『嫉妬こそ生きる力だ』

ある作家は、そんな名言を残した。

でも、東京という、常に青天井を見させられるこの地には、そんな風に綺麗に気持ちを整理できない女たちがいる。

そして、”嫉妬”という感情は女たちをどこまでも突き動かす。

ときに、制御不能な域にまで…。

静かに蠢きはじめる、女の狂気。

覗き見する覚悟は、…できましたか?

▶前回:「警察呼びますよ…」男がドン引き。結婚に焦った女・32歳が衝動的にとった奇行とは



徘徊する女


SNSで承認欲求を満たす女は、二流だ。

本当に人が羨むような生活をしている人間は、それを決してSNSに上げない。上げられない。

反感を買ってしまうからじゃない。そこには、写してはならない人物がいたりするから。

SNSでイイねをもらうことが生き甲斐だった私は、その事実を知ったとき痺れるような衝撃を覚えた。

そして、思ってしまった。

― …私も、もっとそんな場に出入りしたい。もっともっと華やかな世界に入り浸りたい。

芸能人や著名な経営者。そこに華を添える美しい女たち…。

深夜の西麻布。薄暗い個室。次々に空くシャンパンのボトル…。

一度だけ覗いたその異世界に漂う空気は、とてつもなく甘美で、どうしようもなく刺激的だったから。

私の中にあった、一番危険なパンドラの箱が開いてしまった瞬間だった。

けれど、そんな世界へのアクセス権を有するのは、特別に美しい女たちだけ。ちょっと可愛いレベルの私は、それを持ち合わせていなかった。

だから…、私は整形をした。

ほんの少しだけ。最初はそう思っていたのだけれど…。

手鏡に映る自分の姿に、私は言葉を失った。

そこに映るのは、私の知らない女…いや、怪物だったから。


港区女子に憧れた女が、徐々に整形依存に陥る…



すべてはひょんなことから始まった。

恵比寿駅前でナンパされている瑛美を私が助けたことがきっかけだった。

時刻は24時。お互い酔っていたこともあり、なぜか私と彼女はその場で意気投合。27歳と同い年だったことも大きかった。

そして彼女の「今から飲み行くけど、一緒にどう?」という誘いを受け、ホイホイついていったのだが…。

案内された個室の扉を開けたとき、その先に広がっていた光景に、絶句した。行きのタクシーの中で瑛美が言った、「写真とかNGね」の言葉の意味がようやくわかった。

そこにいたのは10人ほどの男女だったのだが、ただの男と女じゃなかったのだ。

情報番組で活躍するキー局のアナウンサー。モデル出身の有名タレント。ドラマの名わき役として活躍する俳優…。

そして、彼らを囲う、異様に美しい女たち。

「…嘘でしょ」

そこには、私にとっては完全な異世界が広がっていた。

いつも画面越しに眺めていただけの人物が、そこに実在している。薄暗い個室にキャンドルの炎が妖しく揺らめき、彼らの綺麗な顔をほんのり照らす。

カメラはない。彼らはプライベート。ここは密室…。

そこはかとなく漂う危うさと、彼らから発せられるギラっとしたエネルギーに、私はすっかり酔いしれてしまった。





予期せず出会った瑛美と、彼女が見せてくれた嘘みたいな世界。それは、ほとんど奇跡みたいな出来事だった。

そしてそれから何日経っても、あの日の出来事は私の頭にこびりついて離れてくれなかった。

何かの中毒のように、それは私の心をじわじわと占拠する。

― また、あんな場に出入りしたい。

一度知ってしまった蜜の味は、なかなか忘れられない。

けれど瑛美はあの日、その中の一人と闇夜に消えていってしまって連絡先は知らないまま。

はたしてどうしたらいいのか。私は考えた。

そして…。


その夜、私はひとり西麻布を彷徨った。

タクシーで行ったから、厳密な場所は曖昧。手がかりは少ないけれど、私は瑛美に連れてこられた店と…あわよくば瑛美本人を探し回り、

そして、見つけた。

「…瑛美ちゃん!!」

きっと、この辺りは彼女のテリトリー。あてはなかったけれど、そのうち出くわせるだろうという自信があったのだ。

「…あぁ、この前の…」
「瑛美ちゃん、お願い!また私をああいう会に呼んで!」
「…うん、また機会があったらね」

けれど、彼女は曖昧に濁すだけ。一度会っただけの女だ、当然の対応かもしれない。…けれど、私があの世界にまたアクセスするには、彼女しかいない。

「ねぇ瑛美ちゃん、いくらでもそんな機会あるでしょ?次はいつあるの?」

だから私はしつこく食い下がったのだが…。

瑛美が口にした言葉は、想像もしていなかったものだった。


瑛美の想定外の発言に奮起して…。女は狂い始める…

「こっちだって人選ミスると、信用落ちるのよ」

一瞬、それがどういう意味だかわからなかった。けれど彼女は気まずそうに、その大きく潤んだ目を逸らす。

その挙動に、私は彼女の意図をようやく理解した。

私は彼女の求める及第点に届いてなかったのだ。

普段、自分の外見の実力値やコミュニケーション能力に点数がつけられることなんてない。たとえ劣っていたとしても、誰もそれに触れない。

けれど、ここではそれが“次誘われるか否か”という回答をもって、ジャッジがされる。

とてつもなくシビアな世界なのだ。



…でも、納得できなかった。

たしかに瑛美には敵わないかもしれないけれど、私だって世間一般では“可愛い”と言われる部類に入る。それに、立教大学出身で、商社で一般職として働く私のほうが絶対に賢いし、社会性もある。

私の中にあった、小さなプライドが疼く。

「…絶対、あんたより可愛くなってやるから」

私はそう吐き捨て、その場をあとにした。

自分より可愛い人間がいることくらい、わかっていた。でも、それをはっきりと告げられたという事実が、私に火をつけた。

瑛美に対する負の感情がとめどなく湧き上がってきて、止められなかった。


…とにかく、とにかく顔だ。

もっと可愛くさえなれば、絶対に瑛美と同じ土俵にあがれる。…彼女を超えられる。私は何かに取り付かれたように、鏡に映る自分の顔を凝視した。

ひと昔前は抵抗があったけれど、今の時代、整形なんてみんなやっていること。

私は衝動的に美容整形外科の予約を入れた。




無知


若ければ、若いほど価値がある。善は急げと、私はロクに調べもせず、すぐに手術した。

ぱっちり二重にするためにまぶたと目頭の切開を同時に行い、高さを出すため鼻にはプロテーゼを入れ、人中短縮もした。

…けれど、私はあまりにも色んなことに無知だった。



鏡が映し出す女を、私は受け入れることができなかった。

目は確かに大きくなった。けれど、切開した目頭からは涙丘が痛々しいほどに大きく露出し、あきらかに不自然に見開いた目は、まるでエイリアン。

人中短縮は上手くいった。…けれど口が少し閉じづらくなって、気を抜くと口が開いてしまう。

…そして、鼻。

一番やり直しが多いというパーツではあるが、私の場合もはやそういう次元ではなかった。

鼻先が徐々に黒ずみ、壊死し始めたのだ。プロテーゼ挿入時に細菌が入り込み、炎症を起こしたことが原因だった。

予兆はあったものの、ダウンタイムの痛みが壮絶すぎて、その小さな炎症になんて気が回らなかった。とにかくロキソニンを飲み続ける日々の中で、私の鼻先は少しずつ、死んでいった。

高いお金を出せば、綺麗にリスクなく手術できるわけじゃないらしい。

パーツごとに名医と呼ばれる医者は異なるし、仕上がりの好みも分かれる。それに、評判の良い執刀医は、数ヶ月先まで予約が埋まっている。とにかく早く、一気にやってくれることを優先した私は、ヤブ医者に引っかかってしまったようだ。

それに、私の顔は確かに“華やか”にはなったけれど、思っていたほど美人に仕上がらなかった。目が大きく鼻が高ければ、美人になれるわけじゃないみたいだ。

不自然に大きい目と、死んだ鼻を手に入れて…初めて、整形は情報戦であり、顔はバランスが命だということを知った。

一刻も早く綺麗な顔を手に入れることしか眼中になかった私は、大きな失敗を犯したのだ。

…でも、ふと思った。

どうせ、西麻布の個室のライティングは薄暗い。一度しか行った経験はないけれど、どうせどこも同じようなものだろう。

鼻先にコンシーラーを塗りたくり、濃いアイメイクを施して、自分の部屋を薄暗くしてみた。いろんな角度から自分を眺めていると…

「…意外と美人に見えるかも」

そんな風に思えてきたのだ。

その日から、私はまた西麻布を意味もなく練り歩いた。もちろん、夜が更け、暗くなってから。

そして、瑛美を探した。別に瑛美じゃなくてもいい。私をまた、あんな場にいざなってくれる誰かを。

SNSでも西麻布にまつわる情報は常にチェックした。

けれど、なかなか瑛美にも遭遇しないし、誰からも声がかからない。

そういえば最近、オバケみたいな女が西麻布を徘徊していると噂になっているけれど、これだけ西麻布を歩いていても見かけたことがない。

でもまあ、そんなことはどうでもいい。私はただ、早く華やかな場に出入りしたいだけなのだ。そして、あわよくばタクシー代を稼いで、目と鼻を修正したい。

今までに感じたことのない強い想いと熱量で、私は今日も西麻布を練り歩く。

― 絶対に、瑛美を見つけてやる。絶対に、私に華やかな世界を見せてくれる人を、見つけてやる。

絶対に…。


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