夫は、こんな人だった―?

周りに相談しても、誰も信じてくれない。子どもと一緒に夫の機嫌を伺う日々…。

最近、こんなモラハラ夫に悩む妻が増えている。

有能で高収入な男性ほど、他人を支配しようとする傾向が強い。

優衣(32)も、経営者の夫が突然マンションを買った日から、徐々に自由を失っていく。

広告代理店ウーマンから、高級マンションという“籠”で飼い殺される専業主婦へ。

彼女が夫から逃げ出せる日はくるのだろうか―?

◆これまでのあらすじ

ママ友からのホームパーティーに誘われた優衣。だが、雄二が勝手に義母を家へ招いていた日と被り、断ることに。数日後、義母がやってきて疲弊する優衣をよそに、雄二は急な出張に行くと告げる。

▶前回:「これでゆっくりできるだろ?」家事育児を一切しない夫からの計らいは、より妻を苦しめるものだった



1週間ほど滞在していた義母が、千葉に帰った翌週。

ママ友である恵と、彼女の紹介で仲良くなった京子が子ども連れで優衣の家に遊びにやってきた。

子どもたちは恵が持ってきたキルフェボンのタルトとNetflixのアニメに夢中で、大人たちはゆっくり話ができそうだ。

「やっぱり優衣さんのお家、素敵!こんなグリーン見たことない!」

恵が窓際にある鉢植えを興味深そうに眺めている。

「これ、なんていう名前なの?」

鉢植えにスマホのカメラを向けながら、恵は優衣に尋ねた。

「それは、オペル クリカリア パキプス マダガスカル。その隣は、パキボディウム」

カップにコーヒーを注ぐ手を止め、スラスラと名前を答える優衣。

「そんな名前、初めて聞いたわ」

京子が感心した様子で言う。

「うちの主人は、塊根植物とかの多肉植物を、オフィスや個人宅にリースする会社を運営しているの。海外から輸入してきたものも結構あるみたい」

リビングの鉢植えは、優衣自身が見ても珍しいものばかりだ。

2人が褒めてくれたのは、水分を蓄える貯蔵根を持つ植物で、岩のようにゴツゴツとした大きな根っこから、美しい繊細なグリーンを生やしている。

「私もお家に飾ろうかな。ちなみに買うといくらぐらいするの?植えている鉢も、すごくおしゃれね!」

興味津々で質問してくる京子に、優衣が答える。

「鉢はコンランショップあたりで買ったものだけど、グリーンは大きなものだと20〜30万するのよ。買えば、だけどね」

それを聞いた恵は、関心した様子で話し始めた。

「へぇー、やっぱ急成長する会社の経営者って目の付けどころが違うのね。今度お互いの旦那も交えて食事でもしましょうよ」

恵の提案に京子も乗り気なようだ。

だが優衣だけは違う。

「タイミング合えばね…」と煮え切らない言葉を返すことしかできない。

雄二の機嫌によっては、すんなり食事に行くとも思えないからだ。

優衣は、2人に先日の一件を相談してみようと思い立った。

「あの、2人の意見を聞きたいんだけど。実はこの間ね…」


自宅で友人との楽しい時間。だが、そこに夫が帰宅し…

優衣が話し終えると、ママ友2人は驚きを隠せない様子だった。

「えっ?じゃあ、旦那が出張することを直前まで知らされずに、義母と3人で留守番したってこと?」

京子は、優衣の話をまさかと言わんばかりに繰り返した。

「そうなの。夫は出張の件は“言った”の一点張りで…。でも私、本当に聞いてなかったのよね」

「で、どうだったの?義母との生活は」

今度は恵が尋ねてくる。

「まぁ、自分の親じゃないから気は使うよね。でも、義母が家にいる方が旦那の機嫌もいいし…」

優衣は、誰かに本当に相談したかった事柄の核心に触れた。

「原宿に越してきた途端、人が変わったみたいに自分勝手になったような気がするの。私が会社を辞めるまでは、そんなことなかったのに。義母も勝手に呼びつけちゃうし。どう思う?」



それを聞いた京子が、気の毒そうに言った。

「その話、経営者あるあるだよ。いきなり大枚を手にした途端性格が変わっちゃう人って、結構いるみたい」

彼女の話に、なるほど、と優衣はうなずく。

「経営者気質が家に帰っても抜けないのも、よく聞くよ。男って本能的にマウント取りたがるものだしね。ね?恵さん」

一方、恵は「まあ、そういう人もいるっていうよね」と同意しつつ、優衣を気遣う。

「浮気とか、そういう心配がないなら、あまり気にしなくていいんじゃない?」

恵の口から出た「浮気」という二文字に、優衣は思わずドキリとする。

「うん、たぶんね…」

優衣は曖昧に相づちを打つことしかできなかった。

なぜなら、浮気はまったく考えてもみなかった可能性なのだ。

― もし、この間の出張が浮気だったとしたら…?

優衣は思わず、そんな考えを巡らせてしまう。

その時だった。

玄関の方でガチャと扉が開く音がする。

― え?雄二さっき出かけたばかりなのに、もう帰って来たの?

と思ったのもつかの間、夫がリビングに入って来た。

「ただいま。あぁ、お友達がいらしてるんだね。いつもお世話になってます。ゆっくりしていってくださいね」

雄二はにこやかに挨拶を交わした後、「邪魔しちゃ悪いんで」と言って、そそくさと寝室に行ってしまった。

夫の姿が見えなくなると、恵と京子の2人は顔を寄せささやいた。

「ご主人、おしゃれで身長高くて、モデルみたい。素敵ねー」

「あんな素敵で経営の才があって、そりゃマウントとられても仕方がないわ」

さっきまでの同情などどこにいったやら、2人は雄二を褒め称える。

― まぁ、そういう見方もあるけど…。

優衣は、顔を引きつらせながらも小さく笑った。

ふと、ダイニングテーブルに伏せた、優衣のスマートフォンがブルブルと振動していることに気づく。

「あ、電話」

そう言って画面を見ると、寝室にいるはずの「雄二」の二文字が目に飛び込んできた。

― え?雄二?

優衣は恐る恐る応答ボタンを押す。

優衣の「もしもし?」にかぶさるように、低く押し殺した雄二の声が重なる。

「あのさぁ…」

いつもと違う声に、夫の怒りを察して優衣は固まってしまう。


同じ屋根の下にいるのに電話をかけてきた夫。その真意とは?

「お前の友達さ、グリーンの葉っぱとか触ったよね?一緒に遊びにきている子どもたちも、デイスカスの水槽触ったでしょ?なんで触らせんだよ?」

雄二からの一方的な文句に、優衣は瞬時に青ざめた。

一言も返せずにいる優衣に、雄二がとどめを刺す。

「すぐに帰ってもらってくれる?せっかく仕事切り上げて家に帰って来たのに、人の子どもがいたらくつろげないだろ」

恵が、スマートフォンを耳にあて押し黙ったままの優衣に気づいて、声をかける。

「優衣さん、大丈夫?」

「う、うん。ちょっと…ごめんね」

優衣は必死に平気な素振りを見せるが、動揺が隠せない。

2人に断り、雄二がいる寝室に向かう。

優衣が寝室のドアを閉めた瞬間、ベッドに横になりながら、YouTubeを見ていた夫が起き上がった。

「あのさぁ、この家は優衣の家かもしれないけど、俺の家でもあるんだよね」

このくらいまでなら優衣も想定内だ。だが、雄二の声は少しずつ声が大きくなっていく。

「とくにリビングはグリーン、熱帯魚、絵や置物…お気に入りだらけの、俺の私物博物館みたいなもんなんだよ!」

怒鳴り散らす夫を前に、優衣はパニックになってしまった。

「お願い!!!!今すぐ帰ってもらうから!聞こえちゃうじゃない」

優衣は雄二をなだめようと必死だ。もはや帰ってもらう以外に方法はない。

「ごめんね、気づかなくて本当にごめん」

優衣は夫に何度も謝り、リビングに戻る。すると、優衣の様子を察したのだろうか。京子と恵はすでにお茶のカップや皿をキッチンまで運び、子どもに上着を着せようとしていた。

「そろそろ夕方だから、失礼するわね」

2人の様子を見ると、寝室での会話は聞こえていないようだ。

「ごめんね、何もお構いできなくて」

優衣はほっと胸をなでおろした。

マンションのエントランスまで送りに出ると、ポツポツと冷たい雨が降り始めていた。

「あ、傘持ってくるから待ってて!」

優衣が家に戻ろうとすると、恵は制止した。

「小雨だから大丈夫よ。優衣さん、無理せず何かお役に立てることがあったら言ってね」

「え、えぇ。ありがとう」

2人の姿が見えなくなった途端、優衣はエントランスのソファにへたれ込んだ。家に戻れば雄二に小言を言われるのは目に見えている。

それを思うと、瞳から涙が溢れてくるのだった。

最近の優衣は、雄二のことになると激しい緊張感に見舞われる。

― 最近の私、なんかおかしい…。

四六時中ではないが、時折感じる精神の不調に、不安を感じ始めていた。

優衣は涙を拭き、重い腰を上げると、エレベーターで部屋に戻る。そして、家の前で大きく深呼吸をしてから扉を開けた。

だが、玄関先で、息子の雄斗が嬉しそうに出迎えてくれ、その様子に優衣は思わず拍子抜けしてしまう。

「ママー!パパがご飯いくって」

リビングに入ると、「触った」と騒いだ水槽を綺麗に磨き、植木鉢の場所を調整し、世話をしている夫の姿があった。

その様子を見ていた優衣に、1つの疑念が湧き上がる。

― でもなんで、雄二は恵さんたちが水槽やグリーンを触ったって気づいたんだろう?

だが、さっきと同一人物とは思えないような穏やかな夫の態度を見て、優衣は一旦それを飲み込んでしまった。

「優衣、今日はごめんね。大人気ないこと言っちゃって。後から反省したよ、優衣の面目丸つぶれだなって。お詫びに『南国酒家』へ中華でも食いに行こう」





「フカヒレの姿煮、優衣はお肌のために食べた方がいいんじゃない?」

優衣をからかいながら、手際よく食事をオーダーしていく雄二。

昼間のあの剣幕はどこに消えたのだろうか。優衣は不思議でならなかった。

目の前にいる夫は、子どもと妻に食事を取り分け、楽しそうに仕事であった出来事を話し、引っ越す以前とまったく変わらない様子だ。

そして、優衣が北京ダックを取り分けていると、いきなり思い出したように雄二が恵と京子の話を始めた。

「それにしても、今日の優衣の友達、2人とも美人だね。やっぱこの界隈に住む奥様たちはレベル高いよなぁ」

きっと昼間のことを反省しているからに違いない、と優衣は思った。

「2人ともモデルみたいに素敵でお洒落なご主人ね、って言ってたわ」

「えっ?そうなの?嬉しいなぁ」

ママ友のお褒めの言葉に、夫もまんざらでもない様子だ。

「でも、今度家に呼ぶ時は、俺にひと言、言ってからにしてね」

雄二が言いたかったのはこれか、と優衣は納得した。

「うん、ごめんね。わかった。フカヒレ、最高よ」

言われることを予想していたかのように、優衣は詫びる。

そして、優衣はこの時ある1つのことを封印した。

― もう今後、友達は家に呼ばない。

夫への恐怖心からくる緊張感は、こうして雄二が穏やかな時にはどこかへ消え失せる。

夫を怒らせないようにすれば、こうやって家族そろって楽しく食事ができる。息子も楽しそうにしている。

― 雄二が怒らなくても済むように、彼をサポートしなくちゃ。

正常な状態では思い浮かぶはずもない考えに及ぶ。それほど、優衣は家族が幸せに暮らすために何ができるか、必死に模索していた。

夫への恐怖と不安に心が支配されていることに、この時の優衣はまだ気づいていなかった。


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もしかして私の考えが間違っている?義母の意見に優衣は自信を喪失し…