平日は全力で働き、週末は恋人と甘い時間を過ごす。

それが東京で生きる女たちの姿だろう。

でも恋人と、“週末”に会えないとわかると

「いったい何をしているの?」と疑心暗鬼になる女たち。

これは、土日に会えない男と、そんな男に恋した女のストーリー。

◆これまでのあらすじ

IT会社でアプリをプロデュースする笹本美加(28)は、土日に会えない男=脚本家の釘宮海斗(32)と恋に落ちた。

だが二人の出会いは、会社の先輩・沙希が仕組んだものだと判明して…。

▶前回:「LINEだと履歴が残るから…」2年半の秘密の関係を清算するため、女がとった最低な行動



6th week 「恐怖」

―月曜日―


出社したくない。

それが美加の正直な気持ちだ。

出社すれば、沙希と顔を合わせてしまう。

しかし、今日は上司との対面ミーティングがあるから、美加は出勤しなければならない。

『助けて。とんでもないことになった』

日菜子にLINEをして、足取りが重いまま家を出る。

『大丈夫?明日の夜、話を聞くよ』

会社に到着する頃、日菜子から返信が来る。さすが親友だ。日菜子のカレシの件でトラブルが起きたが、もう完全に乗り越えた。

が、足取りは依然として重たいまま。

おそるおそるオフィスへ向かうと、隣席の沙希はすでに出社していた。何食わぬ顔でキーボードを打っている。

― 信じられない…。昨日、あんなことがあったのに、どうして普通にしていられるの…!?

美加は避難するように人目につきにくいミーティングブースへ行き、ノートPCを広げた。

― なんで私が逃げないといけないの…?これじゃ私が悪いことしたみたいじゃない…。

何度も自問する。が、美加はどうしても、沙希の前に堂々と姿をみせることができなかった。

日曜日の一件があってもなお平然としている沙希に、恐怖を覚えていたのだ。


その“日曜”に何があったのか?

―火曜日―


「えっ…ウソでしょ…」

17時。目黒駅近くのカフェで、日菜子はそう言ったきり絶句している。

「ウソじゃない…。海斗さんと沙希さんは、2年以上も男女の関係にあったの…」

美加は 日曜日に起きた“惨劇”を伝えた。

「沙希さんに呼び出されて麻布十番に行ったら、そこに海斗さんもいて…二人の関係を説明されたの…」

取材で知り合った海斗と沙希が、2年半近く男女の関係にあったこと。それは正式なカレシ・カノジョの関係ではなかったこと。

沙希に正式なカレシができて、二人の関係は終わったこと。

美加と海斗は、沙希とそのカレシが同棲する家でのパーティーで知り合った。でも、それは沙希が仕組んだ“出会い”だったこと。

「沙希さんは、自分が飽きた海斗さんを、私に押し付けたの。沙希さん本人がそう言ってたわ」

「…信じられない…」と日菜子は長い髪をかき上げながら、深いため息をついた。

信じられない。まさに、その一言に尽きる。

沙希は先輩だが年齢も近いため、プライベートでも仲が良い。海斗のことだって相談していたし、そのつど的確なアドバイスをしてくれる。

そんな沙希が、海斗と2年以上も男女関係にあったなんて…。

一体どんなつもりでアドバイスしていたのか、考えるだけでも美加はゾッとする。

「…それで、海斗さんの反応は?」

日菜子に問われて、美加は答える。

「沙希さんとの関係は事実だけど。私とのことは、あの人とは関係ないってハッキリ言ってたけど…」

「…そういう問題じゃないよね?」

「うん。そういう問題じゃない」

日菜子が気持ちを汲んでくれるので、美加もぽろぽろと本音が出てしまう。

「百歩譲って過去のことだから仕方ないとしても、せめて海斗さんの口から聞きたかった」

「でも、どうして沙希さんは、わざわざ美加を呼び出して、過去を暴露したの?」

もっともな質問を日菜子が口にする。

「そこが一番腹が立つの」

美加の声は大きくなった。

「沙希さんは、やっぱり海斗さんとやり直したいって言ってたわ」

さすがにそれはできないと、海斗は前にも沙希を説得していたらしいが…。

「もしかして…。私が骨董通りで見かけた、海斗さんと謎の女って…」と日菜子がハッとした表情となる。

「沙希さんだと思う」

「…マジかよ…」

日菜子は心の底から本音が漏れるとき、口が悪くなることがある。今のがまさにそれだ。

「沙希さんは『やっぱり、釘宮くんとやり直したい。諦めないから』って宣言するために、私たちを呼び出したの」

美加は、日曜日の出来事を、事実は事実として、感情を入れずになるべく淡々と伝えようと努めた。

が、日菜子に無言でハンカチを差し出されて、涙が溢れていることに初めて気づく。

その涙の理由は、悲しいからなのか、悔しいからなのか、美加自身もわからなかった。



―水曜日―


美加は、昨日に続いて出社せず、在宅ワークで一日を乗り切る。

仕事に没頭することが、直面している“絶望”から目を背ける唯一の手段だった。

実は日曜の夜に『話し合いできない?』と海斗からLINEが入っていたが、この日の夜になってようやく既読をつけることができた。

しかし返信するまでの気力は、まだない。


身の毛もよだつ恐怖体験が始まる…!?

―木曜日―


出社デー。

この日も美加は、沙希が隣席に陣取るデスクではなく、月曜日と同じミーティングブースでノートPCを広げる。

一息ついた直後…。

「あ、美加ちゃん、おはよう」

背後から声がして振り返ると、いつの間にか沙希がいた。

「…お、おはようございます…」

「デスクに来ないの?」

「きょ、今日は…ここで作業します…」

恐怖と怒りが入り混じった感情を必死に押し殺し、美加は笑ってみせた。

「無理やりに笑顔を作る必要ないのよ。じゃ、またあとでね」

軽く手を振って沙希は自分のデスクに戻っていく。

― 何も考えない!今は仕事に集中、集中…。

美加は、何度も心でそう唱えた。

でも、PCの画面を捉える視界が滲んでいく。涙があとからあとから溢れて出てくる。

周囲に悟られないよう何度も、何度も、何度も涙をぬぐった。

退社の時間になってオフィスを出たと同時に、美加は海斗へLINEをした。

『もう無理』

海斗からすぐに返事がきた。

『良かったら、今から美加さんの家に行くよ』

20時頃。海斗が家を訪ねてきたが、美加は心身ともに疲れ切っていた。

海斗が買ってきてくれたテイクアウトのカスタムサラダも食べることができないまま、話し合いもせずに、眠りについてしまう。



―金曜日―


美加は、午後からリモートミーティングがある。

だから「午前だけ」と時間を決めて、海斗と話し合うことにした。

「正直、俺にとっても“あの人”の行動は信じられない」

“あの人”とは沙希のことだ。あえて距離感を示す言い方は、海斗なりの優しさなのかもしれない。だが美加は腹が立つ。

― でも“あの人”とあなたは、2年以上も男女の関係だったんでしょ?

本心をぶつけたかったが、過去のことを問いただしても意味がないことはわかっている。だから、今は言わないことにした。

「今はもう、沙希さんとは何もないんだよね?」

「誓って何もない。今、俺は美加さんが好きで、美加さんと付き合っている」

海斗はきっぱり言う。

美加は内心で「そういえば私たち正式に付き合い始めったけ?『付き合ってください』とは言われたけど、断ったままだった気がする…」とは思ったが、この際、不問に付す。

日曜日に3人で会ったときも、海斗の態度は一貫していた。

いくら「元通りになりたい」と沙希が迫っても、海斗が拒否することは目に見えている。

「なんで、沙希さんは諦めないのかしら?」

「“あの人”の半生を聞いていると、なんだかんだで、自分の思い通りになってきたんだ。時には突飛な行動を取って、周りを動かしたりして…」

「よく知ってるね。さすが、3年も“あの人”と一緒にいただけはある」

思わず嫌味を言ってしまい、美加は瞬時に後悔する。

海斗は口をつぐんで顔を伏せて何も言わない。せめて「3年じゃなくて2年半だ」ぐらいは言い返してほしかった。

「たしかに私も一緒に仕事していて思う。沙希さんは自分の思い通りにするためには、どんなことだってやる人よ」

沙希と海斗を鉢合わせにしたことは沙希の作戦だ。その場で海斗との過去を暴露するのも作戦だ。

作戦の意図はわからないが、沙希の“攻撃”はすでに始まっている。

突然、スマホがバイブし、美加にLINEが届いた。

と同時に、海斗のスマホもバイブしLINEを受信した。

反射的に確認し、二人とも顔が青ざめる。

「そっちにも来てた?」

「うん、こっちにも来てる…」

美加に届いたLINEも、海斗に届いたLINEも、内容は同じだった。

送信元は、沙希だ。

『明日からの土日も、三人で会わない?』

身の毛がよだつ、とはこのことだ。

― 沙希さんは、次は何がしたいの?

美加は、理解ができなかった。動機が不明な突飛な行動は、ただただ相手を恐怖に陥れる。

午後になって仕事を始めても、美加はずっと怯えていた。


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週末も、美加、海斗そして沙希は一緒に過ごすことになる。ところが、三人の会合に意外な参加者が混じっていた?