「相手にとって完璧な人」でありたい―。

恋をすると、本当の姿をつい隠してしまうことはありませんか。

もっと好かれようとして、自分のスペックを盛ったことはありませんか。

これは、恋するあまり理想の恋人を演じてしまう“背伸び恋愛”の物語。

◆これまでのあらすじ

伊勢志摩で暮らしている理想の男・瑛太に恋をした芹奈。東京からリモートでアプローチをかけること約1ヶ月。ついに瑛太が東京へ来ることになり、リアルの場で初デートをすることになった。

▶前回:「リアルで会うのはまだ怖い」ズボラを隠して嘘をついた女。そこでとったある行動とは?



「え…」

瑛太を目にした芹奈は、心の中で思いっきり叫んでいた。

― 本当にどタイプなんですけど…!

Instagramの写真やZoomの映像を通して、素敵な男性だということは十分わかっていた。

しかし、実際に見る瑛太はリモートでは感じ取れなかった背の高さやスタイルの良さが一目瞭然なので、眩しいくらいに輝いて見える。

「ん?」

硬直したままの芹奈の様子を不思議に思い、瑛太は首をかしげた。マスクをしていても、彼が優しく微笑んでいることが芹奈にはわかる。

「せ、芹奈です。初めまして…になるんですかね?」

芹奈が焦った口調で言うと、瑛太は「そっか」と笑った。

「初めましてになるのか。リモートでずっとやり取りしてたから、そんな感じしないな」

目尻を下げながら「行きますか」と歩き出す瑛太。彼の爽やかな柑橘の香りが、ふわっと芹奈の鼻をかすめる。

― あーなんだこれ。すっごいドキドキする…。

瑛太とはZoomや電話で何度もじっくり話をしたし、ここ1ヶ月はLINEで毎日数往復のやりとりもしていた。

お互いのことはすでにたくさん知っているが、初対面ならではの緊張も感じる。今までになかった不思議な感覚だと芹奈は思った。

「いい天気だね」

「ね。晴れて良かった」

たわいない天気の話をしながら、芹奈の気持ちは高ぶっていく。

“どうしてもこの人を手に入れたい”、そんな気持ちがこみあげてくるのだ。

「ここだね」

瑛太は、ある建物の前で足を止めた。


待ちに待った初デート!瑛太が立ち止まった“ある建物”とは?

瑛太が迷いのない足取りで芹奈を連れてきたのは、ザ ストリングス 表参道のカフェ『ゼルコヴァ』だった。

「すごい…。素敵なお店ね」

芹奈は洗練された空間に感動し、屈託のない表情でそう言うと、瑛太は照れたように「良かった」と安堵した。

料理が到着してナイフとフォークを手に持ちながら、芹奈はチラチラと瑛太を見た。顔のつくり、ほどよく筋肉のついた腕、シンプルな服装。その一つひとつを目に焼き付けるように。

話の内容や一緒にいるときの雰囲気は、リモートでやり取りしているときと変わらない。でも芹奈は、瑛太が目の前にいるということに舞い上がっていた。

その大きな手に、触れたくてたまらない気持ちになる。

食事が終わり、ゆっくりコーヒーを飲んで会計を済ませると、瑛太は2枚のチケットを差し出した。

「次はここに行こうと思うんだ」

「え、これって!」

ランチのあと、瑛太が彼女を連れて行ったのは竹芝。有名なミュージカルの劇場だ。映画ならよくあるがミュージカルというセレクトは、芹奈にとって大きなインパクトがあった。

公演が終わると瑛太は、ホテル インターコンチネンタルにある『鉄板焼 匠』に芹奈をエスコート。ミュージカルの感想を言い合いながら、最高のディナーコースを堪能した。

“うっとり”

芹奈の心境は、その一言に尽きた。

― こんなに素敵なデートプランを考えてくれて、嬉しい。なんて完璧な人なんだろう!

夢心地のまま、瑛太とレストランをあとにする。竹芝の夜は、海の香りがした。

「ごちそうさまでした」

「いいえ。ちょっとブラブラする?ヒールつらくない?」

気遣いをしてくれる優しい瑛太の横で、芹奈はその距離を少し縮めるように歩いた。

― 夢みたいだな。こんなふうに、瑛太さんと恋人みたいに歩けるなんて。

芹奈はうっとりしながら、煌めく東京湾を眺める。そのとき、瑛太が真面目な声色で言った。

「芹奈ちゃん」

「ん?」

彼は、通路に建てられた透明のフェンスに手をかけ、海の向こうのビル群をじっと見つめる。



― 大事な話をされる雰囲気だ。

芹奈がそう確信すると同時に、瑛太は彼女の目を覗き込むようにして話しかける。

「あのさ、芹奈ちゃん。今までリモートでいっぱい話してきたけど、今日実際に会ってみて、ほんとに…」

強い海風がサーッと吹き、2人の髪を揺らす。

「ほんとに、素敵な子だなって思ったんだ。一緒にいてすごく楽しいし」

「私もですよ。瑛太さん、本当に素敵」

芹奈がそう言うと、瑛太は嬉しそうな表情を浮かべた。

「ありがとう」

彼は、海の方へ再び顔を向けた。芹奈も彼に合わせるように海を見て、遠くで動く船の明かりを目で追う。そうしながら、ひたすら彼の言葉の続きを待っていた。

けれど、しばらく待ってみても瑛太は何も言わなかったのだ。


黙り込んでしまった瑛太に、芹奈は…

― なんで何も言わないんだろう?

芹奈はソワソワしながら、彼の腕にある時計が20時を指す様子をじっと見ていた。

数分経っても瑛太は何も言わない。結局、沈黙の雰囲気に耐えきれられなくなった芹奈がゆっくりと口を開いた。

「…なんか、風強くなってきましたね」

「あ、そうだよね。ごめんごめん」

苦笑いしながら瑛太は「もう行こうか」と言い、フェンスに置いていた手を離し歩き始めた。

「うん」

芹奈はその相づちがぶっきらぼうに響いたのではないかと思って、ごまかすように「綺麗な夜景だね」と言葉を続けた。

だが、実際は拍子抜けしていた。こんなに完璧なデートをしてくれたのに、決定的な言葉がないなんて、と。

「瑛太さん…?」

「ん?」

「いつ帰っちゃうんだっけ」

うつむきながら聞く彼女に、彼は困ったような表情で言った。

「火曜に向こうでアポがあるんだ。だから月曜の夜に帰るかな」

「そっか」

芹奈は今までの1ヶ月間を思い出す。リモートではあったが、彼から「料理作って欲しいな」や「かわいい」と言われてきたのだ。

もはやカップル寸前の関係だと思っていた。だからこそ今日のデートで、告白してもらえると内心信じていたのだった。

― 浮かれてたのかな、私。瑛太さん、このまま帰ってしまうかもしれない。そうなったら…。

もう会えないかもしれない。そんな言葉が頭に浮かぶと、彼女は居ても立ってもいられなくなった。

― 諦めたくない。せっかく見つけた理想の人なのに!

「ねえ瑛太さん…。また会える?」

芹奈は、ありったけの勇気を振りしぼる。そのとき、瑛太の左手が彼女の右手を優しく包んだ。

「ご、ごめん。俺がちゃんとしなきゃね」

瑛太はハッとした様子でそう言うと、手をつないだまま芹奈に向かいあった。

「初めて会った日に、こんなこと言うのは変かもしれないけど」

瑛太の声がかすかに震えている。

「芹奈ちゃんと、もっと一緒にいたい。良かったら、お付き合いしてもらえませんか」

彼の言葉に、芹奈の中の小さな失望がふわっと癒えていく。嬉しくて震える声で「はい」と返事をして、芹奈はにっこりと笑った。



「本当に?よっしゃあ!」

子どものように笑う瑛太。その様子を見て指先まで幸せで満ちた芹奈は、つないでいる手にギュッと力を込めた。

しばらく歩いて大通りに出ると、浜松町の駅を示す大きな看板が目に入った。

「…帰りたくないなあ」

別れが寂しくなった芹奈は、行き交う車の走行音にかき消されそうな小さなボリュームで、つぶやくように言ったのだった。


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ついに2人は付き合うことに。瑛太が初デートの前日から考えていたこととは?