どんなに手を伸ばしても、絶対に届かない相手を想う。

結ばれることのない相手に人生を捧げる、女たちの心情を紐解いていく。

これは、「推し」がいる女たちのストーリー。

◆これまでのあらすじ

乙女ゲームが大好きで、課金しまくる女・友梨佳(28)。今の生活に不安を覚えた彼女は、友人のアドバイスを受け、推し活を思う存分楽しむために経済力のある夫を見つけるべく婚活を始めたが…?

▶前回:年収600万以上なのに貯金50万以下の28歳女。誰にも言えない“あるモノ”にお金を費やしていて…



浪費しすぎて、貯金がない女・松下友梨佳(28)【後編】


「全然ダメだぁ……」

私は、自室のソファに寝転びクッションに顔をうずめた。

結婚相談所に登録して、早1ヶ月。

男性からオファーはたくさんくるし、カウンセラーも「ここだけの話、松下さん本当に大人気です」なんて言ってくれている。

でも、相手のプロフィールを見ると、正直顔も収入も微妙な人ばかり。

とりあえず何人かと顔合わせをしてみたけれど、2回目以降も会ってみたいと思える人は1人もいなかった。

― やっぱり入会金が高くても、審査の厳しいハイスペ男性専門の結婚相談所に登録したほうが良かったかな……。

いまさら後悔しても、別の結婚相談所に登録し直すほどの金銭的余裕はない。

何といっても、私の貯金はもともと50万円以下で、そこから結婚相談所への登録やプロフィール写真撮影などで20万円ほど使ってしまった。

そもそも薫子さんの旦那さんのように、社会的地位とお金があって、優しくて穏やかで、オタク趣味にも理解が深い人なんて、ガチャでSSR(スーパースペシャルレア)を引き当てるようなものだろう。

― 来週土曜も顔合わせか…精神科医らしいから、今までの人に比べたら年収は高いけど…なんかもう面倒くさいな。


なかなかうまくいかない婚活だったが、まさかの出会いが…!

テンションがあがらない相手とのつらい時間…


土曜日の15時。

グランド ハイアット 東京の『フィオレンティーナ』前で相手と待ち合わせ。

今日は、タイトな黒のワンピースにパンプスというシンプルなコーディネートでやってきた。

テンションがいまいち上がらない日には、推しの担当カラーである「黒」を着る。それが、自分で自分の機嫌を取る最良の方法だった。

「あ、松下さん…ですか?」

長身で細身の男性から声をかけられる。前髪が少し重く、眼鏡とマスクをしているせいで顔がハッキリと見えない。

こう言ってはなんだが、明らかに頼りなさそうな、さえない雰囲気の人だ。

私は心の中で「今回もナシだな」と即断しつつも、彼に促されるままカフェに入った。



「吉田さんは精神科医をされているんですよね?最近はお忙しいですか?」

「あ、いえ…それほどでも……」

席に着いてからそれなりの時間が経過したが、彼――吉田聡(31)は、さっきからずっとこんな調子だ。

こちらから話を振っても、曖昧にうなずくだけで会話を広げようとしてこない。よほど私に興味がないのか、かなりの口下手なのか。いずれにしても彼は「ナシ」だ。

― こんなところで無駄な時間を過ごすくらいだったら、とりためているアニメを一気見したい……。

私から気を使って話題を振るのに疲れて、黙ってみることにした。さすがに相手もマズいと思ったのか、しどろもどろになりながら話を振ってきた。

「あ、あの、松下さんは…その、休日とかは何されているんですか?」

テンプレートのような質問に、飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになる。

私は顎に手をあてて、「そうですねぇ」とわざとらしく考えるポーズを取った。

いつもなら“料理”と答えているが、目の前の彼とはきっともう二度と会わない。

「もう、どうにでもなれ」と思い、私は吐き出すように言った。

「……“推し活”です。私、『スクール・オブ・ヴァンパイア』ってソシャゲにハマってて、その中に出てくる『城之内いずみ』くんってキャラのオタクしてます。休日どころか、人生をいずみくんに捧げています」

我ながら、すごく気持ち悪い回答だ。それでも、全部真実なのだから仕方がない。

私はコーヒーカップを置き、スマホに触れる。彼と会ってからそろそろ1時間近く経過していることを確認し、帰り支度を始めようとした。

その時……。

「あ、あの!」

彼が突然大きな声(とはいえ、元の声が小さめなので、声量としてはわりと普通だが)を出したので、私は驚いてコートを着る手を止めた。

「城之内いずみの声優って、浅田タクさんですよね…?」

「え…?そ、そうですけど」

私がきょとんとした表情を見せると、彼は少し興奮した様子で、早口で話し始めた。

「ぼ、僕、『アイドル・フィーチャーストーリーズ』っていう音ゲー原作のアニメが好きで…浅田さんがそのアニメでプロデューサー役をやってたので、ファンでして…」

「え、『アイスト』お好きなんですか!?私も全話見てますし、ゲームもやってますよ!」

思わず立ち上がる勢いで身を乗り出す。しかし、ここはホテルのカフェラウンジだったことを思い出し、慌てて椅子に座り直した。

「私、浅田さんのライブもイベントも舞台も、ほとんど全部通ってます。地方遠征にも行くくらい好きです!」

「そ、それはすごいですね…。でも、僕も好きな女性声優さんがいて、その方のイベントには、ほぼ“全通”しています。グッズもかなり買ってしまうので、綺麗な状態で保管するためにマンションをもう一部屋借りようかと考えているくらいです…」

恥ずかしそうに頭をかく彼。さらりとすごいことを言っているが、その気持ちはよくわかる。

― この人、仲良くなれるかもしれない……!


運命の出会いを果たした友梨佳だったが、彼とはその後…

その日から、私たちはデートを重ねるようになった。

楽しい時間を共有しているうちに、彼の色んな面を知ることができた。話が合うのはもちろん、細かい気配りができるところや、ゲームが上手なのもポイントが高い。

それに、初対面のときにまったく話題を振ってくれなかったのは「私の顔がタイプすぎて緊張してしまったから」ということを知って、キュンとした。

― 友達みたいに共通の趣味で盛り上がれる人が、私には合っているのかもしれない……。

4回目のデートで告白をされ、私たちは結婚を前提とした真剣交際を始めることに。

そこからはとんとん拍子に事が進み、付き合ってから3ヶ月後の城之内いずみの誕生日当日。

ついに、彼からプロポーズを受けた。

結婚相談所に登録してから、約半年。28歳、浪費家でオタクの私に、婚約者ができてしまった。





「なんかうまくいきすぎている気がして、不安なんですよねぇ…」

“婚約のお祝いをしよう”と、薫子さんが恵比寿の『ロウリーズ・ザ・プライムリブ』に連れてきてくれたときのこと。

私が不安を吐露すると、薫子さんはローストビーフを丁寧に切り分けながら言った。

「運命の相手との出会いなんて、ある日突然やってくるものよ。推しと一緒」

彼女の言葉に思わず笑みがこぼれる。たしかに、意外とそんなものなのかもしれない。

「で、肝心の経済面はどうなの?彼と結婚したら、余裕をもって推し活できそう?」

興味津々といった感じで聞いてくる薫子さんに対し、私は言葉を少し詰まらせる。

「それが……彼も推し活にお金を使うタイプのオタクなので、全面的に頼るのは難しそうです。だから2人で“推し貯金”始めることにしました」

私が告白すると、薫子さんは珍しく「ははっ」と声を上げて笑った。

「いいじゃない、似た者同士で仲良くやっていけそう」

「ですね。それもそれで楽しいかなって」

結婚の目的の一つだった“経済面での支援”からは少しそれてしまうが、聡さんを好きになれたことで、抱えていたモヤモヤはすっかり晴れた。

結婚してからの苦労もきっとたくさんあるけれど、この人となら乗り越えていける気がしている。

そんな相手に出会えたのも、ある意味で推しのおかげだ。

私がオタクじゃなければ、彼と意気投合することもなかっただろうから。

― 城之内いずみと浅田タクは、一生推す。

そう心に誓いながら、私はグラスに残った赤ワインをぐっと飲み干した。


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