秋四夜「筑駒男子と塾高男子」


「慎太郎、もう帰っちゃうの?まだ20時前なのに」

居心地のいい広尾のビストロで食事をしたあと、慎太郎は明治通りでタクシーを捕まえて私だけを乗せた。

「ごめんな、佳代。明日の裁判の資料、再読しておきたいし…」

スラっとした彼に紺のスーツがよく似合っている。タクシーのシートから上目遣いに慎太郎を見る。

しゅん、と寂しい顔を見せてからきっちり3秒。私は、聞き分けよく返事をした。

「そっか…わかった、おやすみなさい。慎太郎、お仕事頑張ってね」

彼は笑顔でうなずき「目黒駅のほうにお願いします」と、運転手さんに行き先を告げた。

タクシーのドアが閉まり、車が走り出したのを確認して、私は運転手さんに声をかける。

「すみません…、行き先変更で。東麻布までお願いします」

「え?目黒じゃなくて?」

私はバックミラー越しに強い視線でうなずくと、シートに深くもたれかかった。

そしてバッグからスマホを取り出して、メッセージを送る。

『圭佑、お疲れ様。残業ようやく終わったよ!今から行くね♡』

間髪入れずに既読になり『OK』のスタンプが来たの見届けて一息つく。

今日の慎太郎とのデートは、裁判の前日だとわかっていたので、早めに解散することは織り込み済みだった。

「進学校最高峰の筑駒男子」で外資系ローファームの弁護士・慎太郎と、「普通部&塾高男子」で財閥系商社マンの圭佑。

同じエリートでも、これほどタイプが違う男をいったりきたりするのは、女としての知力と体力を総動員する必要があるのだ。

私はいつものように頭を切り替えようと、束の間、目を閉じてシートに身を任せた。


圭佑のところに向かった佳代の、驚くべき行動とは?

東京エリートチャート


「圭佑、遅くなっちゃってごめんね。迷惑かなって思ったんだけど…どうしても会いたくて」

「いいよ佳代ちゃん、大歓迎。オレも今日出社でさ、さっき帰って来たとこ。ゴハンまだだよね?Uberしよ、なに系がいい?」

慎太郎と、ビストロで食べたレバーのパテや鴨の匂いに気づかれないように少し距離を取りながら「んー、ランチ遅くてそんなにお腹すいてないかも。圭佑の好きなものがいいな」とほほ笑んだ。



「じゃぁ、食事頼んでおくからさ。佳代ちゃん、先にシャワー浴びてくれば?出たら乾杯しよ」

私は「はーい」と機嫌よく返事をしてバスルームへと向かった。

シャワーを浴びてしまえば、服についたレストランの匂いをごまかせるから好都合だった。

圭佑は、生粋の慶應ボーイ。幼稚舎から普通部、塾高へと進み、当然慶應義塾大学に進学した。

実家は麻布台にあり、本人は東麻布のマンションに一人暮らし。超大手商社に勤めていて、もうどこからどう見ても東京のぴかぴかのお坊ちゃまだ。

インテリアにもこだわっていて、綺麗好きの圭佑。

シャワーを先に浴びることを勧めてきたのだって、本音では、お気に入りのソファやダイニングチェアに外で着ていた服のまま座られるのが嫌なのだ。

私は、それをすべて予測していたから、今夜もうまくいったと、内心喜んでいた。



最初からすべてが「搭載」されている男と、自分ですべてを「切り拓いてきた」男。

はたしてどちらが魅力的なのだろうか。

私はこの問いの答えを、未だ出せずにいる。

圭佑のように、幼稚舎からのサラブレッドは、日本広しといえども1学年にたった96人しかいない。選び抜かれた男子は、そのまま王道を走り続ける。

幼馴染として育った彼らは、そのまま日本の中核となりうる人脈を築いていく。それは、努力したからといって手に入れられるものではない。選ばれた者のみが、ゲットできるプラチナチケットだ。

圭佑は、お膳立てされた世界で、社会の上澄みだけで社交して生きていくことを約束された男だ。

でも、男としての魅力には、ちょっとだけ欠ける気がするのだ。

私は千葉の銚子生まれという微妙なコンプレックスがあり、東京的な王道に憧れが強い。

その反面、最初からリーチ、みたいな男を心のどこかで物足りなく思ってしまうのも本音だ。

だから、ペン1本で運命を切り開いてきた筑駒からの東大出身男子に惹かれてしまうのは否めない。

東京の男子校最高峰、筑波大学附属駒場中学・高校は、どんなに成績が良くても合格確実、とはならない。

中学の募集は120人。2月3日の筑駒入試は、5万人以上の中学受験生の頂上決戦、天下一武道会だ。

合格したとして、天才集団。そこからも競争が激しい。6年間トップ同士がしのぎを削り、ほとんどが東大や国立医学部に行く。

慎太郎のように東大法学部在学中に、ロースクールさえすっ飛ばして予備試験から司法試験に一発合格、というのは筑駒文系あるあるらしい。

私は今、そんな東京のサラブレッド2人と同時にお付き合いをしているのだ。

婚活中の女として、これ以上贅沢な選択肢があるだろうか。

でも、そのリミットは、確実に迫りつつあった。

来週は私の誕生日。

このところ、2人とも妙にソワソワしている。誕生日にきっと何か私に言うつもりなのだろう。


そして運命の誕生日前夜。佳代が選ぶのは…?

タイムリミット


「それで佳代は、その2人どっちが好きなの?」

翌日。青学時代の友人・美樹とジム帰りに、恵比寿で薬膳鍋を食べながら、私たちは作戦会議をしていた。

「どっちも素敵なのよ。慎太郎のいかにも理知的な弁護士っていう感じはたまらないわよね。なんせ頭脳戦だけで、ここまで上り詰めてる自信に満ちあふれているの。

でもちょっとガツガツしすぎてるし、恋愛も妙に冷めてるっていうか、盛り上がりに欠けるのよ…。

圭佑は、エスコートはスマート。なにかと周囲には面白いイベントや人であふれてて、こんな人と結婚したらリア充そのものの生活ができるだろうなって想像できる。

正直に言えばご実家も資産家だし、収入がどうこうより、お金には一生困らないと思う。

でも下から慶應の体育会系男子って、いくつになっても慶應の話しかしないからちょっとだけつまんない…。いつまで学校の話しているのかなって時々ツッコミたくなるっていうか」

「まあ、そうでしょうねえ。だけどね、佳代。あんまり…」

美樹が、言いかけた言葉を飲み込んだ。

おそらく嫉妬してしまった自分を、なんとか戒めたのだろう。美樹にはそういう分別があるからこそ、私と「女の友情」が続いてきたのだと思う。

「どっちにしろ、来週の私の誕生日には、結果が出てると思う」

私は、憂鬱そうにわざとため息をついてみせる。

彼女はまだ、私を見つめている。美樹は去年、何の取り柄もない男と妥協して結婚した。だから、私のことが羨ましいのだろう。





「佳代、俺ついに決まった。シカゴのローファームに3年間出向できることになったんだ」

「え!?おめでとう!慎太郎、早くても数年後って言ってたのに」

「そうなんだ、今年は志願者が少なくて、ひょっとしたらってソワソワしてたんだけど、無事に選出されたよ。希望通りM&Aに強いローファームだ、最高だよ」

誕生日の前日。慎太郎から突然メッセージが来て、話があると呼び出された。

「お泊りコースで0時ピッタリにお祝いしてくれるのかな」と期待してホテルのラウンジにやって来たが、予想外の展開だった。

「それで、いつアメリカに行くの…?」

このタイミングでプロポーズしてこないということは、しばらくは遠距離恋愛のつもりなのかもしれないが、それはあまり得策じゃない。

できれば婚約して、あとから追いかけていく展開が好ましかった。

「佳代には感謝してるよ。…もしシカゴに来ることがあったら連絡してよ。案内するからさ」

最初は何を言っているのか、理解することができなかった。

― もし、来ることがあったら?

シカゴなんて、慎太郎が呼んでくれなきゃ行くはずがない。仮にも彼女に対してなんという言い草か。偏差値80くらいあるくせに、そんなこともわからないのだろうか。

「それじゃ、私たち、これで終わりってこと…?」

ぼう然と慎太郎の顔を見る。

彼はまるで依頼者を励ますように笑顔を浮かべると、右手をさわやかに差し出した。





「明日の私のお誕生日、どこでお祝いしてくれるの」

慎太郎と早々に解散して帰宅した私は、圭佑に連絡した。

開口一番、電話でそう尋ねた私は、だいぶ余裕を失っていた。明日の夜、圭佑の家に行く約束は取り付けていたが、それだけでは気が済まない。

「佳代ちゃん明日、誕生日なの?おめでとう、ケーキ買って帰るよ」

あまりにものんきな反応に、私がさんざんInstagramで匂わせていたプレ誕生日の投稿を一切見ていないのだと知った。

「ねえ、ひょっとして彼女の誕生日を忘れてたの?私、ショック…」

「ん…?」

電話の向こうで、圭佑が絶句している。

私のセリフの、何にひっかかったというのだろう。何もおかしいことは言っていない。

「とにかく、明日の夜行くね。少しでも仕事、早く終わらせてきてね。マンションの近くのカフェで時間つぶしているから、会社出るときLINEして」

「う、うん…」

まったくこれだから優柔不断なお坊ちゃまはいやだ。私は内心イライラしながら電話を切った。

まあそれでも、あっさりと女を棄てて海外に行くような冷血偏差値偏男よりはマシ。

私は気を取り直すと、明日を素晴らしい誕生日にするために、半休を申請し、ネイルとヘアサロンを予約した。




圭佑の本音


― んー。ろうそくは何本用意すればいいんだろ。佳代ちゃんていくつなんだ…?

翌日。

仕事帰りに、僕は、佳代ちゃんのバースデーケーキを買うために、パティスリーに寄ることにした。

しかし、彼女の年齢さえ知らないことを思い出し、佳代ちゃんを紹介してくれた美樹ちゃんにLINEした。

幸いにもすぐに既読になり、しばらくして彼女から返信がきた。

― え!?マジ?佳代ちゃんて36なの!?4コも上とは…。

佳代ちゃんからぐいぐい来るから、ときどき遊んでるけど。そういえば、ちゃんと話したことなかったなぁ。

それにしても、俺もふらふら遊んでないで、そろそろ彼女作らないと…。


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