ステイホームの時間が増えたいま、 東京にいる男女の生活は大きく変わった。

その中でも華やかな生活を送っていたインスタグラマーたちが、こぞって夢中になったのが「#おうち美容」。

外からも内からも自分と向き合い「美ごもり」生活を送った人々には、いったいどんな変化があったのだろうか?

1つのアイテムが、人生を変えることもある。

東京で「#美ごもり」生活を送る人々の姿を、覗いてみよう。

今回は揺らぐ女・杏奈(32)の話。

▶前回:結婚3年、ずっと愛され妻でいたいと願う女。ステイホームの期間でひと肌脱いだ結果…



未婚の自分に自信がない女・杏奈(32)


「杏奈、この前の人どうだったの?」

ある日曜の、昼下がり。学生時代からの友人・遙とカフェで話していると、突然そんなことを聞かれた。

なんだか気まずくて、私は思わず視線を落とす。

「うーん。…良かったけど、何か違うなぁと思って」
「違うって?」

そう聞きながら、もうすぐ8ヶ月になるノアちゃんが眠っているベビーカーを、遥がユラユラと揺らしている。

学生時代、私たちはいつも一緒にいた。卒業して同じような仕事に就き、同じように食事会を繰り返して普通の恋愛をしていたはずなのに、気がつけば遥は既婚・1児の母。

それなのに私は、未だに独身。もちろん子ナシ。結婚できる見込みさえもない。

「早く杏奈も結婚しなよ。いい加減、遊ぶのも飽きたでしょ?」

彼女の悪気ない一言が、チクリと胸に刺さる。

別に好きで独身でいるわけじゃない。当たり前にできると思っていた結婚ができないだけだ。


「どうして私が結婚できないの…?」普通の女子なのに結婚できない理由

「ただいまぁ」

学芸大学にある自宅に帰り、湯船につかりながらゆっくり考える。

家賃12万7千円のこの部屋に住んで、早5年。何度も引っ越しを考えたが「次に家を住み替えるときは結婚だ」と思っていたため、結局2回も更新してしまった。

大手保険会社勤務の32歳、千葉県出身。

大手企業に勤めるサラリーマン家庭に生まれ、明治学院大を卒業。すべてがそれなりに正解で、間違ってはいないはずだ。

街を歩けば声をかけられたりもするし、容姿も可愛い部類に入ると思う。仕事だって頑張っている。

自分でも、どうして私だけ結婚できないのか、明確な理由がわからない。だからこそ余計に辛いのだ。

「なんで私だけ…」

のぼせてきたせいだろうか。頭も気分もスッキリしない。

お風呂から上がり、洗面台に映る化粧を落とした自分の顔は、驚くほど質素だ。

「何としてでも、早めに結婚しないと…」

母親から呪文のように言われ続けている「ウエディングドレスが似合うのは若いうちだけ」という言葉が、脳内にこだました。




その翌週、13時過ぎのこと。私は遙の家へ遊びに出かけた。

「杏奈ちゃん、いらっしゃい」

遙の旦那様である拓也さんに笑顔で出迎えられ、持ってきた手土産を差し出す。

拓也さんと遙は、職場結婚だった。遙は出産を機に仕事を辞め、今や悠々自適な専業主婦。羨ましくないと言ったら嘘になる。

「杏奈ちゃん、最近はどうなの?」

遙が用意してくれた豪勢な料理を囲みながら、拓也さんにいろいろと詰められ返答に困る。

「はは、相変わらずって感じですかね」
「そうなんだ。なんでだろう?杏奈ちゃん可愛いし綺麗だし、性格もいいからすぐに結婚できそうなのにね」

拓也さんの言葉に、遙もキッチンから声を響かせる。

「でしょ〜?私も、仲間内で一番結婚が早いのは杏奈だと思ってたもん。意外だよね」

2人に悪気がないのは、わかっている。既婚者だからといって優位に立っているとは思っていないはずだ。

「杏奈が本気になれば、すぐに結婚なんてできるでしょ。拓也の周りに誰かいないの?」
「僕の周りは、もうみんな結婚しちゃってるからなぁ」

私のことを思って心配してくれているということも、わかっている。でも今は既婚者のお節介が鬱陶しかった。

結局その日は張り付いた笑顔でやり過ごし、帰宅する頃にはすっかり疲れ果ててしまったのだ。


意外に傷つく、既婚者の無自覚なマウンティングに…

結局3時間ほど滞在し、そろそろお暇しようと思いながら、洗面所で手を洗ったそのときだった。

自分の顔の覇気のなさに、驚いてしまったのだ。

「え?私って、こんな顔に色がなかったっけ…?」

昔はピンとハリがあって、自然に淡いピンク色をしており、チーク要らずだった頬。なのに今は少しこけて、色味は一切ない。

そして出かける前にリップを塗ったはずの唇にも、色がない。目の下もくすんでいる気がする。

しかも今日に限って、私は白のワンピースを選んでしまっていた。それは“ウエディングドレスが似合う年齢の呪縛”を、残酷なほど表しているようにも見えた。

「…どうしよう。マジで早く結婚しないと」

焦っていると、背後から泣き声が聞こえてきた。ノアちゃんが起きてしまったようだ。

「もう、また泣き止まない。どうしてだろう…。拓也、ちょっと抱っこしててよ」
「えー。僕、今お酒くさいかも」

そんなやり取りを見ながら、私はそそくさと帰り支度をする。

「拓也さん、遥。今日はお邪魔しました。またね」
「杏奈ごめんね、来てくれてありがとう」

遙が一生懸命ノアちゃんをあやしているけれど、泣き止む気配はない。

― 子育ては子育てで、大変だよね。

そう思いながら、遙の家を後にした。



「女の幸せって、なんなんだろう」

買いたいものがあったため、ドラッグストアへ寄ってから帰宅することにした。私は店に向かいながら、ぼんやり考える。

とにかく早く結婚して、素敵な旦那様と暮らす。そして子どもを産んで、幸せな家庭を築くことが“正解”だと思っていた。

けれども、私はどうして結婚したいのだろうか。それに、先ほどまで泣き続けていたノアちゃんの様子を見て、私は「今すぐ子どもが欲しい」とはどうしても思えなかった。

そもそも、あまり子どもが好きではない。でも子どもがいることは“正解”だと思っているので、欲しい。

「あれ?私の意志って、どこにあるんだろう」

気がつけば今の私は迷いだらけで、ゴールが決まっていない。「結婚したい」と言っているけれど、どこまで本気なのだろうか。

ふと、ドラッグストアの化粧品コーナーに置かれていた“落ちないリップ”が目に留まる。

マスクをするとリップが落ちてしまうため、最近は手を抜いていた。でもちゃんと塗っていれば、マスクを外したときに顔が華やかに見えるはずだ。

そして私は、今までだったら絶対に買わないような、明るい朱色をした“落ちないリップ”に手を伸ばした。



家に帰り、鏡の前でリップを塗ってみる。

するとボヤっとしていた顔が、朱色のリップを塗るだけでパッと花が咲いたようになった。

不思議なもので、女はリップ1つで変わる。そして「自分の顔に色がある」のを見ながら、あることに気づいてしまったのだ。

私は周囲に惑わされて、本当の自分を見失っていたのかもしれない、と。

年齢の呪縛に囚われ、結婚に焦っていた。自分の意思ではなく、ただ世間体を気にして結婚したかっただけなのかもしれない。

― これからは周囲に惑わされない強い意志と、ブレない軸が欲しい…。

リップ1つで大袈裟かもしれないけれど、自分は自分。

私が「結婚したい!」と思える相手が見つかったとき。そのタイミングで結婚すればいいんだと、私はようやく気づけたのだった。


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絶対に歳を取りたくない女たち