女にとって、経験豊富な年上男性は魅力的に映る。

だが、その魅力ゆえこだわりの強いタイプが多く、女は年を重ねていくうちに気づくのだ。

― 頑張って彼に合わせるの、もうしんどい…。

年上ばかり選んできた女が、自然体でいられる相手は一体どんなタイプの男なのだろうか?

これは、アラサー独身女がこれまでの恋愛観をアップデートする物語。

◆これまでのあらすじ

12歳年下のプロサッカー選手・颯と付き合い始めた多佳子。NYから帰国した男友達・一樹と2人で食事に行くが、そのことで颯が不機嫌となる。多佳子と颯は電話で無事仲直りするが、彼から「部屋に行ってもいい?」と提案されて…。

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Vol.6 気がつけば、彼のことを考えてばかり


颯との通話中、彼の話す声の向こうからゆったりとしたヒーリング系の音楽が聞こえてくる。

「颯くん、何聞いてるの?」

「部屋に行ってもいい?」という、彼の予期せぬ言葉に驚いた私は、聞きなれない音楽に乗じて話をそらすことを試みた。

「あ、これ?試合の後って、神経が高ぶってなかなか眠れないんだ。だから、こういうリラックス系の音楽を聞くんだよ…って、それはいいよ!次のオフ、明日なんだけど?」

だが、颯にはごまかしや逃げは通用しないようで、あっけなく話を戻されてしまった。

「あ、明日!?急だね、ちょっと予定を確認してからLINEする!とりあえず、一旦切るね」

「わかった、LINE待ってる」

まくしたてるような口調で慌てて電話を切ったのは、動揺を悟られないためだ。

― あー、焦った!だって、部屋に来るってことは…そういうこと…だよね?

私も明日は休みで、これといった予定はない。

颯と一歩踏み込んだ関係になることが、嫌なわけでもない。

それなのに、私は二つ返事でOKできなかったのだ。


年下の彼氏とお家デート、気が進まないのはなぜ?

私は颯との電話を切ってしばらく経った後も、部屋のなかを歩き回りながらお家デートの誘いをどうやって断るか考えていた。

本来だったら、付き合い始めて間もない彼氏との甘い時間には、もっとドキドキしたり、テンションが上がったりするはずなのに、今の私はそうではない。

もちろん嫌なわけではなく、“どうしたらいいのかわからない”というのが本音だ。

何せ、颯はこれまでに付き合ってきた男たちとは違う、“うんと年下の彼氏”だから。彼に甘えたり、恋人同士の時間を過ごしたりする自分がまだ想像できない。

そうなるには、もう少し時間が必要な気がする。

モヤモヤと考えを巡らせていると、私が返事を送るよりも先に颯からLINEがきた。

『ねえ、部屋に行くのって昼間だから!泊まるのはまた今度。残念?』

まるで、動揺していることも、誘いを断ろうとしていることも、すべてわかっているかのような勘の鋭さでからかってくる。

― まあ、お昼なら…いいよね。

そう思った私は、大人の女の威厳を取り戻すべく、こう返事をしたのだった。

『お昼なら大丈夫!私、何かご飯作るよ』

ただ、ここで問題が発生した。

― アスリートって、食事にも気をつけているんじゃないの?

急に不安になった私は、スマホで『アスリート 食事 試合後』と検索する。ズラリと並ぶレシピから、これと決めると、財布を片手に遅い時間でも開いているスーパーへと向かった。





次の日。

颯が部屋に来たらすぐに食事ができるように、料理の下準備を済ませ、マンションの最寄りの恵比寿駅へと向かう。

すると、待ち合わせ時間よりも少し前だというのに、派手な銀髪頭の颯の姿があった。

「あ、多佳子さん!」

そう言って、こっちに向かってくる颯の手には、スイーツ店の紙袋がぶら下がっている。後で一緒に食べようと、モンブランを買ってきてくれたらしい。意外と気が利く。

「じゃあ、私の家はこっちだから。行こうか?」

そう言って、颯と並んで歩き始めたときだった。

「あの、すみません!もしかして、守谷選手ですか?」

背後から声をかけられて振り向くと、20代くらいのカップルが、目を輝かせながら颯をジッと見つめていた。

偶然出くわしたファンに握手を求められ、堂々と応じる颯。

― えっと、どうしよう…。こういうのって、見られたらマズいよね?

カップルの疑惑の視線がこちらに向けられると、私はサッと一歩後ろに下がった。それに気づいた颯は、何のためらいもなく私の手を握って「行こう」と言ったのだった。

「大丈夫なの?ちょっと離れて歩いたほうがいいんじゃない?」

「俺、そういうの嫌いだから!コソコソしなきゃいけない理由なんてないし」

ファンから隠れようとしたけれど、颯が私と同じようにコソコソしていたらきっと傷ついたと思う。相手の立場にもよるが、恋人に自分の存在を隠されるのはやっぱり少し悲しい。

嬉しくなった私は、颯の手をしっかりと握り返したのだった。

「着いたよ!」

玄関のドアを開けると、あとは焼くだけになっている豚の生姜焼きの香りがフワッとした。


年下サッカー選手のために作った豚の生姜焼き。はたして彼の反応は…?

私の部屋に上がった颯は、どこに座ったらいいのか迷ったようだ。ダイニングテーブルの横に、遠慮がちに立っている。

「颯くん、ソファに座ってて!今、お茶をいれるから」

「うん、何か俺の寮の部屋とは全然違う。多佳子さんって、意外と女の子っぽい感じが好きなんだ?」

そう言って、ソファに置いてあるフェイクファーのクッションを手で弄ぶようにしながら、キョロキョロと視線を泳がせている。

どことなく落ち着かない様子の彼につられて、私まで少し緊張しながらお茶を持っていくと「グーッ」と勢いよくお腹が鳴る音が聞こえた。

「ご飯、もう食べる?」

「食べる、食べる!さっきからいい匂いがするなーって思ってたんだよね」

颯のために作った豚の生姜焼きは、砂糖の代わりに蜂蜜を使っている。その方が、疲労回復効果が高まるのだとネットの記事で読んだのだ。

それを、彼は大盛りのご飯2杯と一緒にあっという間に完食した。さらには、すぐにモンブランも食べると言いだすから驚いた。

― すごい食欲!ていうか、ちょっとは料理の感想も聞きたかったなあ…。

初めて会ったときにも思ったが、颯は食事中あまり会話をしない。しかし、この日はそれに輪をかけて口数が少ない。いや、どんどん無口になっていく。

ケーキを食べている最中に、私から話題を振るも「うん」や「そうだね」と、生返事ばかりだった。

そして、今度はソファからおりて床に座ると、バッグの中から取り出したタブレットを1人で食い入るように見始めたのだった。

これでも料理は結構得意なので、颯はもっと喜んで褒めてくれるだろうと思ったのだが、期待外れだった。



そそくさとテーブルを離れた颯に、コーヒーを差し出す。

「ありがとう。昼ご飯、ご馳走さま」

彼は一度こちらを向き直ると、すぐタブレットに視線を落とした。

― これって、どういう状況?隣に座ってもいいのかな…?

自分の部屋なのに妙に気を使いながら、颯の隣に腰を下ろす。

「颯くん、何見てるの?」

「ん?昨日の試合の映像と、過去の自分のプレー集だよ」

― どうして今?これを?

そんな言葉が口から出かかったのを、グッと飲み込む。

それからも、タブレットを手放さない颯に「すごいね」や「これ、どういうルール?」など、私なりに頑張って会話を弾ませようとしたのだが、30分でグッタリと疲れてしまった。

「ねえ、颯くん。映画とか見ない?」

「多佳子さん、見たい映画あるの?」

「そういうわけじゃないんだけど…。せっかく2人でゆっくりできるんだから、今日くらいはサッカー以外のこともいいんじゃないかと思って」

ソファに座って向き合うと、グッと距離が近くなる。一瞬、颯の腕と私の腕が触れ合った。

昨日までは、まだ距離を縮めたくないと思っていたし、今朝だって、露出が多い服は避けようとあえてシャツとデニムを選んだ。

けれど今、このままキスくらいはあるかもしれないと覚悟を決めた私にとって、彼の次の言葉は予想外のものだった。

「そっか、うーん。それなら俺、今日は帰ろうかな」

颯の滞在時間は、2時間と少し。

私には、彼の態度が意味するところがまったくわからなかった。

部屋に行きたいと言い出したのは颯なのに、実際に来たと思ったら黙々と食事をしてあとはタブレットに釘づけだ。

何か気に入らないことでもあったのだろうか。

― もしかして、料理が口に合わなかったのかな…。

私の予想とは裏腹に、2人の仲は進展するどころか後退してしまったようだ。颯を駅まで送ると、家に帰る道すがらスマホが鳴った。

『今日はありがとう。ご飯、美味しかった』

お礼の言葉から始まる颯のLINEには、こんな続きがあった。

『でも、ごめん。俺、失敗したかも…』

颯の失敗とは一体何のことだろう。今日1日を振り返ってみたけれど、思い当たることはない。

悶々としたまま、さっきまで颯が座っていたソファに体を沈める。

それにしても、ここ最近の私ときたら彼のことを考えてばかりだ。

そこへ、ピンポーンと来客を告げるマンションのエントランスのチャイムが鳴ったのだった。


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微妙な空気で終わった初めてのお家デート。さらに今度はレストランでも…?