り広げられる会話とまるで同じであることに、舞はたったいま気がついてしまったのだった。

よく考えると、付き合って3ヶ月経つというのに、修司から「可愛いね」「頑張り屋だね」と言われることはあっても、「好き」という言葉を聞いたことはなかった。

しかし、それは舞も同じことだった。

― 私、修司さんに「好き」って伝えたことある?尊敬の気持ちはあっても、修司さんにドキドキしたり、ときめいたことって、本当にある…?

自分より有能で、高収入で、尊敬できる男。

彼氏である修司のことを想う時、頭に浮かぶのはそんなスペックばかりだ。

― 修司さんって、私のことちゃんと好きなのかな。そして、私も…修司さんのことが好きなのかな?

ふと脳裏に、紗和の言葉が浮かぶ。

『まるで、尊敬する上司について語っているみたい』

舞が恋愛下手で男性経験が少ないことも、時に必要以上に頑張ってしまうことも、砂羽は知っている。だからこそ、砂羽はやんわりと舞にブレーキをかけてくれようとしていたのかもしれなかった。

その時、舞のスマホに1通のLINE通知が来た。

送り主は、S.kanoh…修司だ。

あまりのタイミングの良さに驚きながらも、舞はそっとスマホを確認する。

<S.kanoh:舞ちゃん、今度ゴルフが好きなクライアントに何か送りたいんだけど…>

冒頭だけ確認した舞はすぐにスマホの電源を切ると、目の前のコーヒーテーブルに乱暴に置き、大きなため息をついた。

また、何かを舞にお願いしようとしている修司。

今までの舞なら、喜んですぐに返信していただろう。しかし今の舞には、不思議なくらいすっかりその気力がなくなってしまっていた。

― やっぱり、彼氏になる男性は尊敬できなくちゃダメ。でも…尊敬と恋愛って、別物なのかな。

仕事と恋愛とで「尊敬する男性」を履き違えていたことに気が付いた舞は、自分の中で修司への気持ちが急激に冷めていくのを感じていた。

「今度は4ヶ月かぁ。久しぶりに紗和に、ノロケじゃなくてグチを聞いてもらわなきゃ」

そう小さく呟くと、舞はすっかり冷え切ってしまったコーヒーを一気に飲み干し、激務の待ち構えるデスクへと戻っていくのだった。


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