彼氏やパートナーがいる人が幸せって、誰が決めたの?

出会いの機会が激減したと嘆く人たちが多い2021年の東京。

ひそかにこの状況に安堵している、恋愛に興味がない『絶食系女子』たちがいる。

この連載では、今の東京を生きる彼女たちの実態に迫る。

▶前回:元恋人のツイートが気になる!?別れて半年後、メッセージを送ってみたら意外な返事が



【前編】過去のトラウマを引きずるオンナ・由芽(33)


美しい夜景と、豪華なコース料理。魅力的な男性との、楽しい会話。

私は今、2ヶ月前に仕事で知り合った男性と『ベージュ アラン・デュカス 東京』に来ている。

彼は、ベンチャー系のPR会社で役員をしている33歳。長身でルックスが良く、何より、すごく優しくて気遣いのできる人だ。

「由芽さん、僕と結婚を前提にお付き合いしてくれませんか?」

その言葉に、私は思わずうなずきそうになった。

この人だったら、という考えが一瞬頭をよぎる。

「僕、絶対にあなたを幸せにします」

“絶対”

その二文字を聞いた途端、私は全身が粟立つのを感じた。

「……絶対なんて、あるわけないじゃない」

「え?」

相手に届くか、届かないかの小さな声でぼそりとつぶやく。

彼は何も悪くない。でもその言葉を聞くと、私の心が、身体が、拒絶反応を起こしてしまう。

「ごめんなさい。お付き合いはできないです」

彼の顔を一切見ずに、うつむいたまま答えた。

この人は“あの男”とは違うと、頭ではわかっている。それなのに、どうしても重ねてしまうのだ。

私の心をズタズタに切り裂いた、この世で一番憎い、あの男に。


由芽にトラウマを与えた“あの男”とは?

悪夢のような出来事に苦しめられて


4年前の夏。

「美沙希のお腹の子、もう12週なんだ」

昭彦が何を言っているのか、私は全く理解できなかった。

だって、目の前でうつむいている昭彦は、私の恋人で。

その隣にいる美沙希は、私の大学時代の友人で。

この部屋は、昭彦と私が2人で暮らしている場所で。

「……いつからなの?」

かすれた声で私が尋ねる。静まり返った部屋に、蝉のけたたましい鳴き声だけがやけに響いている。

真夏のとても暑い日だったのに、私の体はガタガタと震えていた。

「……美沙希と関係を持つようになってから、半年くらいになる」

その言葉を聞いた瞬間、私は目の前にあったプラスチックのコップを昭彦に向かって思い切り投げつけた。

それはしっかり彼の肩あたりに直撃し、隣に座る女は「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。

「おい!美沙希に当たったらどうするんだ!もし何かあったら責任取れんのか!?」

彼はコップに入っていた水で半身をぐっしょりと濡らしながらも、隣に座っている美沙希をかばって私を怒鳴った。

そして、美沙希は「由芽ちゃん、ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返しながら、ただひたすらに涙を流している。

その2人の姿を見て、私はようやく気がついた。

ああ。昭彦はもう、私を愛していないんだ、と。



目が覚めて私はハッとする。また、あの日の夢を見てしまった。

ひたいには脂汗をかいており、心臓がドキドキしている。外はまだ暗いようだ。

飛び起きた私に驚いたのか、飼い猫がゆっくりとそばに寄ってくる。小さなひたいをなでると、ゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らした。

スマホを見ると、時刻はまだ夜中の2時。

眠り始めてから、2時間ほどしか経っていなかった。

明日は朝早くから打ち合わせがあり、いつもより早起きをしなくてはいけないのに。

― 早く寝なきゃ……。

もう一度布団にもぐり、目を閉じる。しかし、先ほどの悪夢が網膜に焼き付いて、なかなか寝付けなかった。

26歳の頃。大手不動産会社に勤める2歳上の昭彦と、フリーランスのWEBデザイナーの私は、異業種交流会と称した食事会で知り合った。

好きな映画や音楽の話で盛り上がり、私たちはすぐに意気投合。1ヶ月後には結婚を前提とした交際を始め、3ヶ月後には明治神宮前のマンションで同棲を始めた。

昭彦は優しく、何の不満もなかった。自分たちは“理想の恋人同士”だと思い込んでいた。

3年ほど付き合い、本格的に結婚の話が進み、両親にも紹介をすませていた29歳の夏。

彼が、私の友人である美沙希と浮気をしていたことが発覚した。

揚げ句、美沙希のお腹には昭彦との子どもができてしまったのだ。

昭彦は私に別れを告げ、その後2人は結婚。

『俺たちが結婚したら、絶対に幸せな家庭を築けるよな』

“絶対”

昭彦が口癖のように使う言葉だった。

今思えば、彼は軽薄だからこそ、そんな不確かなことをやすやすと言えていたのだろう。

そして、彼と破局して以来、私にはずっと恋人がいない。

心配した周りの友人が男性を紹介してくれたり、自分でもマッチングアプリやお見合いパーティーに参加したり、どうにかして彼を忘れようと努力した。

でも、いざ付き合うとなると怖くなってしまう。あの時のように裏切られるのではないかと、なかなか足を踏み出すことができない。

― 時間をかけて関係を築いても、どうせ後からめちゃくちゃにされるのなら、恋愛なんてしないほうがマシ。

いつしかそんな考えを持つようになり、私は恋愛を拒絶するようになった。

それなのに、私を裏切ったあの2人は平然と温かい家庭を築き、きっと毎日幸せに過ごしているのだろう。

そう思うと、はらわたが煮えくり返るほどの怒りが込み上げてくるのだった。

― 2人のことは、一生許さない……。


元彼に最低な裏切り行為をされた由芽。この後、衝撃の展開が……

幸せだと思っていたはずの2人は、今……


「そっか……。由芽、今回も付き合うところまではいかなかったんだね」

平日の昼間。外苑前のカフェで、私は大学時代の同級生とランチをしていた。

「うん。やっぱり無理みたい。私、男の人と2人で会うの、もうやめようと思う」

ため息とともに漏れた言葉は、紛れもない本心だった。どんなに強くアプローチを受けても、私の心はもう動かない。恋愛は、時間の無駄だ。

友人はホットコーヒーにミルクを入れてかき混ぜながら、どこか神妙な面持ちで私を見つめた。

「由芽に言うか迷ったんだけど、美沙希のところ……いま結構マズいみたいよ」

“美沙希”

その名前に、私は背筋がゾクッとする。私たち3人は、青山学院大学時代の同級生で、当時よくつるんでいた。友人は美沙希とゼミも一緒だったので、今でもゼミの仲間を通じて色々な情報が入ってくるらしい。

「詳しいことはわからないんだけど、噂によると離婚調停中なんだって。私は昭彦くんが浮気でもしたんじゃないかって思ってるけど」

友人の話を聞いているうちに、私はすっかり食欲が失せていた。

目の前のガレットは半分以上残っているけれど、あとひとかけらでも口にすれば全て吐き出してしまいそうだ。

― なんか、嫌な予感がする。

直観的に、そう思った。



数年ぶりの接触


そして、そういう悪い勘は当たってしまうもので。友人からその話を聞いた1週間後、自宅作業中だった私のもとに1通のSMSが届いた。

『由芽ちゃん、お久しぶりです。ずっと謝りたかったのに、なかなか連絡できずごめんなさい。今度お時間があるときに、お食事でもごちそうさせてくれませんか?

美沙希』

スマホを持つ手が震えた。呼吸が苦しくなり、デスクの上に突っ伏す。愛猫が寄ってきて足元に頭をこすりつけてくれるが、構うほどの余裕がなかった。

美沙希はいまさら何を言い出すのか、食事をおごったくらいで許されると思っているのか、私は4年経った今でも苦しんでいるというのに……。

色んな思いが頭を巡り、めまいがしてきた。

このままでは体調に差し支えると思い、デスクを離れてベッドに向かった。幸いにも、今日はミーティングなど他者と関わるタスクがなかったので、仕事をここで中断してしまっても大きな問題はない。

― この期に及んで、まだ私の人生をかき乱す気…!?

怒りと、得も言われぬ恐怖心で、私は頭が真っ白になる。この世で一番憎い女からの突然の連絡に、動揺しないはずがなかい。

私はやり場のない気持ちをどこに向けたらいいのかわからず、仕事中に申し訳ないと思いつつも、友人にLINEした。

友人からは、即座に返信が戻ってきた。

『やっぱり美沙希、旦那とうまくいっていないんだろうね。

もちろんこれは由芽の気持ち次第だけど、せっかくだし、美沙希の泣き面でも見てきたら?』

― たしかに……。

美沙希から急に連絡がきた理由は定かではない。でも、友人が言うように、昭彦とうまくいっていないことが関係しているのかもしれない。

2人が破局しかけているというのは、私にとって決して悪いニュースではない。

私は美沙希から来ているSMSをもう一度開く。画面に並ぶ文字列と、その名前が目に入り再び不愉快な気分になったが、必死にメッセージを打ちこんだ。

『別にいいけど』

たった6文字。されど、6文字。

勇気を出して送ったこの返信が、それまで塞ぎこんでいた私の人生を大きく変えることとなった……。


▶前回:元恋人のツイートが気になる!?別れて半年後、メッセージを送ってみたら意外な返事が

▶Next:10月26日 火曜更新予定
この世で最も憎い女と、数年ぶりに会うこととなった由芽。そこで女が由芽に、とんでもない“お願い”をする。