彼氏やパートナーがいる人が幸せって、誰が決めたの?

出会いの機会が激減したと嘆く人たちが多い2021年の東京。

ひそかにこの状況に安堵している、恋愛に興味がない『絶食系女子』たちがいる。

この連載では、今の東京を生きる彼女たちの実態に迫る。

▶前回:同棲3年。ある日、彼が他の女を家に連れてきて、突然放った衝撃の一言



過去のトラウマを引きずるオンナ・由芽(33)【後編】


「で、どうして急に私を呼び出したわけ?」

アイスティーを半分くらい飲み終えたあと、私は長い沈黙を破った。美沙希の肩がびくりと反応する。

目の前に座る美沙希と会うのは、4年ぶりだ。彼女は、大学時代に仲の良かった同級生で、今日は恵比寿ガーデンプレイスの『South』を予約してくれていた。

しかし、“喜びの再会”というわけではない。

美沙希は、私の恋人だった昭彦を略奪して、そのまま妊娠・結婚した憎らしい女なのだ。

「えっと、それは、あの……」

美沙希が言いかけたところで、ランチコースの前菜が運ばれてくる。

店員に小さく会釈をしたあと、美沙希は私の顔色をうかがうようにポツリポツリと話し始めた。

「……実は昭彦が浮気をしていて、私は離婚したいと思ってるの。でも、集めた証拠が弱いせいで、どうしても認めてくれなくて」

友人から聞いていた通りの状況に、私は内心ほくそ笑んだ。

― ざまぁみろ。

そんな言葉が脳裏に浮かんだが、さすがに品がないと思い「因果応報よ」とだけつぶやいた。

「うん、わかってる……由芽ちゃんには本当に申し訳ないと思ってる。自分が浮気される側になって、初めて苦しみがわかった」

「自分が浮気される側にならないと相手の気持ちがわからないなんて、本当に想像力がないのね」

私が吐き捨てるように言うと、美沙希はただでさえ小柄な身体をさらに縮めてうつむいた。

お互いに、前菜にはまったく手をつけていない。

「で、本題は何?」

私の言葉に、美沙希は意を決したようにこちらに向き直った。


美沙希からのまさかの頼み事に、由芽は…?

この女を助けるか、否か


「……弁護士を、紹介してほしいの」

私は、気まずそうに視線を泳がせる彼女を冷たい目で見つめた。

「そんなことだろうと思った」

私の父は大手法律事務所のパートナー弁護士なので、こういった相談を私に持ち掛けてくる友人は多い。そのたびに最大限の協力をしてきた。

しかし、美沙希のために私が無償で手助けをしてやる義理なんてない。

「本当にごめんなさい、あまりにも虫が良すぎるよね。でも私、友達も少ないし、こういうの初めてで、どうしたらいいのかまったくわからなくて。由芽ちゃんしか頼れる人がいないの……」

だんだんと涙声になり、鼻をすすりだす美沙希。

美沙希は、最後に会った4年前よりもやつれているように見える。

大学時代はオシャレすることが好きで、ハイブランドの服やバッグを身に着けていた彼女だが、今日はかなり質素だ。

肩まで伸ばした茶髪のボブは頭頂部が黒くなってきて、よく見ると白髪もある。

そんな姿に少しだけ胸が痛んだが、私は表情ひとつ変えることなく、毅然とした態度を貫いた。

「なんで、恋人を略奪したあなたに協力しなくちゃいけないの?今はネットで調べればどうにでもなるんだから、人に頼る前にまずは自分でどうにかしたら?」

「色々調べてみたんだけど、どの弁護士がいいのかわからなくて……知り合いの紹介が一番安心かなって……」

私に頼めば、何とかしてくれると思っているのだろう。彼女は大学時代から、困りごとがあるとすぐ人に頼る癖があった。

― こんな非常識な女と、あの最低男に、私は何年も苦しめられてきたんだ……。



「それに、3歳になる子どももいるから、養育費のこととかちゃんと解決してから離婚したいの。だから、お願い!」

私はアイスティーを一口飲んで、深いため息をつく。

腹立たしさを通り越し、心底呆れかえっていた。

― それにしても美沙希は、自分に子どもができたせいで、私から明彦を奪ったことを忘れたのだろうか。

悲劇のヒロインを気取っている美沙希に、何を言っても時間のムダだろう。

― まぁ、今となっては、あんなバカな男と結婚しないですんだのはよかったのだから。その子どもに感謝したほうがいいのかもしれない。

そんな考えも頭によぎり、いよいよ決心がついた。

「わかった。父に聞いてみるわ」


美沙希に救いの手を差し伸べた由芽だったが…?

トラウマを乗り越えて


美沙希と会った日から半年が過ぎた頃。

私はお気に入りの赤ワインを片手に、自室のソファで大学時代の友人と電話していた。

『それで親戚の弁護士を紹介してあげたわけ?まったく、由芽はお人好しなんだから』

友人の言葉に、私は小さく笑う。

「お人好し、か。確かにそうかもね。でもおかげで色々吹っ切れたの」

浮気をされて最もつらかったのは、自分が“浮気をされる程度の女”だという現実を突きつけられたこと。

自尊心が深く傷つき、自分には男性に愛され続けるだけの魅力がないのだと思い込んでしまった。

でも、浮気をする男は何度でも同じことを繰り返す。

私自身に問題があったのではない。ただ、男を見る目がなかっただけなのだ。

それに気がついたことは、私にとって大きな一歩だった。

『にしても、昭彦くんって本当にムカつく。痛い目に遭わせてやりたいわ』

「まあね。一応、昭彦と付き合ってる頃に知り合った、彼の上司には今回の件を伝えてみるつもり。浮気相手は会社の後輩らしいから。といっても、社内での評判が下がるだけで大した処罰は下されないと思うけど……」

今回の件で目が覚めたのだ。

浮気された側が不幸になるのは、間違っていると。不幸になるべきなのは、浮気した側だということに。

「ほんと、昭彦と結婚しなかったことだけが不幸中の幸いかも」

私が自嘲気味に笑うと、友人は強く相づちを打つ。

そして彼女は、「でもさ」と楽しそうな声で話を続けた。

『前向きになれたんだし、恋愛しようとかは思わないの?』



その言葉を聞いて、私は赤ワインをぐっと飲み干した。

「実は……マッチングアプリを始めてみました」

私が満を持して言うと、友人は喜びの声を上げる。

「最低な男のことがトラウマで恋愛しないなんて、バカらしいなって。別れてもなお、アイツに支配されてるなんて時間の無駄だなってようやく気がついたの」

とはいっても、トラウマの克服は決して容易じゃないと思う。私はきっともう、全身全霊で相手を求めに行くような“恋”はできないだろう。

その代わり、残り50年ほどの人生を一緒に歩んでいけるような、唯一無二のパートナーを探したい。

今回の一件は、私の価値観にそういった変化をもたらした。

「……今度は、内面をじっくり見て決めようと思う。昭彦とは、“話が合う”とか“一緒にいて楽しい”ってだけで、あまり深く相手を知らないまま付き合っちゃったからさ」

『いまの由芽なら、きっと素敵な人と出会えるよ!応援してる』

「うん、ありがとう」

友人との会話を終え、窓の外の景色を眺める。深夜12時過ぎにもかかわらず、高層ビル群にはまぶしいほどの明かりが灯っていた。

この広い東京には、まだ見ぬ男性がごまんといる。

たったひとりに裏切られただけで、可能性をゼロにしてしまうのはもったいない。

まだ少し怖くもあるけれど、とりあえず前に進まなくては。

手元のスマホが、ピロンと通知音を鳴らす。見ると、前に告白を断った男性から『どうしてももう一度会いたい』という内容のLINEが届いていた。

― 私も、まだまだ捨てたもんじゃないわ。

私をコケにした昭彦なんてくらべものにならないほど、素敵なパートナーを見つけてみせる。

東京の夜景にそう誓って、私は男性にLINEを返した。


Fin.


▶前回:同棲3年。ある日、彼が他の女を家に連れてきて、突然放った衝撃の一言