エリートと結婚して優秀な遺伝子を残したい。

そう願う婚活女子は多い。そのなかでも、日本が誇る最高学府にこだわる女がいた。

― 結婚相手は、最高でも東大。最低でも東大。

彼女の名は、竜崎桜子(26)。これは『ミス・東大生ハンター』と呼ばれる女の物語である。

◆これまでのあらすじ

付き合っていた東大卒の彼から突然振られてしまった桜子。失意の中、東大インカレサークル時代の同期・慶一郎にお願いし、東大卒男性を紹介してもらうことになったが…。

▶前回:「優秀な遺伝子が欲しい!」エリート男を狙う、インカレ女の黒歴史



気合い十分のデート15分前


土曜の17時45分。溜池山王駅直結、山王パークタワー内のパウダールーム。

桜子は、かれこれ20分以上も手を動かし続けていた。学生時代のサークルの同期・慶一郎に紹介してもらった東大卒の男性と、18時からディナーの予定なのだ。

― 相手は霞が関で働くエリート。この出会い、絶対にモノにしたい!

熱い闘志を原動力に、全集中でメイクを整えていく。最後にアルマーニのアイ ティントを涙袋にのせると、桜子は鏡に映る自分の姿をじっくりと眺めた。

― うん、今日もいい感じ。私って、顔は悪くないわよね。アナウンサーの弘中綾香に似てるって、よく言われるし…。

満足げにうなずいていると、バッグの中でスマホが震えた。見ると、慶一郎からのLINEだ。

『慶一郎:拓哉と会うの、今日だったよな?結果報告、お待ちしてまーす』

面白がるような文面に、桜子は先週感じた不安を思い出す。彼が紹介してくれる拓哉という男性と、“ミス・東大生ハンター”の異名を持つ桜子。この2人の化学反応が楽しみだ、と慶一郎は言ったのだ。

でも…と桜子は、首をかしげる。

拓哉は開成高校出身で、東大文Ⅰからの法学部卒らしい。聞く限りは、優秀な遺伝子を求める桜子にとって申し分ない人物だ。

「拓哉さん、何か問題アリなのかな。これからデートなのに、心配…」

思わず独り言を漏らしながら、待ち合わせ場所に向かったのだった。


待ち合わせ場所に向かった桜子。拓哉との初対面は…?

結婚するなら、こんな人?


「桜子さん、ですよね?今日はよろしくお願いします」

27階の『春秋 溜池山王』で拓哉と対面した桜子は、瞬時に彼の全身に目を走らせる。

黒々とした短髪にべっ甲柄フレームの眼鏡。飾り気のない白いシャツ。腕には日本製のシンプルな時計が光っている。

― よかった。決しておしゃれじゃないけど、変な人ではなさそう。

ひとまず安堵し、「こちらこそ、よろしくお願いします」と愛想よく微笑んだのだった。



「じゃあ、拓哉さんは慶一郎さんと、就活で知り合ったんですね」

「ええ、民間企業も少し見ていたので。彼とは今でも時々飲みに行くんですよ」

席について乾杯すると、お互いに簡単な自己紹介を済ませた。拓哉は見た目に違わず、生真面目ながらも穏やかな話しぶりだ。

金目鯛と舞茸の養老蒸しの優しい口当たりを楽しみながら、桜子は内心、ほっと胸をなで下ろしていた。

― 慶一郎が色々言うからつい警戒しちゃったけど、普通の人みたいでよかったわ。

“ミス・東大生ハンター”の桜子といえど、東大なら誰でもいい、というわけではない。

真面目すぎてコミュニケーション能力の低い男や、逆に高すぎて過度にチャラチャラした男。

求めるのは、芯の部分は真面目でありながらも、適度に社交的で、将来性のある男。テニスサークルに入っていた学生時代から、それは変わらない。

「桜子さんは、どんな男性がタイプなんですか?」

「え?タイプ、ですか?えっと…」

不意の質問に、桜子は口ごもった。どんな回答をすべきか、頭をフル回転させる。

― 拓哉さんは、正直言ってタイプって感じじゃないわ。少し堅すぎる印象かも。でも結婚となれば、こういうまっすぐで嘘のなさそうな人がいいわよね。

熟慮の末、桜子は拓哉に寄せて答えることにした。

「そうですね…真面目で堅実なタイプの男性、かしら」

すると計算通り、彼はまんざらでもなさそうな表情で「なるほど」とうなずいた。しかし何か言いにくそうに、少し目を泳がせる。

「ちなみに、僕の方なんですが…コレを理解してくれる人がいいなと思ってまして」

差し出されたスマホに映る動画を見て、桜子は驚いた。

「こ、これ…どれが拓哉さん…ですか?」



アニマルヘッドをかぶった4人組が、バンド演奏をしている。クマ、にわとり、シマウマ、モグラと脈絡のない取り合わせが珍妙だが、真剣に演奏をしている様子だ。

拓哉は、「僕はシマウマです」とつぶやく。

「僕、この格好で毎週末、演奏に出かけていて。それで彼女とモメて、別れたこともあるんです。『シマウマがダサい』とか、『もっと私との時間を取って』とか。桜子さんはこういうの、大丈夫ですか?」

「えっと…そうですね」

桜子は、またも適切な返答を検討しなければならなくなった。先ほど「好きなタイプは?」と質問された時の倍速で思考を巡らせる。

― これは、言わば踏み絵。『受け入れられないなら、次はない』ってことよね。このくらい許容範囲だわ。あと、この音楽ってたしか…。

頭の中を整理すると、桜子は一言ずつ、慎重に回答した。


拓哉の問いに、桜子はどう答える…?

「バンド活動については、私は特に抵抗ないです。週末の時間の使い方は、話し合い次第かなと思いますが…。あと、もしかして…演奏してるのって、ニルヴァーナですか?」

すると、拓哉の顔がぱっと輝く。

「そう!ニルヴァーナです。桜子さん、わかりますか?僕、あの時代のアメリカの音楽の大ファンで…」

どうやら、彼の心に刺さったらしい。桜子はほっとした。

大学時代、イイ感じになった先輩からアメリカのロックミュージックを色々教えてもらったことが、こんなところで役に立つとは思わなかった。

― そういえば、タケルさん。今どうしてるのかな…。

拓哉の話に相づちを打ちつつ、桜子は、サークルの2学年上の先輩だったタケルのことを思い出す。

麻布高校から東大工学部に進み、岡田将生のような端正な顔立ちをしていた彼は、サークル内でも人気者だった。ニルヴァーナやボン・ジョヴィが好きで、一緒にドライブした時に曲を流してくれたのを、桜子は今でもよく覚えている。

桜子がタケルに思いをはせている一方で、拓哉は延々とロックンロールについて熱く語り続けている。ニルヴァーナがデビューした1980年代から時代はどんどんさかのぼっていき、今や1960年代の話をしている。

― 私から話を振っておいて申し訳ないけど、飽きてきたな…。

話を変えるきっかけを探しつつ、机の下でスマホをチラ見する。すると、カレンダーアプリからの通知が表示されていた。



『明日:14時 サークル同期女子会』

それを見て、桜子はひらめいた。

― そうだ、明日の女子会でタケルさんの近況、聞き出せるかも。もしフリーだったら、もう一度アタックしてみるのもアリ…?

さっきまでは「なんとかつなぎ留めたい」という思いから、頑張って話を合わせていた桜子だったが、今はすっかりテンションが下がっている。

― やっぱり、どう考えても、拓哉さんと結婚はない気がするわ。

結局、桜子は、本音ではタケルさんみたいに少し遊びのある人が好みなのだ。真面目な拓哉さんみたいな人は、しっくりこない。

一方の拓哉は、桜子の頭の中を知る由もなく、まだまだ喋り続ける勢いだ。

桜子はなんとか相づちを打ち続けていたが、聞き役に徹するのもだんだんと疲れてきた。キリの良いところで「明日早いので…」と切り出し、そそくさと帰宅したのだった。



「久しぶり〜!」

「私たち、みんなそろうの1年ぶりじゃない!?」

次の日。

銀座の『THE GREY ROOM』で、桜子含む女子会メンバーの4人は歓声を上げていた。久々の再会に、全員大はしゃぎだ。

桜子が所属していたサークルは、男子は東大、女子は東京女子大・日本女子大・聖心女子大で構成されていた。同じトン女の同期とは仲が良く、卒業後も定期的に集まっている。

「桜子、久しぶり。この前はドタキャンしてホントごめん!」

先週、慶一郎と一緒に会う約束をしていた美由紀も来ていた。桜子は「気にしないで」と微笑む。

近況報告に花を咲かせているうちに、話はサークルの同期はじめ、先輩や後輩のうわさ話に及んでいく。

「ねえ、そういえば聞いた?あの話…」

もったいぶるように話し始めた同期の1人に、「なになに?」と全員の視線が集まる。

「タケルさんと玲香さん、ついに結婚したんだって」

桜子は、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。

― タケルさんが結婚…?しかも、聖心の玲香さんと?いつの間に…?



しかし、他の面々はニコニコして盛り上がっている。

「え〜!おめでたい!あの2人、サークル内では伏せてたけど、1年生の時からずっと付き合ってたらしいもんね!」

「ついに実ったんだね〜!」

無邪気な言葉は、桜子の心を矢のように突き刺していく。

― 1年のときからって…。つまり、私とデートしてた時期も、玲香さんと付き合ってたってこと?

実は、桜子は1年生の時、当時3年生だったタケルさんに恋をしていた。ひそかにアタックを続け、何度かデートもした。

しかし、タケルが引退すると徐々に疎遠になり、正式に交際に発展することはなかったのだ。

― 私にもチャンスあるかも、なんて浮かれていたのが、恥ずかしいわ…。

落ち込む桜子をよそに、女子会は2人の話題で持ち切りだ。それまで相づちばかりだった美由紀も、積極的に話し始める。

「今だから言うんだけどね、実は…」

桜子は息を呑んで、次の言葉を待った。


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ショックを受ける桜子に、美由紀のさらなる追い打ちが…。