いつの間にかアラフォーになっていた私。

後悔はしていないけど、なにかが違う。

自分とは違う境遇の他人を見て、そう感じることが増えてきた。

キャリアや幸せな結婚を手に入れるために、捨てたのは何だっただろう。

私のこれからって、どうなっていくんだろう。

これは揺れ動き、葛藤するアラフォー女子たちの物語。

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「傷つきやすい年頃」【前編】


名前:更科 葵
年齢:38歳
職業:メーカー勤務
趣味:体を鍛えること


― えっ、同窓会…?

ポストに溜まったDMの束に1枚のハガキを見つけ、私は絶句した。同窓会は毎年この時期にあって、確か去年はコロナで1回飛んだ。だからこのハガキは、ちょうど2年ぶりに届いた案内だ。

― ってことは…一昨年のOB会からもう2年経っちゃったってこと?

超高速で記憶を巻き戻していると、あの忌まわしい出来事が起こった一昨年を思い出した。明治大学政治経済学部金森ゼミのOB会に、同期の紗栄子と亜里香が2人そろって大きなお腹を抱え登場したあの日。

同窓会の場所はリバティタワーだった。リバティタワーっていうのは、私たちが卒業した後にできた大学の新しい最新設備を備えた施設で、ちょっとした立食パーティーなんかもできるような場所だ。

そんな会場で、有名ホテルのバンケットのようにお料理を楽しみにできるはずもない。2人が揃ってやってきたのは、幸せのおすそ分けをしたかったからに違いなかった。

「葵は相変わらず綺麗だし、仕事頑張っててすごいよぉ。男に頼ってないって感じ!」

紗栄子がそう言うと、亜里香がうんうんと頷く。

そんな2人に、私は何も言葉を返すことができなかった。

若い頃から、なぜか結婚に憧れはなかった。

でも、大きなお腹を強調するかのように体にフィットしたニットワンピースの紗栄子と、まるで勲章のように「マタニティマーク」をバレンティノのバッグにつけている亜里香を見た時、無意識のうちに、『なんて妊婦ってかわいいんだろう』と、初めて私は思った。

妊婦は周りの人を幸せにするエネルギーに満ちている、そう感じたのだ。

その一方で「赤ちゃんの栄養だと思って食べてたら太っちゃった」と朗らかに笑う2人を見ていたら、自分には何かが欠けている、という気がしてならなかった。

彼女たちの言葉からは、「妊婦だから太ってもいいんだもん」的な悪気しか感じられない。

― こっちは週3回ジムに通って、大して良くもないスタイルを維持しているのに…。

私もあっち側に行きたい。

ハッピーオーラを振りまいてみたい。

去年の今日。私は人生で初めて「結婚して子どもが欲しい」と思ったのだ。


子どもが欲しいと思った葵が結婚しない理由とは

そんな去年のOB会を思い出しながら、じっとハガキに見入る。

ゼミのOB会の出欠は、ハガキにあるQRコードを読み込むと該当ページに飛び、卒業年度と名前を選び、送信すればいい。

私の名前の上には、紗栄子と亜里香の名前がある。

卒業以来欠かすことなく出席してきたOB会。そもそもは私が在学中のころ、担当教授が、現役の学生たちに就活に有利な情報を得られるように、と企画した会で、今年で18回目だ。

一昨年のOB会がいつもと違っていたのは、ただ同期の2人が同時に妊娠していたこと、そしてもう1つ。

大学時代付き合っていた陽平が東京に戻ってきたらしいと聞いたこと。

なのに今年。1つ上の先輩の千春さんから「私は行くけど。葵はどうするの?」と連絡が来た時、私は即答できなかった。

私と同じく独身の千春さんが行くなら…と喉元まで出かかったが、千春さんはそもそも私と立場が違う。

老舗の有名洋菓子メーカーの子女で、自らは芸能人やインフルエンサーたちに人気の料理教室を主催する彼女は、家柄もよろしい上に、自分1人の足でしっかり立っている。

「うちの代のゼミ長が、私と葵に誰かいい人紹介するって張り切ってたし、行こうよ」

― 私と貴女とでは、スペックがまるで違うのよ…。

美人とはいえなくとも、均整のとれたスタイルと料理が上手いという2つの最強武器を有している千春さんは同期が誰か紹介してくれなくても、普通にモテることを私は知っている。

「千春さんが行くなら、行けるように調整しようかな」

結局強引に誘う彼女に負けて、私はイエスと返事をするしかなかった。



2021年12月。

結局、千春さんに押し切られ、私はOB会の会場にいた。まだコロナ禍であるためか、場所は大学近くのレストランでアクリル板で仕切られた円テーブルが形式的に整然と配置されていた。

紗栄子と亜里香は子育てに忙しいのか2人そろって欠席であることを知り、私はほっと胸をなでおろした。

「まさか、葵が誰とも結婚しないバリキャリになるとは思わなかったな」

先輩方は、口々に「陽平と結婚すると思ってた」と言う。



陽平は私が大学2年生になったあたりから、5年間付き合っていた人だ。同じ学部で同じクラス。彼が大好きだった私は、当たり前のように同じゼミに入った。

ファッション誌の読モとしても活躍していた彼は、私の自慢だった。実家は京都の料亭。商社に入ると意気込んでいたが、結局地方銀行に就職し、入行早々石川県に赴任した。

「結婚は昔からあまり興味なかったんですよ、私」

先輩方にはそう答えた。それは負け惜しみとかではなく、本当のことだ。

もっと正確に言うなら、陽平よりスペックが劣る男に興味がなく、機会を逃したとも言える。

陽平は私にとって初めての彼氏。卒業して地方に行ってしまわなければ、順当に付き合いを続け、きっと結婚していただろう。しかし、私は遠距離に耐えられなかった。

そして、そんな私に彼は「こっちに住む?」と言ってくれたのに、仕事を辞め陽平の元に行く決心もつかなかった。

お互い白髪が混じる年になっても、旅行にいったり、デートを楽しめる2人でいたいといつも言っていた陽平。一緒にいればきっと幸せな夫婦になっていたはずなのに、私はそんな彼を振り切って、別離を選んだ。

― あの当時は、陽平よりいい男なんてたくさんいると思ってたんだけどなぁ…。

空のグラスにビールを注がれながらぼんやりと考える。

すると背後で懐かしい声がした。

「おまえ、相変わらずだな」


数十年ぶりに会う同期の老化ぶりに絶句し…

思わず振り返ると、別れて以来初めて会う、陽平がいた。

マスクで半分隠れているが、昔と変わらない焼けた肌に人懐っこい笑顔。だが、禿げてはいないけど髪は明らかに少なくなっていた。

「陽平?久しぶりだね…」

そのあとに続く言葉が見当たらない。

「噂だと、紗栄子と亜里香は子どもが生まれたんだって?」

世間話程度に切り出された、2人の話に私は静かに傷ついた。

「うん、そうみたい。きっと今年は大変だよね」

この話は終わりにしたいと思って流す私に気づく様子もなく、陽平は話の矛先を私に向けたのだった。

「葵もあの時、石川に来て俺と結婚しときゃよかっただろ?なーんてね」

陽平が冗談のつもりで言っているのはわかっていた。

「ほんと、結婚しておけばよかった〜」

そう自虐的に会話を続けることだってできたはずなのに、私はアルコールの勢いも手伝って、言わなくてもいいことを口にしてしまったのだ。

「そんなふうに思ったこと、1度もないから!」

ハッとした表情の陽平を見て、私は瞬時に後悔した。

「ごめん」って喉元まで出かかったとき、陽平が言った。

「なんだ、残念だな。俺は付き合ってたときは本当に将来結婚したいと思ってたんだけどなぁ」

それを聞いた時、私の後悔はさらに膨れあがったと同時に、幼稚な自分がどうしようもなく恥ずかしくなった。

「ま、いっか。ほら、グラスだして」

そう言ってビール瓶を傾ける陽平の左手薬指には、カルティエのトリニティがぴたりとはまっていた。

「でも、仕事うまくいってそうだから結婚する気もないんだろ?」

グラスの7分目までビールを注ぐと、私の顔を覗き込むように言った。

「まぁ…」

私は口ごもる。そして、注がれたビールを1口含んだ時、なぜか目が潤み、目頭から一筋涙が滴り落ちた。

「え?俺、なんかまずいこと言った?」

広い会場のあちこちに年代もバラバラのグループができ上がり、皆なんとなく盛り上がっていた。

「ごめん、トイレで鼻かんでくるわ」

そう言ってその場を離れると、会場から1つ下の階のトイレに入り、さめざめと泣いた。

「葵、いい年して泣いてないで出てらっしゃいよ」

ドアの外から呆れた様子の千春さんの声がした。

「わたしたちの世代ってさ、アラフォーって、なんか傷つくこと多いよね」

千春さんの言う通りだと思った。

「はい、ちっちゃいことが引っかかるんですよね」

ドア越しに私は答えた。

「わかる!」

そう言って、千春さんは最近傷ついたことを羅列し始めた。

3ヶ月前の自分の写真、同期の出産、後輩の離婚、似合うと思って試着したら全然ダメだったとか、仕事で後輩に抜かれたとか、思いつくままのごとくあげていった。

「私もおじさんになってた陽平にびっくりして、でもきっと向こうから見たら私もオバサンなんですよね」

自分に忍び寄る老いや、それによる周りからの見られ方に、私はしばしば傷ついているのだ。

その一方で、自分が選んでこなかった人生を歩む人を羨み、今から追いかけてもよいものか悩む。



「ねえ、まさか…葵って、もしかして…陽平と別れたあと、誰とも付き合った経験ない…とか?」

鋭い指摘に、私は適当な言葉が出てこない。

「付き合いたいって言う気持ちはあったんですけど…」

陽平よりもいい男なんていくらでもいる。そう思ってのらりくらりと吟味を繰り返していたら、あっという間の30代。そこから何年も同じ調子でやり過ごし、十数年間彼氏がいない絶食期間を生き抜いてしまったのだ。

「やっぱねー。あの後、葵って自分のことあまり話さくなったし、なんでだろうって思ってたんだよね」

千春さんはおかしそうに笑っていた。そして私に向かい合い、両肩をガシッと掴むといったのだった。

「葵、一緒に婚活しよ??」


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バリキャリと思いきや実は絶食系女子。新たな恋愛を求め奮闘する後編