ようやく付き合えた彼から、別れを切り出されてしまった女たち。

「私は別れたくないのに、どうして…?」

彼氏に夢中になる女のなかには、自らの行動で関係を壊してしまう“恋愛クラッシャー”が存在する。

では彼女たちの何が原因で、この恋はクラッシュしてしまったのだろうか?

▶前回:彼にあわせて「アウトドア好き」と嘘をつく女。キャンプ場で不機嫌な女に男がとった行動



今回の悩める女子:手越瑠理子(29歳・インテリアデザイナー)


「おはよう、光!スムージー作ってるよ。飲むでしょ?」

朝7時。寝ぼけた顔で寝室から出てくる彼に、浮かれ気分で声をかけた。

パジャマの上にカーディガンを羽織って、寝癖をなでつけながらリビングにやってくる姿が愛おしい。彼の無防備な姿が見られるなんて、同棲って最高だと思う。

中目黒の彼のマンションで一緒に暮らし始めてから2ヶ月。この状況にドキドキしてまだ慣れない私は、毎朝口元がゆるんでしまう。

けれど、そんな私とは反対に、昨日も夜遅くまでリビングで仕事をしていた光は、クマが目立って疲れているように見える。

「おはよう…。瑠理子はいつも朝から元気だね」

声にも張りがなく、野菜やフルーツを砕くミキサーの「ガガガッ」というごう音にかき消される。

「はい、グリーンスムージー!あ、ねえ光って今日在宅勤務だよね?私もなんだ」

「ありがとう。そっか、じゃあ僕は…たまには外で仕事してこようかな。瑠理子は、ゆっくりこの部屋で仕事してよ」

スムージーを一気に飲み干した光は、ダイニングテーブルに置いてあったノートパソコンと書類を無造作に鞄に詰めはじめる。そして、フーッと小さなため息を漏らしてこう言った。

「あのさ、瑠理子が住んでた部屋ってまだ解約してないんだよね?」

「どうしたの、急に?」

質問の意味がわからず考えている間に、身支度を整えた光は「行ってきます」と玄関から出て行ってしまった。


同棲を楽しむ瑠理子。光との間に不穏な空気が流れた理由は…

出版社に勤める光とは、インテリア雑誌の取材を通して知り合った。

インテリアデザイナーとして初めて特集を組むこととなった私の取材に、当時、編集長になったばかりの彼が同行していたのだ。

色白で笑顔が優しく、穏やかで、包容力を感じさせる光は、私の理想の男性そのものだ。

そんな彼が目の前にいると余計に緊張してしまい、用意していた回答もしどろもどろになってダサいところを見せてしまった。

だから、彼とインテリアのことでメールをしたり、2人で展示会に行ったりして、何度目かのデートのあとに告白をされたことは、夢のようで本当に嬉しかったのだ。



それから1年。彼の温厚な性格のおかげもあって、大きなけんかもなく過ごしてきたある日。

「瑠理子さえよかったら、うちで一緒に暮らさない?」

彼から同棲を持ちかけられたのは、コロナ禍で思うようにデートできなくなったことがきっかけだ。

― 光ともっと一緒にいられるようになるわけだし。何だったら、この勢いで結婚なんて話もよく聞くし…。

そんな淡い期待もわいてくる。

そうしてすっかり舞い上がった私は、自分の部屋の片づけも中途半端なまま、転がり込むように彼の部屋へと引っ越したのだった。





同棲開始から1ヶ月は、私はデザイン事務所に、彼は出版社のオフィスに出勤していた。

しかし、緊急事態宣言が発令され徐々にリモートワークへと切り替わっていくと、私の仕事は週の半分が在宅勤務となった。光も同じで、リビングのテーブルで向かい合いながらパソコンを開くことが増えたのだ。

仕事中なのに不謹慎かもしれないけれど、真面目な顔で仕事をする光を眺めては格好いいなと思ってしまう。

それに、一緒に暮らし始めてからまだ1ヶ月ちょっと。何だか今の状況が新婚っぽくて、楽しくもある。

そんなことを考えていたら、ふいにお腹が鳴った。

「光、お腹空かない?何か作ろうか」

「僕の分はいいよ。瑠理子も仕事があるんだから、気にしないで」

そう言われても自分の分だけ作って目の前で食べるのは、さすがに気が引ける。結局2人分のサラダとパスタを手早く作った私は、光の横にラップをかけたお皿をゴトッと置いた。

「うわっ!ビックリした…」

驚いた顔で目を見開いた光は、集中して原稿に目を通していたようだ。パラパラとページをめくり直しながらの「ありがとう」はどこか上の空で、喜んでもらえると思った私は拍子抜けした。

一緒に暮らし始めると、こんなこともあった。

「昨日、洗濯する時間がなくて。今から洗濯機回してもいい?」

「今から?あー、じゃあちょっと寝室で仕事してくるよ」

家で仕事をしていると、生活感が出るのは仕方がない。だが、光はそれが気に入らないようなのだ。私がパタパタと動くと頭をかきだしたり、うな垂れたりして落ち着かなくなる。

また別の日、仕事が早く片づいた午後4時のこと。

私は「うーん、終わったー!」と、パソコンのエンターキーをポンと叩く。

ふと見るとフローリングのほこりが気になってしまい掃除機をかけた。そのとき、彼が遠慮がちにこんなことを言ってきたのだ。

「あのさ、在宅勤務の日なんだけど、家事は朝か夜にやらない?日中は仕事に集中したいんだ」

「うーん、わかった。できるだけそうするけど…」

光の言うことも理解できるけれど、仕事と生活の場が同じでは思うようにはいかないことだってある。

― 何かなあ。でも、今はこんなご時世だし、リモートワークが終わるまでもう少しの我慢なのかな。

その翌日。

モヤモヤする気持ちを切り替えて、同僚とオンライン会議をしたとき。つい雑談で盛り上がり、少しうるさくしてしまった。

すると、正面に座る光からこんなルールを追加されたのだった。


コロナ禍の同棲で、彼から突きつけられる数々のルール…

「電話やオンラインで会議するときは、リビングから移動しよう。僕もそうするから」

― それはちょっと厳しすぎない?

私は内心イラッとした。

ただ、光は原稿のチェックなど高い集中力が必要となる作業が多いことは、この2ヶ月でよくわかっていた。それに、仕事中の彼はものすごく静かなのだ。おかげで、私は集中できる環境でサクサクと作業を進められているところがある。

だから、グッと気持ちを抑えて彼の提案に従うことにした。

気持ちを切り替えて、今朝はいい気分でスムージーを作っていたのに、突然の彼の言葉に頭が混乱してしまった。

「あのさ、瑠理子が住んでた部屋ってまだ解約してないんだよね?」

そう言い残して、さっさと外出してしまうのでますます意味がわからない。

― 私…。何か光を怒らせるようなことしちゃった?

これは、同棲解消をするつもりなのだろうか。でもいったい、どうして…?



戸田光(35歳・出版社勤務)が考えていたこと


インテリア雑誌の編集長に就任した頃に、取材で偶然出会った瑠理子とは、付き合って1年になる。

当時、専門色が強い業界でわからないことばかりだった僕に、用語やその使い方などを丁寧に教えてくれたのが彼女だ。「インテリアデザイナーになる」という夢を叶えて生き生きと働く姿はとてもまぶしく、仕事に対してプロフェッショナルで、尊敬できる素敵な女性だ。

だが、このコロナ禍をきっかけに始めた同棲で、僕にはどうしても我慢ならないことがある。

それは、彼女が出す“生活音”の大きさだ。

例えば、料理をするときの食器のガチャガチャ音。そして、それをテーブルに並べるときの音。まるで手を滑らせて食器ごと落としたかのような、大きな音を立てるのだ。「何か怒ってる?」と、ヒヤッとさせられることもたびたびあった。

朝のスムージーもそうだ。僕が起きてから作るのだったらまだいいのだが、眠っている間のミキサーのごう音はなかなかしんどい。

だが、体調を気遣ってもらっている身としては、余計なことは言わないで我慢していた。

ほかにも、あとでいいんじゃないかと思う時間帯の洗濯や掃除機がけ。何をどうしたらそうなるのか、彼女が家事をする音は異様に大きい。

もっと細かいことを言うと、ドアの開け閉めも配慮のない音を立てているのだが、わざとやっているわけではないらしく本人はいたって普通の顔をしている。

そして、地味に嫌だったのはリビングで向かい合って仕事をしているときのキーボードの音だ。

数分に1回ほど、エンターキーを勢いよく「ターン!」と打つクセがあるようで、ビクッと反応してしまう。

そんな生活が2ヶ月弱続いている。

― これって、僕が神経質なんだろうか…。

そう思ってカフェで仕事をしてみたこともあるが、そこまでうるさいとは感じなかった。もちろん、オフィス勤務をしていたときもだ。

ということは、やはり…。

一緒に暮らすまではわからなかっただけに、この生活音の感じ方の違いは厄介だ。彼女にさりげなく伝えてみたこともあるが「うるさいヤツ」と思われないように配慮しすぎて、うまく伝わっていないと思う。

だから僕は、仕事と生活の場が同じ空間となるコロナ禍の同棲には、失敗したなという思いが拭えずにいる。

― せめて、仕事中はできるだけ瑠理子と離れていたい。

確か、彼女が以前暮らしていた部屋はまだ解約していなかった。それなら、僕がそこで仕事をしたっていい。

彼女のことが嫌いになったわけではないのだから、こんなことで別れようとは思っていない。ただ、1人で集中できる静かな場所に身を置きたいというのは、どう説明したらわかってもらえるだろうか。

Fin.


▶前回:彼にあわせて「アウトドア好き」と嘘をつく女。キャンプ場で不機嫌な女に男がとった行動