アッパー層が集結する街・東京。

その中でも特に裕福な、純金融資産“1億円”以上の富裕層はどのくらいの割合か、ご存知だろうか?

ある統計によると 「日本の全世帯のうち2.5%程度」というデータがあるらしい。

なかなか出会えない、2.5%の富裕層たち。

レアな生き物である彼ら"かねもち"たちの、ちょっと変わった生態を覗いてみよう。

▶前回:4億ドルを売り上げる女性デザイナーがいきなり…。高級ジュエリー店で見せた不気味すぎる態度



彼女と付き合い始めたばかりの広告代理店マン・博人(35)


まだ朝の10時半だというのに、夏の東京はすでに灼熱。

俺は冷たいコールドプレスジュースを片手に、その燃えるような暑さを全身で味わっていた。

「わぁ、私のアサイースムージーめっちゃ美味しいです!ねえねえ、博人さんのコールドプレスジュースも一口ちょうだい?」

「いいよ。じゃあ清川のスムージーも一口くれよな」

「ちょっとぉ!清川って苗字で呼ぶクセ、いい加減やめてくださいよ。私、もう博人さんの彼女なんですよ?ちゃんと可奈って呼んでください!」

煩わしいはずの気温すら心地よいのは、先月から付き合い始めた職場の後輩・清川可奈が隣にいるからなのかもしれない。

可奈は金曜の夜、中目黒にあるマンションへ泊まりに来てくれる。翌朝はこうして『YES TOKYO』でジュースを買って、西郷山公園まで散歩するのが定番のデートコースなのだ。

― それにしても、本当にかわいいなあ。

12歳下の彼女ということもあってか、正直、年甲斐もなく可奈に夢中になっている。

朝の代官山は人通りも多く、行き交う女性たちはみなスタイリッシュ。そんななかでも彼女のかわいらしさは、贔屓目なしに群を抜いているように見えた。

そう。今、目の前から歩いてくる美女よりも。

…そんなことを考えていたとき。ニコニコと微笑んでいた可奈が、前方の美女を怪訝な目つきで捉えたのだ。


デート中、美女に見惚れてしまった。横にいた彼女の反応は…

長い髪をサラリとなびかせながら歩く、輝くように美しい人。すると可奈が何かに気づいたようで、その美女をジッと見つめる。

― やべっ、他の女性をジロジロ見てるのがバレたか?

俺は焦って言い訳を考え始めるが、次の瞬間、彼女が発したのは予想外の言葉だった。

ジッと確認するかのように目をこらしていた可奈は、いきなり女性に向かって手を振ったかと思うと、大きな声でこう呼びかけたのだ。

「あっ!何してるの、ママー!」



「マッ、ママ!?」

あっけに取られる俺をよそに「ママ」と呼ばれた美女と可奈は、キャー!とハイテンションな声を上げながら、互いに駆け寄る。

「やだ可奈ちゃん、こんなところで何してるの〜?あら、こちら素敵な方ねぇ。可奈ちゃんの彼かしら?」

「うん、そうなの!会社の先輩で、私の彼氏の博人さん。とーっても優しくてかっこいいんだよ」

「ほんとカッコイイ〜!ママはね、これからお友達とブランチなの♡でもでも、可奈ちゃんたちのジュースもとーっても美味しそう」

まるで女子中学生のように盛り上がる、可奈と、彼女のママ。

突如目の前で繰り広げられた光景が飲み込めない俺は、思わずもう一度、確認するように1人つぶやいた。

「マ、ママ…?マジで、この女性が?」

可奈のママだという女性は、シミもシワもなく、栗色の髪は豊かで光り輝くように美しい。ホワイトジーンズとTシャツをラフにまとったそのボディラインも、少女のように華奢だ。

どうみても可奈と同年代か、ほんの少し年上くらいにしか見えない。しかし24歳の可奈のママということは、少なく見積もっても40歳は超えている計算になるだろう。

― すげぇ。これが、本物の美魔女ってやつか…!

予想外の風貌に、完全な放心状態になってしまう。そんな俺に向かって、可奈がくるりと振り返り言った。

「博人さん。私のママだよ〜」

そう紹介する可奈の声で、俺はハッと我に返る。よく考えてみれば、これは愛する彼女のお母様と、初対面の瞬間なのだ。

― 突然訪れたご挨拶の機会。真剣に交際中であることを、きちんと伝えたい!

そう思ったものの、あまりにミスマッチな現実を目の前に、俺の瞬発力は全く発揮されなかった。

「は、初めまして和田博人です。あの…。お母様、めちゃくちゃ見た目がお若いですね。親子というよりも、まるで可奈のお姉さんって感じじゃないですか!アハハ〜」

ぎこちない声で口から漏れ出たのは、死ぬほどつまらない、使い古されたお世辞みたいなセリフ。

― おいおい、俺…!仮にも広告マンだろ?もう少し気の利いたこと言えただろ〜!

言葉のセンスがゼロであることに加え、年齢を話題にしてしまったこともことごとく失礼だ。俺は頭を抱えたくなったが、可奈ママの反応は想像と違った。

「やだぁ、博人さんたらお上手♡でも、結構いい線いってる〜!」

「え…?」

言葉の意味がわからずキョトンとする俺の前で、2人はニコニコと見つめ合う。そして、まるで双子の姉妹のように声を揃えて言った。

「だって私たち、ある意味ホントに姉妹なんだもんね〜♡」


仲の良い母娘から、突然飛び出した言葉の意味とは…

「本当に、姉妹?えぇ…」

もはや頭の中は、大パニックだ。

頭上にたくさんのクエスチョンマークを浮かべる俺に向かって、可奈は言葉を続けた。

「博人さん。私ね、おじいちゃまの養子になってるの。だからママとは苗字が違うし、おじいちゃまの子どもだから、ある意味ママとはきょうだいなんだよー♡」

ニコニコと笑顔を浮かべる彼女の横で、そっくりな微笑みを浮かべながら、可奈ママも言う。

「そうなの〜。私の苗字は佐藤、私の実家が清川姓で、可奈が養子になってまーす♡」



可奈のママは、九州にある厳格な家の一人娘として育ったそうだ。しかし家庭教師をしていたご主人と駆け落ちして上京し、佐藤姓に。

実家とは絶縁状態だったものの、可奈が誕生したことでどうにか関係を修復し、可奈が祖父の養子となって清川姓を継ぐことになったのだという。

「私のおじいちゃまって、大きなゼネコンやってて九州じゃちょっと有名でしょ?ママや私が会社を継ぐのは諦めてくれたんだけど、清川の名前だけは絶対に残す!って頑固なんだぁ。

よく分かんないけど、なんか相続?の観点でも、私が養子になるのがいいんだって!」

頭がクラクラしてきたのは、炎天下での立ち話のせいだけではないだろう。

九州のゼネコン、清川…。誰しもが知るあの清川グループの直系の孫が、可奈だなんて。

無邪気に話す可奈の話を聞けば聞くほど、気が遠くなりそうになる。しかし信じられない気持ちがある一方で、わずかに納得している自分もいた。

可奈はたしかに可愛い。けれど正直言って、どれだけ贔屓目に見ても仕事の能力はそこまで高くない。

それなのに、うちみたいな大手広告代理店に勤めているのだから、何かのコネがある…。そう感じていたけれど、まさかここまでおかねもちのお嬢様だとは思ってもみなかった。

「お友達にも、ちょいちょいいるよね。相続税対策とかで親ときょうだいになってる子。ね?ママ…じゃなくて、お姉ちゃん?」

「めずらしいことじゃないわよね〜!ママ…じゃなくて、お姉ちゃんもそう思う〜♡」

まるで流行りのスイーツについて話しているかのように、ケラケラと笑い続ける可奈と彼女のママ。

その横でつられたようにむりやり笑顔を浮かべながら、俺は妙に冷静さを取り戻した頭で、可奈との未来のことを考え始めていた。

― 可奈がどんなお嬢様だろうと、誰の養子だろうと関係ないけど…。やっぱり譲ってはもらえないだろうな。

彼女の誕生日は、12月。それまで無事に付き合いが続いていたら、プロポーズするつもりでいたのだ。

俺も和田家の一人息子。しかし可奈と結婚するからには、俺が清川姓になるしかないのだろう。

― しょうがない。お盆に一度、親とじっくり話すか。

2人の立ち話は、まだまだ終わりそうにない。俺はニコニコと話を聞きながら、頭の中で何度も繰り返す。

― 清川博人、清川博人…。

残りの人生で使うかもしれない名前の響きは、案外しっくりと馴染むような気がした。


■かねもちのへんな生態:その8■

家名や財産を守るため、親ときょうだいになっているかねもちがいる


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