「相手にとって完璧な人」でありたい―。

恋をすると、本当の姿をつい隠してしまうことはありませんか。

もっと好かれようとして、自分のスペックを盛ったことはありませんか。

これは、恋するあまり理想の恋人を演じてしまう“背伸び恋愛”の物語。

◆これまでのあらすじ

東京で暮らすズボラ女子・芹奈と、伊勢志摩でワーケーションをしていた自信のない男・瑛太。芹奈は東京に戻った瑛太と同棲を開始する。だが、慣れない家事をこなす芹奈は2週間で疲れてしまい、週末は実家に戻って羽を伸ばしたのだった。

▶前回:「2週間でもう無理…」付き合ってすぐ同棲したカップルのリアルな悩みとは



結局、芹奈は月曜日に横浜の実家から瑛太の住む品川のマンションへ戻ることにした。

週末を実家で過ごしただけなのに、疲れがとれ少しリフレッシュできたように思う。

「おかえり、芹奈」

玄関を開けると待っていたのは、2日ぶりの瑛太の笑顔。

「ただいま」

瑛太の顔を見ると幸せな気持ちになり、やっぱり同棲を頑張ろうと思えてくる。

しかし部屋の奥に進むと、洗っていないままの食器や、洗濯カゴに放置されたままの服が目に入ってきて、幸せな気持ちはすぐに沈んでしまった。

― 何もやってくれてないのね…。

バレないように小さくため息をつき、洗濯カゴに手を伸ばす。彼の服やタオルを洗濯機に入れていると、瑛太が後ろからやってきて芹奈の頭をなでた。

「あ、ごめん芹奈。散らかしっぱなしで。俺、自分でやるよ?」

「ううん、全然大丈夫よ。ゆっくりしてて」

本音を押し殺して笑顔でそう言うと、瑛太は芹奈の体を長い腕で包むように抱きしめた。

「ありがとう。芹奈は本当に完璧な彼女だな」

瑛太は、満足げな表情を浮かべてリビングに戻っていった。

― そんなふうに言われたら、こうするしかないじゃん…。

素敵な彼女だと思われ続けたい。そして、この人と結婚したい。それだけは譲れない。だから、芹奈はどんなに疲れていても、家事をするしかないのだ。

作り笑いのまま同棲を続けて、1ヶ月。ある日、瑛太は突然こんなことを言ったのだった。


瑛太が芹奈に言ったこととは…?

「芹奈ー?来週、伊勢志摩のお客さんのところに行くわ。5日間、出張してくるね」

「そうなのね。わかった」

瑛太が家を空けると聞いて、芹奈は来週が少し待ち遠しくなった。そんな自分に気づいて、ぎくりとする。

― 不在が楽しみなんて、だめよね。でも、ぐうたらできるのは嬉しいなあ…!

同棲生活で疲れ気味の芹奈は、どうしても1人の時間を恋しく思ってしまうのだった。



翌週の火曜、予定通り瑛太は出張に行った。

リモートワークを終えた芹奈は、夕方1人でスーパーに行き、お菓子とお酒をたくさん買い込んだ。

― 瑛太が帰ってくる日まで、ぐうたらした生活をしよーう!

鼻歌まじりにクローゼットまで歩き、グレーのくたびれたスウェット上下を引っ張り出す。

瑛太の前ではとても着られないが、これが一番着心地がよくて落ち着くのだ。



床に寝そべってたくさん買い込んだお菓子とお酒に囲まれながら、久々のひとり時間を楽しんでいると、しばらく会っていない美羽からLINEが届いた。

『お久しぶり。元気にしてる?彼とは、順調?』

芹奈は、2週間前に瑛太が言っていたことを思い出す。以前、品川駅で突然、美羽に声をかけられた、と。

― 一体どんな話をしたんだろう?

瑛太が詳しく話さなかったので、聞くタイミングを逃してしまった。

それに、自分が初心者の料理教室に通っていたことを、美羽がもし彼に話していたらと思うと怖く、話題にあげるのも気が進まなかったのだ。

― 美羽さんに連絡返すの、面倒だなあ。

しかし、年上の女性から連絡をもらっておいてスルーするのは気が引けたので、返事を打つ。

『お久しぶりです。順調ですよ』

いぶかしみつつ送信してみると、すぐに返事がきた。

『よかった。でも、彼に“本当の姿”を見せられるようになった?』

― なんなの?

芹奈が固まっていると、追加のメッセージが送られてくる。

『一緒にいて疲れたり、気を使ったりする相手なら、運命の相手じゃないわ』

なんだこの人は…とむかつきながらも、返事を打つ。

『そんなんじゃないですよ。大丈夫です』

『そう、なら良かった。私、心配してたのよ』

美羽のメッセージに『ありがとうございます』と打って、スマホを伏せて置く。

しかし、美羽の言葉には感じるところがあった。

― 大丈夫…じゃないかもなあ。

思い詰めた気持ちで、窓の外をふと見る。夕方の電気がつき始め、キラキラと輝く東京の夜景にうっとりしていると、インターホンが鳴ったのだ。


部屋に突然やってきたのは、思いがけない人物だった

「はい。どなたでしょうか?」

インターホンの前には、見知らぬ男性が立っていた。応答ボタンを押して呼びかけると、あからさまに戸惑った様子を見せた。

「あれ?すみません、間違えましたかね…」

瑛太の部屋だと思ったら女性の声がして、戸惑っているのだろう。そう思った芹奈は、慌てて言葉を続けた。

「あ…すみません、瑛太さんのお知り合いですよね?」

「そうです、瑛太の兄です」

訪ねてきたのは、瑛太の兄・蒼一郎だった。

「弟に渡したいものがあって、近くに寄ったから持ってきたんですけど。…今日は帰りますね」

インターホンに越しにペコリと頭を下げる蒼一郎の姿に、芹奈は慌てて、反射的にこう言ってしまった。

「あ、いえいえ。どうぞお入りください」

お兄さんを勝手に帰すわけには行かないと思い、開錠ボタンを押す。押してしまってから、自分の今の状況に気づくのだった。

さえないグレーのスウェットを着て、部屋にはお菓子の袋が散らばっている。

― どうしよう!

目につくものを手に取ってゴミ箱に入れ、慌ててスウェットからTシャツとパンツに着替えたところで、呼び出しのチャイムが鳴ってしまった。



髪の毛を手で整えながらバタバタと玄関ドアに駆けていき、ドアを開ける。すると、瑛太よりも数倍体格のいい男性が、申し訳なさそうな顔で立っていた。

「あ、突然、すみません。瑛太の兄の蒼一郎と申します」

「こちらこそすみません。瑛太さんとお付き合いさせて頂いています、神谷芹奈と申します。あの…どうぞお入りください」

「あ、いやいや、僕はここで」

「いえ、折角なのでお茶でもどうぞ…」

芹奈は混乱したまま、来客用のスリッパをシューズボックスから出した。リビングには飲みかけのお酒とお菓子のゴミが、あちこちに散らかっている。

その惨状を目の当たりにした蒼一郎に向かって、芹奈は可愛く苦笑いをすることしかできなかった。

「すみません、散らかしてて…」

「いやいや、僕が突然来てしまったから…。あの、お茶は本当に大丈夫です」

蒼一郎は申し訳なさそうに言って、日本酒が入っている紙袋をキッチンテーブルの上に置いた。

「これ、瑛太に渡しておいてくれないかな。もらい物なんだけど、重たくって。近くにいたから瑛太と飲もうと思ったんだ。お邪魔しました」

蒼一郎は玄関ドアに戻って、にっこり笑った。目尻が瑛太と少し似ている。

「アイツ、こんなに素敵な彼女さんができたなら、言ってくれたらいいのにね。今度、改めて3人でご飯でもしましょうね」

「はい、もちろんです」

蒼一郎が出て行き、バタンとドアが閉まると芹奈は廊下にペタリと座り込み、乾いた笑いを浮かべる。

― だめだ、もう。ごまかしきれないところまできたな…。

芹奈はやけになって、先ほどキッチンの隅に隠した缶ビールを手に取り、あおるように飲み干したのだった。


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瑛太が、芹奈のズボラな本性に気づき始める…?