東京には、お嬢様だけのクローズド・パラダイスが存在する。

それはアッパー層の子女たちが通う超名門女子校だ。

しかし18歳の春、外の世界に放たれた彼女たちは突如気づく。

―「お嬢様学校卒のブランド」って、令和の東京じゃ何の役にも立たない…!

ハードモードデビュー10年目。楽園から放たれた彼女たちの、物語。

◆これまでのあらすじ

大手広告代理店に勤める凛々子の秘密と、不器用な恋。次に裕福な専業主婦・文香の葛藤と再生、そして売れっ子ライター美乃の禁断の恋と結末をお届けした。

そして最後は、学園のプリンセス・麗の「その後」の物語。

▶前回:不実な恋人に別れを告げる最後の夜。28歳の闇落ちお嬢様が取った、切ない行動とは?



すべてを兼ね備えていたお嬢様・麗の話【前編】


「麗!?麗だよね?相変わらず遠くからでもすぐわかる、そのスタイル!…元気にしてた?」

呼び止められた麗が振り返ると、そこには中高時代の同級生・凛々子がラウンジのソファから立ち上がり、感激の面持ちでこちらを見ていた。

「久しぶりね!すごい偶然」

麗は手に持っていたコーヒートレイを置いて、声をひそめながら歩み寄る。凛々子も麗に駆け寄ってきた。

「私、今から仕事で大阪なの。プレゼン資料のチェックしたくて、搭乗前にラウンジに来たんだけど…。まさか麗に会えるなんて」

麗も自分が仕事中であることを一瞬忘れて、旧友との懐かしい再会に浸った。

「それにしても麗、こんな朝早くから空港で働いてるの?…もしかして接客の勉強、みたいなこと?」

「あ、そう。そんな感じ。いろんな接客を体験しておくと、役に立つから…」

凛々子は「そっか、すごいねぇ跡取り娘は〜」と言いながら、バッグから名刺を取り出して何かをメモした。

「今度の同窓会、幹事ありがとうね、行くの楽しみだよ!これインスタとLINEのID、何か手伝うことあればいつでも連絡して」

そう早口に告げると、凛々子は嬉しそうに笑った。

「当日はオートクチュールメゾンのイブニングだよね?麗様お約束の“超絶・お嬢様仕様”楽しみにしてる!」

そして「お仕事中ごめんね」と小さく手を振ると、入口で待っていた背の高いスーツ姿の男のところへ駆け寄っていった。

― よかった。「あのこと」は凛々子、知らないんだわ…。みんなもそうだといいんだけど。


学園のプリンセス・麗に、卒業後何が起きたのか…?

転落開始


麗は、小さい頃から何不自由なく育ってきた。

父親は全国チェーンの飲食店を経営する2代目社長。母親はアラフォー以上ならば、誰もが顔を知っている有名な元女優。

結婚後きっぱりと芸能界を引退してからは、麗をとても可愛がってくれた。

それに小学生の頃、母が参観日やバザーのたびに来てくれるのが嬉しかったのを覚えている。

母親たちは紺などの地味な装いが定番だったが、母のオーラは消せない。何を着たとしても光輝き、群を抜いて美しかったのだ。

そんな環境で「屈託」というものと無縁だった麗。幼なじみとはなんでも共有し、秘密などなかった。

自宅には頻繁に友人を招き、祖父の等身大の銅像や、口うるさいお手伝いの康江さんのことは、麗の家の面白ネタとしてみんなが認識していた。

一人っ子だったから、本気で友達を姉妹のように思っていたのだ。学校というよりも、家が2つあるような感覚で7歳から生きてきた。



「メゾンのイブニング、かあ」

ようやく仕事が終わり、空港からモノレールに乗って天王洲アイルで降りる。朝6時からのシフトで、まだ15時。このあたりは夜でこそシーサイドで夜景が美しいが、昼間は少々街のアラが目立つ。

運河沿いに歩いて、マンションにたどり着いた。8時間ほとんど立ちっぱなしなので、足がむくんでいるのがわかる。

ここは父親が自己破産する前、まだなんとか余力があった頃に、何かを予感したのか現金で買ってくれたマンションだった。

― 思えば、あの頃からお父さんとお母さん、ギクシャクしてたのかな…。

麗は重い脚を引きずって部屋に入ると、シャワーを浴びるためバスルームに直行した。一度帰ってきたら、その日は外へ出ないことが増えたから、さっさと部屋着に着替えてしまうのだ。

去年、父の事業が失敗し、同時に両親は離婚した。それまで仲睦まじいと思っていた麗にとって、それは晴天の霹靂だったのだ。

そしてその1年後、それ以上のショックが麗を襲った。


麗をどん底に突き落とした、意外な人物とは?

暗中模索


あれほど自分を溺愛し、子離れできないと思われた自慢の母親が、離婚後1年で再婚してハワイに引っ越すと知らされた日のことを、麗は一生忘れない。

それまで自分の足元にあった、絶対の盤石な基盤も家族も、木っ端微塵になって消え失せたのだ。

そのことを、麗は幼なじみの誰にも言えなかった。付き合っていたメーカーの御曹司の彼氏にも、詳細を告げずに別れた。

父はまた新しい事業を始めたようだったが、とにかく広大な成城の実家は売却し、麗も家を出た。

それまでは父の会社の秘書課でお飾りのように働いていたが、とてもそんな状況ではなくなったし、母がいなくなった今、父と2人で暮らすのも気づまりだ。

そして天王洲のマンションに引っ越し、就職活動をしながら、シフトの融通が利く空港ラウンジスタッフとして働き始めた。

弱みが何ひとつなかった麗にとって、家業がなくなり、親に棄てられ、アルバイトをしているなどという状況は、誰にも知られたくないものだったのだ。

皆が好きでいてくれるのは、なんでもバッチリ決めている、主人公キャラの麗。長い間そのポジションにいたので、それ以外の立ち位置が想像できない。

― でも、もうすぐ同窓会だしなあ。

麗は翌週のことを想像して、どうしようもなく暗い気持ちになるのだった。





翌週、演劇ライターとして成功している同級生・美乃に頼んでいた、同窓会記念本の原稿が送られてきた。

「わあ、3,000文字も書いてくれてる。美乃ありがとう…!」

同窓会の半年前。理事局からメールが届き、初代幹事として、さまざまなことを取り仕切ってほしいと連絡があった。

1回目の10年記念同窓会は、卒業謝恩会の幹事がそのままスライドすることになっていたのだ。当時は何でも「麗の鶴の一声」でみんなが動いたから、適役だったと言えるだろう。

しかし今となっては、なぜ引き受けてしまったのかと思わずにはいられない。

麗は謝恩会やマナー研修、夏の海外短期留学プログラムのフェアウェルパーティなど、華やかな機会には気合を入れてドレスアップしてきた。

以前は母親が、女優時代のツテで最新のドレスを用意してくれていたが、今となってはそのあても予算もない。

果たして何を着て、どのようにふるまい、どこまで本当のことを言えばいいのだろう。

貧乏になったことが恥ずかしいというだけじゃない。今まで親の七光りと庇護に甘えて、美乃のようにスキルを磨くことも、凛々子みたいに自立して面白い仕事に挑戦することもなかった。

ちょっとくらい顔が綺麗だからって、そんなものはやがて衰えていく。

「人気者で明るい麗」という設定は、恵まれていたからこその話だった。持って生まれたものをこれ見よがしに陳列しているだけのお姫様。

そんな女のメッキがはがれたら、誰が興味を持ってくれるだろうか?

麗はいつの間にか陽が落ちて暗くなった部屋のソファで、いつまでもiPadを眺めていた。


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最終話/麗の話【後編】:そしてついに始まる同窓会。麗、そして凛々子、文香、美乃の再会の日に明かされた事実とは?