エリートと結婚して優秀な遺伝子を残したい。

そう願う婚活女子は多い。そのなかでも、日本が誇る最高学府にこだわる女がいた。

― 結婚相手は、最高でも東大。最低でも東大。

彼女の名は、竜崎桜子(26)。これは『ミス・東大生ハンター』と呼ばれる女の物語である。

◆これまでのあらすじ

東大男と結婚することを夢見る桜子。そんななか、東大卒との出会いも淡く期待しつつ、あるセミナーに参加する。そこで登壇していた女性に、見覚えがあって…。

▶前回:アプリで東大卒外銀イケメンと出会ったものの…。初対面で女が一気に幻滅したワケ



セミナーに登壇していた女性は、実は…


― 今私の目の前にいる女性って、宏太が…私の後に付き合った彼女、だよね?

艶やかなロングヘアの女性から、桜子は目が離せないでいた。

“澤田アキナ・27歳。東大法学部卒業後、教育系アプリ開発の株式会社Konjac入社。2020年4月、Konjacより出資を受けて人材系企業の株式会社Atsuageを創業” ――スクリーンには、そう映し出されていた。

このKonjacとは、元カレ・宏太が創業した会社だ。彼のInstagramで一緒の写真に納まっていたアキナの顔を、桜子はよく覚えている。

程なくしてアキナのプレゼンが始まったが、内容はわかりやすく、桜子でも理解できるようなものだった。時折ユーモアを交えて笑いをとる姿に、桜子は感服してしまう。

― 美人で才女とあったら、私がかなうわけないなぁ…。

桜子は、人知れずため息をついたのだった。



「澤田さん!先ほどのプレゼンについてなのですが…」

「見解をお伺いしたくて…」

セミナー終了後に開催された懇親会。アキナの周りには人だかりができている。

知り合いのいない桜子は、彼女を遠巻きに眺めていた。

「すごいですよね、彼女」

声をかけられて振り向くと、先ほど最前列で熱心に話を聞いていた女性が立っていた。

「あ…そうですよね、東大だし、才色兼備で…」

桜子は同調したつもりだったが、女性の意と反していたようだ。彼女は「あら」と眉を上げた。

「ネットで読んだ彼女のインタビュー記事に書いてありましたけど、中高こそ豊島岡だったものの、勉強についていけなくて、学年最下位だったこともあるんですって。それに、体も今よりずっとふくよかだったそうよ。

でも、今じゃ、Konjacの創業者と結婚して、自分はAtsuageの社長なんだから。すごいわよね…」


セミナー参加者から聞いた、アキナの意外な一面に、桜子は…


「そうですよね」と相づちを打ちながら、今の姿からは想像もできない彼女の過去に、桜子は驚いていた。その女性はアキナのファンらしく、うっとりと憧れの眼差しを彼女に向けている。

「最初から完璧に美しかったり、賢かったりするわけじゃない。猛烈に努力した人だからこそ、人を惹きつけるんでしょうね」

「人を惹きつける」と聞いて、桜子は改めて、アキナを囲む人だかりに目を向ける。

― 努力して、自分を高めてきたかどうか……。これが、私と彼女の違いなのかな…。

認めるのもつらいが、認めざるを得ない。桜子は何も言えず、その場に立ち尽くしていた。





「はぁ…疲れた…」

懇親会がお開きになると、桜子はビル1階のカフェでほっと一息ついた。やや混み合う店内で、運よくふかふかのソファ席を確保する。

カフェラテを片手に彼女のことを思い出し、桜子は深いため息をつく。

― あれ、あの人って…。

ふと、目の前で席を探してきょろきょろしている女性が目に入る。

見ると、先ほどまで堂々とプレゼンをしていた澤田アキナその人だった。目が合うと桜子がセミナー参加者だと気がついたのか、アキナは優雅に微笑み、軽い会釈をした。

「あの…!」

気づいたら、桜子は彼女に声をかけていた。

「先ほどのセミナーすごく勉強になりました。私、竜崎桜子と申します」

そう言って、桜子は名刺をアキナに渡し簡単に自己紹介をした。

「あのーもしよかったら、そちらの席使ってください」

桜子が向かい側のソファに置いていた荷物を動かして席を空けると、アキナは一瞬驚いたような顔をした。しかし、すぐに笑顔に変わる。

「ありがとうございます!じゃ、失礼します」

素直なその言葉に、桜子もつられたように微笑んだのだった。



「セミナーでしゃべり続けてたらお腹減っちゃって。ついたくさん買っちゃいました」

そう言ってマドレーヌをおすそ分けされたのをきっかけに、アキナと会話する流れになった。桜子が東大のインカレサークルに入っていたことを話すと、東大卒のアキナは「あら、奇遇ですね!」と無邪気に笑う。

― なんだろう。この人、すごく話しやすい。

コミュニケーションに壁がなく、優しげな雰囲気のアキナに、桜子はすっかり心を許していた。

「アキナさんには、人生の転機ってありましたか?」

自然と質問が口をついて出る。

「転機?」と首をかしげるアキナに、桜子は慌てて説明する。

「えっと…。私、今日アキナさんのセミナーを受けて、自分は全然努力してこなかったんだなって、気がついたんです。…いや、もしかしたら、ずっと前から気づいてたのかもしれないんですけど」

桜子は話しながら、金曜日に食事をした、シゲとの会話を思い出す。

「東大生と結婚する」と決意して女子大に進み、インカレサークルに入った。それなのに現実の自分は、「東大生を狙うインカレ女子」と見られることに、強烈な嫌悪感を抱いている。

それは多分、自分に「認められたい」というある種の承認欲求があるからだ。誰かの彼女や妻としてではなく、本当は自分自身の実力や人間性を評価されたい。

東大生と付き合ったって、東大卒の男性と結婚したって、結局その承認欲求から逃れられることはないのだ。

しかし実際には長年、そんな本音に蓋をして、桜子は自分と向き合うことから逃げてきた。

「でも、それでは人から求められないし…何より、自分自身のことも好きになれないって、気がついたんです。私、変わりたいなと思って…」

ぎゅっと手を握りしめ、桜子は小さくつぶやく。

話を聞いていたアキナは、手に持っていたマグカップをおろすと、静かに話し始めた。

「『変わりたい』…ね。ちょうど私、桜子さんのようなインカレ女子に会って、そう思ったことがあったわ。私に転機があったとすれば、たぶん、その時かな」

「えっ…!そのお話、伺ってもいいですか?」

桜子が思わず身を乗り出すと、アキナは「そうね…」と当時を懐かしむように目を細めた。


アキナの口から明かされる、インカレ女子との意外な接点とは…

アキナの過去


アキナは練馬区生まれ・練馬区育ち。損保営業マンの父と専業主婦の母の間に生まれた一人娘で、中高は名門の豊島岡女子学園に通った。

しかし、中高時代のアキナは、成績は低迷し、両親の仲が悪かったことも影響しストレス太りしてしまう。みるみるうちに暗く、卑屈な性格になり…。

いじめられることはなかったが、友人は数えるほどしかできなかった。

1度目の大学受験は、うまくいかず浪人を決めた。

浪人時代は、むしゃらに勉強し1日16時間の勉強を自分に課したことで成績は徐々に上がり、晴れて東大文科Ⅰ類に合格。

やっと少しだけ人生が上向くかな――そんな思いで、赤門をくぐった、とアキナは話した。



「でもね。サークル勧誘の列で、いきなりショックを受けたの…。私、友達がいなかったから、どんな順番で各サークルのテントが並んでいるかなんて、知らなかったのよね」

どこの大学でも目にする、新歓の光景。各サークルが列をなし、新入生に山のようにビラを配って勧誘する。

このテント列の並びには、ルールがある。

手前には部活が鎮座し、それを通り過ぎると、男女ともに入会できる公式サークルが続く。

そして列の最奥に位置するのが、“東大女子は入会お断り”のインカレサークルだ。

東大女子が迷い込んでしまっても、決して勧誘ビラが渡されることはない――目には見えない境界線が引かれたエリアがあるのだ。



「今でもよく覚えてるわ…『東大の女子にはビラをお渡しできないんです』って、インカレの女の子に断られたときのことを。『なんで東大に入ったのに、東大のサークルに入れないの!?』って思ったわ。ごめんなさい、こんな話をあなたの前でして」

「いえ……」

インカレ女子の桜子としては、東大女子へのビラのお断りには身に覚えがあり、居心地悪く視線を落とした。

「でもね、サークルに入れないことよりショックだったのが――インカレ女子たちがキラキラ輝いていて、幸せそうに見えたことなの」

気まずく口をつぐむ桜子を見て、アキナは、場を和ませるように肩をすくめて笑った。

「一生懸命努力して東大に入ったのに、全然幸せだと感じていない自分にその時気づいたのよ。

小学生のときは、“中学受験に成功したら幸せになれる”と思っていたし、中学生になったら“東大に入ったら…”と思って勉強してきたわ。で、大学に入ったら、“大企業に就職したら幸せになれるの?結婚したら?”って……。

でも、あのとき、インカレの女子たちを見ていたら、“今”を楽しんでいるように見えたのよね。私、今まで何のために努力してきたのかなってわからなくなったわ」

それから、アキナはまず、「今の自分を好きになりたい」という思いからダイエットに励み、15キロも減量したという話もした。

「ほら、インカレの女の子たちって、みんな美人だから自分に自信があるのかなって単純に思ったのよ」

痩せ始めると徐々に性格も明るくなり、学内に友人もでき、自分のことを好きになれたアキナ。

“自分が好きなこと”に全力を注ぐことにして、起業サークルに顔を出すようになり、海外にも興味が芽生えて留学を決めた。そして留学先で、今では夫となったKonjacの代表――つまり宏太――に出会い、彼女は彼の夢である事業を支えることを決断したのだった。

「私、あの時、インカレゾーンに迷い込んで良かったと思っているの。じゃないと、未だに“何かを手に入れないと幸せになれない”と思い込んだままかもしれないしね。そんな世間一般の価値観で幸せを追い求めていたんだと思うと…ゾッとするわ。

留学や起業なんて選択肢はきっとなかったし、夫や今の仕事にも出会えていなかったから。というわけで、かなり話は長くなっちゃったけど、新歓の時期が私の転機ね」

そこまで話すと、アキナは一度言葉を切り、桜子を見つめた。

「アキナさんが、新歓の時期にそんなこと思ってたなんて…。私たちは、逆に東大女子に対してコンプレックスしかなかったです」

「お互いさまってことね」

アキナはそう言って笑った。

「何かを手に入れないと幸せになれない、と思い込んでいた」というアキナの話が、桜子の胸に突き刺さった。「東大生と結婚しないと幸せになれない」と思い込んでいる、今の桜子そのものだったからだ。

― 私、今からでも遅くないかな……。

桜子は、顔を上げる。

「私、決めました。今日から、変わります」


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アキナに出会い、桜子は変わることを決意したが…。東大卒男探しはどうなる?