「相手にとって完璧な人」でありたい—。

恋をすると、本当の姿をつい隠してしまうことはありませんか。

もっと好かれようとして、自分のスペックを盛ったことはありませんか。

これは、恋するあまり理想の恋人を演じてしまう“背伸び恋愛”の物語。

◆これまでのあらすじ

ズボラ女子・芹奈と自信のない男・瑛太は、ついに東京で同棲を始めた。瑛太が出張で不在となり、芹奈は久々の1人時間を堪能する。そこに突然、瑛太の兄がやってきて芹奈はズボラな姿を見られてしまう…。

▶前回:息がつまる同棲生活で彼氏が出張へ。ズボラ全開で過ごす女の前に訪れた意外な人物とは?



出張のために家を出た瑛太は、伊勢志摩に到着した。

2ヶ月前までワーケーションで滞在していたホテルに、チェックインする。長期滞在していたときと同じレイアウトの部屋があてがわれた。

「お!懐かしいなー。落ち着くな」

部屋に入ると彼は、キングサイズのベッドにパタンと倒れた。そして、東京に残したままの彼女に思いを馳せる。

― 芹奈、どうしてるかなぁ。

芹奈とは、付き合って2ヶ月を過ぎたところだ。芹奈が彼女になってくれてよかったと、彼は毎日のように思っている。

お互いのことを知らないまま早々に同棲を開始することに、正直、彼には不安があった。しかし、想像以上に同棲は好調。なんの問題もなく過ぎていく日々は、とても快適に思える。

なんといっても、芹奈は家事をそつなくこなす。芹奈のおかげで、生活はとてもスムーズに進んでいくのだ。

― 今どき、あんなに家事好きの子ってそうそういないもんな。ホントありがたいな。

瑛太が1人で暮らしていたころは、清掃サービスに頼らないと、1週間もすれば部屋は目をあてられないほど散らかった。

大変な家事をそつなく楽しそうにこなし、いつも明るく気遣いもできる芹奈。

― 芹奈ほど完璧な子は、いないな。

ニヤニヤしながら寝そべっていると、スマホから着信音が鳴った。


瑛太に電話をしてきた人物とは?

瑛太はスマホの画面を見る。着信は、兄である蒼一郎からだ。

「おー、兄貴どうした?」

間延びした声で電話に出ると、蒼一郎は驚いた声で質問してきた。

「お前、同棲してんのか?」

「え?」

「悪い。さっき突撃してしまった、お前の部屋に」

蒼一郎は、たった今瑛太の部屋に行ったこと、そこに芹奈がいたことを話した。

「彼女さん、びっくりしてたわ。申し訳ない。お前からも謝っといて」

「そりゃあびっくりするよ。兄貴、来るなら事前に連絡してくれよ」

「は?彼女できたことも教えてくれない、お前もお前だからな。東京に戻ってきたのは、そういう理由かよ」

瑛太は、声量の大きい蒼一郎に「うるさい」と言いながらスマホを遠ざける。

「ま、東京を離れてホテルにこもりっきりのお前を心配してたから、ちょっと安心したよ。で、同棲は順調?」

「うん、順調だよ。彼女、完璧なんだよ。家事なんて全部やってくれるし、今どき珍しいんだ」

浮かれた声で話す瑛太を遮るように、蒼一郎は神妙な声色で問いかけた。

「それさ、お前が押し付けてるんじゃなくて?」



― 押し付けてる…?

瑛太は首をひねり、蒼一郎にこう答えた。

「ん?押し付けてないよ。俺は手伝おうか?って言うんだけど、彼女が大丈夫だって言うんだ」

「…お前さ!」

蒼一郎は、あきれ声で叫ぶ。

「手伝おうか、じゃないんだよ。もし俺がそんなことを嫁に言ったら、ボコボコにされるわ。あのな、家事はそもそも彼女だけの仕事じゃないんだよ」

「…ああ…確かに」

瑛太は、家事は彼女の仕事であると無意識に思っていたことに、気づかされる。

「お前、ちょっと考えた方がいいぜ。彼女、そんなにきちんとした子じゃないかもよ。…なんていうか、俺が行ったとき、1人でお菓子の袋散らかしてお酒飲んでたし」

「え…。芹奈が?」

瑛太は、芹奈が部屋を散らかして飲むという様子を、想像することができなかった。やっぱり自分が知らない芹奈がいるのかもしれない、と思う。

「彼女さん、瑛太の前と1人でいるときのギャップが、あるんじゃないかな。まあ、わかんないけど。無理させちゃダメだぜ」


東京に戻った瑛太に、芹奈は本音をぶつける

出張を終えて東京のマンションに帰ってきた瑛太は、部屋のドアを開ける。

そこには、普段と同じ様子の芹奈が立っていた。

「おかえりなさい。瑛太、お疲れさま」

「ただいま、芹奈。一昨日は兄貴がごめんね。びっくりしたでしょ」

彼女が照れたように笑ったので、瑛太は何気ない様子で、気になっていたことを聞いてみる。

「なんか、兄貴が笑ってたよ。あの日、どんなふうに過ごしてたの?」

しかし、芹奈は何も答えずに「んー」と曖昧な声を出しながら廊下を歩いていった。

彼女を追ってリビングに入り、ソファに腰掛けたとき、芹奈が口を開いた。リビングの中心に立ち尽くしたまま、暗い表情をしている。

「あのね。私、瑛太が思ってるような、しっかりした女じゃないの。多分、がっかりすると思うけど聞いてくれる?」

「え?」と瑛太は首を傾げる。戸惑った様子の彼をよそに、芹奈はせきを切ったように話し始めるのだった。

「瑛太と同棲するようになってさ、もちろん楽しいことも多いけど…。なんだか、ずっと背伸びしてる感覚があるわ」



「私、本当は家事なんて得意じゃない。そもそもキッチリ暮らすのが得意じゃないの。料理も頑張ってきたけど、毎日数時間も料理に使うのが、正直もったいない。時間がかかるならUberEatsでいいと思ってる」

声を震わせて、芹奈は話し続ける。瑛太は、何度もパチパチとまばたきをした。

「…それに、掃除も洗濯も全部やるのはしんどいよ。私、もっと自分の時間を自由に過ごしたい」

そのとき、瑛太の頭の中にある言葉が浮かんだ。

― 俺、手伝うよって言ったよ?でも、芹奈が断ったじゃん。

しかし、その言葉は飲み込んだ。兄の蒼一郎が、電話で言っていたことを思い出したからだ。芹奈に、無理をさせてしまう言い方になっていたのかもしれないと思った。

「私、ちょっと疲れちゃったかも」

彼女は、目に涙を浮かべてうつむいた。

「芹奈…。無理させてごめん」

「ううん。私も自分を取りつくろって、いいところばっかり見せようとしてたから。けど、こんなのいつまでも続けられないなって思ったの。お兄さんが部屋に来たことで、瑛太にちゃんと話さなきゃいけないと思ったんだ」

瑛太は、衝撃を受けていた。

芹奈の本当の姿に…ではなく、一緒に住んでいたのにまったく違う感情を抱いていたことに。

自分たちは至って順調で、お互いがお互いに満足している。そう瑛太は思っていたのだ。

彼女に家事を押し付けているなんて、まったく考えたことはなかった。芹奈は完璧な女の子で、喜んで家事をしてくれていると思っていた。

この先も、彼女と素敵な日々を過ごせると思っていた。

「ごめん、芹奈…」

「ううん…瑛太は悪くない。こんなに素敵な家に住まわせてもらってるのに、ごめんね」

謝り合ったあと、沈黙が2人を包む。

― 女性と暮らしたことが今まで一度もなかったせいで、芹奈の気持ちに気づけなかったのかもしれないな。

自分の経験のなさを悔やみ反省しながらも、瑛太は彼女にどういう言葉をかけたらいいのかがわからず、途方に暮れたのだった。


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ようやく芹奈の本心に気づいた瑛太。そこで彼がとる行動とは?