「妻が輝いていることが、僕の喜びです」

令和の東京。妻に理解のある夫が増えている。

この物語の主人公・圭太もそのうちの1人。

・・・が、それは果たして、男の本心なのだろうか?

元来男は、マンスプレイニングをしがちな生き物だ。

高年収の妻を支える夫・圭太を通じて、東京に生きる『価値観アップデート男』の正体を暴いていく。

(マンスプ=マンスプレイニングとは、man+explainで上から目線で女性に説明するの意味)

◆これまでのあらすじ

大手商社を退職した藤堂圭太(34)は結婚1年目。家事全般を担当し、自分より年収のある経営者の妻・香織(36)を支えていた。

しかし世間知らずの女子大生・未久(21)がOB訪問してきたことがきっかけで、圭太は生活のペースを乱し始める…。

▶前回:「なぜ妻が男とホテルに…?」14時の大手町で夫が見てしまった、女の裏の顔



いつもの水曜日。

香織を仕事に送り出し、洗濯機を回している間に朝食の皿洗いを終えた。洗濯が終わるとバスタオルは乾燥機にかけ、それ以外の物は乾燥機能の付いた浴室に干す、というルーティンワークをこなす。

しかし、いつもと違うのは、10時に未久とZoomをつないだことだ。

パソコン画面の中で、未久がはしゃいでいる。

「見てください。このインタビュー記事!」

画面越しに未久が見せつけてきたのは、2年前の経済雑誌で香織がインタビューを受けているものだ。

「フリマサイトで見つけてすぐに買いました。香織さんって、ホントかっこいいですよね。考え方とか生き方とか、かっこ良すぎます」

真野聡介の毒牙から守ってくれた香織に憧れを抱いた彼女は、1週間も経たないうちに“清水香織のファン”になっていた。

ちなみに「清水」というのは香織の旧姓だ。

結婚後の姓を選択するとき、香織は僕の姓である「藤堂」に変更することを望んだ。仕事とプライベートで名前を分けたかったらしい。

「僕の妻がかっこいいことは、僕が一番よくわかってるよ」

「ですよね。藤堂さんの奥様ですもんね」

調子良く未久は言った。

「それで今日の用件は?相談があるってLINEで言ってたよね?」

僕が問いかけると、未久は一瞬にして暗い顔になる。

「はい、そのことなんですけど…」


未久の相談内容に、圭太は頭を抱えてしまう…。

真野聡介との一件で、香織の名刺を受け取った未久は、翌日から彼女とメールのやり取りをするようになったと言う。

「えっ、そうだったの?妻から何も聞いてなかった…」

「メールのやり取りをさせてもらう中で『香織さんの会社でインターンさせてください』って言ったんです、私」

僕は思わず天を仰いだ。

― おいおい。何考えているんだ、この娘は…。

香織が経営する輸入ファッション雑貨の会社は業績が好調だが、その理由のひとつに、少数精鋭であることが挙げられる。インターンだとしても易々と入ることはできないはずだ。

― ただでさえ香織は忙しいのに、煩わせるようなことするなよ…。

聞けば、やはり香織は断ってきたそうだ。

「でも諦められないんです。だから、どこか別のインターン先とか知りませんか?」

「別のインターン先かぁ…」

そうつぶやきながら、僕は理解できずに首をひねる。

― なぜ僕がインターン先を探さないといけないのか?

腕組みをする僕に対し、未久は言う。

「今、きっと藤堂さんは『どうして俺がインターン先を斡旋しなきゃいけないんだ?』って思っていますよね?」

「えっ、いや、思ってないよ」

世間知らずの女子大生に見えて、意外と鋭い。

「すみません。失礼を承知でお願いしています。でも私、香織さんのように将来は自分で会社を起こしたいと思ってるんです。香織さんみたいになれるインターン先ってありませんか?」





その夜、帰宅した香織に相談した。

「ちょっと待って。あの未久ちゃんって子、全部しゃべったの?」

しまった、と僕は反省する。

香織が真野聡介から未久を救った一件を、僕は知らない設定だった。

「ああ、そうなんだよ…。ごめん、聞いちゃってた…」

「ううん、圭太くんは悪くないわ。こちらこそ勝手な真似をしてごめんね。でも、真野がどうしても許せなくて」

香織によれば、真野が就活中の女子大生に限らず、自分より立場が下の女性を“食い物”にしているのは、業界でも有名らしい。

真野の悪行に眉をひそめる者はいても、直接彼に苦言を呈する者はいない。

「だから私が言うしかないと思って、面と向かって毒づいてやったの」

さすが妻だと敬服したあと、僕はあらためて未久の件を相談する。

「私みたいになれるインターン先?」

香織は思わず吹き出す。

「あの子、ちょっと変わっているけど、面白いわね」

その反応を見て思う。妻にとって未久は“世間知らずの女子大生”ではなさそうだ。

「まぁ、バイタリティはあるよね。でも、どうして僕がインターン先を紹介しないといけないんだろう」

素朴な疑問だ。主夫業とイラストの仕事で忙しいというのに。

「あっ、岡山さんのところは?」

香織は、僕の後輩の名前を出した。

「岡山って岡山慎弥?」

「そう。岡山さんのところなら、あの子を拾ってくれるんじゃないかな?」

岡山慎弥は僕と同じ商社に勤めていた後輩だ。

僕が退職するより前に独立し、大手出版社の編集者だった大学の同級生と一緒に小説家のマネジメント会社を立ち上げていた。

今では、その分野で、成功しているという話だ。

商社から独立する人間はそもそも少ない。しかも、出版業界のマネジメント分野で独立なんて聞いたことがない。

彼の行動力や変わった経歴は、未久の参考になりそうな気はする。

「岡山かあ。なるほど。連絡してみるよ」

その場で早速LINEすると、彼からはすぐに返事がきた。

『今度、そのインターン希望の方と会わせてもらえますか?』


こうして岡山に未久を紹介することになったものの…。圭太に心境の変化が!?

翌朝、僕は未久に電話した。

「岡山さんって、あの岡山慎弥さんですよね?うわ。緊張します…」

「岡山のこととか、どれくらい知ってる?」

就職先と同様、インターン先のことを調べるのは当然だ。

「あまり知らないんですけど、さすがに岡山さんのTwitterはフォローしています」

未久は答えた。そう、岡山はTwitter上で有名だ。

ハラスメントやジェンダー、SDGsなど現代的な問題提起を発信している彼のツイートは、1万「いいね」を超えることも珍しくない。

僕のような何者でもない人間からすると、岡山のTwitterはもはや一種のメディアである。

「でも私にはハラスメントとかジェンダーのこととか難しくて…。環境問題なら大学の講義でやったので少しは理解できるんですが…」

「ハラスメントもジェンダーの問題も、香織が日ごろから特に気にしていることだよ」

「香織さんも?」

スイッチが入ったように未久の声色が変わる。

「そうですよね!そしたら私も勉強しないと!岡山さんに会うのは、ちゃんと勉強してからにします!」



幸いにも岡山は多忙ゆえ、未久を紹介するのは2週間後だった。

この日を境に未久は、ハラスメントやジェンダーにまつわるネット記事や書籍を読み漁るようになったようだ。

未久の勉強熱心で好奇心旺盛なところは、好感が持てる。

ただ困ってしまうのは、Zoom会議を設定して、僕に質問してくることだ。

LINEとかではなく、わざわざZoomをセッティングしてくるのは、その方が講義を受けているみたいで楽しいという理由らしいのだが。

「記事や本に書いてあることは理解できるんですけど、実際の体験談というか、藤堂さん目線でどう思うか聞きたいんです」

大体いつも、妻を仕事に送り出して家事が一段落し、仕事を始めようと思ったタイミングなのだ。

仕事の邪魔だとは思っていたが、そのつど僕は丁寧に答えている。

僕がどんな話をしても「すごいですね!」「何でも知ってますね!」という未久の反応が、ひそかに嬉しいのだ。

だから、どんどん偉そうに語りたくなる。

何も知らない若い女。それに対して上から目線で話をする男。まさにマンスプレイニングの状況だった。

― ヤバい。このままじゃ…マンスプ男だ。



10日後。

未久と岡山を引き合わせる日が差し迫る中、岡山が急に時間が空いたとのことで、2人きりで軽くお茶をすることになった。

「ハハハッ。圭太先輩、なかなかの人材と知り合いましたね〜」

未久のことを洗いざらい話すと岡崎慎弥は大きな声で笑う。

2年後輩の彼だが、大学を2年間休学して海外留学していたため、年齢で言えば僕とは変わらない。

なのに、いつまでも僕を「先輩」と呼び、敬語も忘れない律儀な男だ。

「どうかな。岡山の会社でインターンやれそう?」

岡山は、うーん、とうなって腕を組んだ。高校時代にアメフトをやっていた太い腕がさらに強調される。

「圭太先輩の奥様に憧れているとか、ちょっとミーハーな感じもしますね。でも、とにかく、まずは会ってみましょう」

作家のマネジメント会社は、クライアントにあたるクリエイターのために粉骨砕身で働くところだ。そのため、作品や作家のファンじゃないとやってられない。

その点、ミーハーであることは長所となる。ただし、冷静な判断も必要になってくる。

「これは、会社としての判断ではなく、あくまで個人的な意見ですけど、自分はその学生さんにとても興味があります」

真野聡介のような男性としてのいやらしさは皆無の、あくまで爽やかな表情で岡山は言い切る。

「面接次第ではありますが、インターンとして受け入れたいです。新卒採用も考えたいですね」

「良かった。ありがとう」

岡山の言葉を聞いて、僕は安堵した。

奇妙な成り行きとはいえ、OB訪問してきた未久に対し多少の責任を感じているからだ。

しかし、なぜか気分が乗らない。

未久が、岡山の会社にインターンとして働けることが、嬉しくない。

どうしてなのか、自分でもわからなかった。



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未久と岡山を引き合わせた圭太だったが、事態は思わぬ方向へ!?